鎌倉時代は備前の頂点である。伝えでは一文字派の工が後鳥羽上皇の御番鍛冶に列し、世紀の半ばには光忠が長船派を興して、注文は公家からも武家政権からも流れ込んだ。国宝刀剣の数で備前に並ぶ国はない。
吉岡一文字 第47回重要刀剣指定品 JT0017 売約済 吉岡一文字 大磨上無銘 長さ:2尺0寸3分(61.51 cm) 鎬造、庵棟、小振りの中切先、猪首ごころとなる。 肌は板目に小木目流れ交じり、地景入り、丁子乱れ映り鮮やかに立つ。 刃文は匂出来の丁子乱れで、福岡一文字に比して刃縁が締まり、蟻腰(ぎふ)交じり働きが極めて豊富である。 匂口主体ながら沸の様相も強く、金筋など盛んに働く。 棒樋に添樋を掻き通す。 鎌倉時代後期の作。 金着二重箔周。 田辺道宏先生による「珍々重々」との鞘書あり。 「珍重」とは特に貴重な宝を指し、重ねることでその希少性を最大限に強調している。 吉岡一文字派は正応(1288-1293)頃から正平(1346-1370)頃にかけて繁栄した。 福岡一文字の末流であり、その地名から吉岡と称される。 流祖の吉岡助吉は、福岡一文字助宗の孫と伝えられる。 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 低ワットの白熱灯下で浮かび上がる複雑な刃文 潤いのある板目肌、互の目丁子、そして映り
吉岡一文字派は、助光・助吉・助茂・助次・助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉時代末 期から南北朝期にかけて繁栄した。作風は福岡一文字派に近似した大模様で華やかな丁子乱れの出来口も間々見られる が、丁子乱れの中に互の目が目立って小出来となるものが多く、他に、直刃調に丁子や互の目が交じるもの、直刃に足の 入る穏やかなものなどがあり、時には逆がかるものもある。 この刀は、小板目肌のつんだ鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが立ち、刃文は丁子に互の目が 交じり、足・葉が働いて賑やかとなり、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しが細かにかかるなどの出来口を示しているが、 福岡一文字に比して焼に出入りが少なく、刃中に互の目や尖り刃が目立つことなどから、吉岡一文字と鑑するのが妥当で ある。柔らか味のある明るい匂口が特筆される。













