波平

Juyo
34, 97
薩摩伝法WakimonoコードNS-Naminohira

987–1900

国宝
重要文化財3
重要美術品2
御物
特別重要刀剣3
重要刀剣38
46指定品総数
21名工数
61%在銘 61%
65%名工帰属 65%
12現在の出品
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時期区分

流派の歴史における様式の時期区分

987–1393

古波平

19指定
Jūyō11
TokuJū3
Jūbi2

在銘 89%

1393–1900

末波平

6指定
Jūyō6

在銘 100%

時期未分類

5指定

時期区分に該当しない名工

流派伝

16指定

流派全体への無銘伝

支流

本流派に属する下位流派

概要

波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。

古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。

新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。

指定

46 指定 · 21 名工数

指定の位置づけ

重み付け指定指数 0.39(指定 47 点)

流派中 上位24%

2026/6/17 時点

伝来

伝来記録のある作品 6 点

伝来の位置づけ

伝来指数 2.08(伝来 6 点)

流派中 上位55%

主要工

上位指定の希少度で順位付け

  1. 1.行安1308-131110
    流派内 21.7%
  2. 2.篤倉1558-15701
    流派内 2.2%
  3. 3.近安1182-11841
    流派内 2.2%
  4. 4.治行1394-14281
    流派内 2.2%
  5. 5.波平吉安1
    流派内 2.2%
  6. 6.波平貞安1
    流派内 2.2%
  7. 7.波平義安1
    流派内 2.2%
  8. 8.安行1
    流派内 2.2%
  9. 9.国分1
    流派内 2.2%
  10. 10.貞清1532-15551
    流派内 2.2%

現在の出品