吉岡一文字派は、助光・助吉・助茂・助次・助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉時代末 期から南北朝期にかけて繁栄した。作風は福岡一文字派に近似した大模様で華やかな丁子乱れの出来口も間々見られる が、丁子乱れの中に互の目が目立って小出来となるものが多く、他に、直刃調に丁子や互の目が交じるもの、直刃に足の 入る穏やかなものなどがあり、時には逆がかるものもある。 この刀は、小板目肌のつんだ鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが立ち、刃文は丁子に互の目が 交じり、足・葉が働いて賑やかとなり、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しが細かにかかるなどの出来口を示しているが、 福岡一文字に比して焼に出入りが少なく、刃中に互の目や尖り刃が目立つことなどから、吉岡一文字と鑑するのが妥当で ある。柔らか味のある明るい匂口が特筆される。
備前伝 · 備前
現在8点販売中
吉岡一文字派は、備前国吉岡の地に興った一文字の一門である。福岡一文字が最盛をきわめた後、鎌倉時代の最末期から南北朝時代にかけて、その手を継いでこの地に栄えた後期一文字の流れにあたる。一派の名は太刀の茎頭に切る「一」の字に由来し、その下にそれぞれの個銘を加えるのを常とした。代表工はいずれも「助」を通字とし、助光をはじめ、助義・助茂・助吉・助秀らが知られる。現存する在銘作の年紀は永仁・元応・元亨・元徳から延慶・嘉暦を経て貞和の頃に及び、鎌倉終焉前後のおよそ数十年にわたって、長銘の今なお読めるものが数口残されている。なかでも左近将監に任じた助光は、「一」の一字の下に備前国吉岡住左近将監紀助光と長く銘を切り、年紀作・在銘作によって一派の基準を定めた工とされる。 作風には吉岡に通じる一筋の語法がある。地鉄はよく鍛えた板目で、時に小板目につみ、杢目や流れ肌を交えて地沸つき、最上手には地景が細かに頻りに入り、在銘・極めのいずれにも鮮明な乱れ映りが立つ。ある太刀では下半に直ぐ状の映りが立ち、上半でこれが乱れ映りに転じるなど、一派が共有する地鉄である。刃文は焼にさまで高低を見せず、丁子乱れに小丁子・小互の目あるいは頭の丸い互の目を交え、直刃調の中に小足・葉を托し、匂口は明るく冴えて匂勝ちに小沸づく。棒樋を掻き通すものが多い。これらの常の手は、福岡一文字の聳えるような重花丁子に対して、より穏やかに、より緻密に揃えた一線をなす。両派は種ではなく規模によって分かれるのであって、大模様の丁子を焼いて一見福岡に紛れる作も稀にはあるが、吉岡の通例はむしろ乱れの中に互の目が目立ち、やや小出来となるところにある。物打辺で直刃調となり焼幅のやや狭まるものも見られ、時に逆がかる刃を交える。 鑑定の勘所は、明るい乱れ映りの立つ精緻な地鉄と、小模様の互の目を交えた揃った丁子乱れにあり、これを母体たる福岡の大模様から分かつ。刃中の足・葉、淡い二重刃風、細かな金筋・砂流しといった働きも見どころとなる。一派のうちでは助光が年紀作・在銘作に恵まれて格別に重んじられ、その作は指定制度の最上位にまで及んでいる。元応二年紀の在銘薙刀は生ぶのまま加賀前田家に伝来し、後世の大磨上無銘ながら本阿弥家が助光と鑑して金象嵌を加えた刀には、徳川家光・阿部忠秋・前田家といった名を伝える来歴を留めるものもある。助茂・助義は生ぶの太刀姿と年紀を残して資料的価値が高く、助秀は数少ない脇指の作例を伝える。在銘の確実な遺作は総じて少なく、長銘と年紀を備えたものは一派研究の好資料として珍重される。これらの作は、吉岡が鎌倉の終焉まで一文字の手を保ち伝えたことを今に語り継いでいる。 詳しく見る →
鎌倉時代は備前の頂点である。伝えでは一文字派の工が後鳥羽上皇の御番鍛冶に列し、世紀の半ばには光忠が長船派を興して、注文は公家からも武家政権からも流れ込んだ。国宝刀剣の数で備前に並ぶ国はない。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree day, no penalty, inspection on every item. Returns must be in the same condition as shipped. Actual costs will be charged on returned items. No restocking fee. If you did not like the item is a good enough reason for return.

吉岡一文字 第47回重要刀剣指定品 JT0017 売約済 吉岡一文字 大磨上無銘 長さ:2尺0寸3分(61.51 cm) 鎬造、庵棟、小振りの中切先、猪首ごころとなる。 肌は板目に小木目流れ交じり、地景入り、丁子乱れ映り鮮やかに立つ。 刃文は匂出来の丁子乱れで、福岡一文字に比して刃縁が締まり、蟻腰(ぎふ)交じり働きが極めて豊富である。 匂口主体ながら沸の様相も強く、金筋など盛んに働く。 棒樋に添樋を掻き通す。 鎌倉時代後期の作。 金着二重箔周。 田辺道宏先生による「珍々重々」との鞘書あり。 「珍重」とは特に貴重な宝を指し、重ねることでその希少性を最大限に強調している。 吉岡一文字派は正応(1288-1293)頃から正平(1346-1370)頃にかけて繁栄した。 福岡一文字の末流であり、その地名から吉岡と称される。 流祖の吉岡助吉は、福岡一文字助宗の孫と伝えられる。 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 丁子乱れ刃文、および丁子乱れ映り 低ワットの白熱灯下で浮かび上がる複雑な刃文 潤いのある板目肌、互の目丁子、そして映り
吉岡一文字派は、助光・助吉・助茂・助次・助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉時代末 期から南北朝期にかけて繁栄した。作風は福岡一文字派に近似した大模様で華やかな丁子乱れの出来口も間々見られる が、丁子乱れの中に互の目が目立って小出来となるものが多く、他に、直刃調に丁子や互の目が交じるもの、直刃に足の 入る穏やかなものなどがあり、時には逆がかるものもある。 この刀は、小板目肌のつんだ鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが立ち、刃文は丁子に互の目が 交じり、足・葉が働いて賑やかとなり、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しが細かにかかるなどの出来口を示しているが、 福岡一文字に比して焼に出入りが少なく、刃中に互の目や尖り刃が目立つことなどから、吉岡一文字と鑑するのが妥当で ある。柔らか味のある明るい匂口が特筆される。













吉岡一文字派は、助光・助吉・助茂・助次・助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉時代末 期から南北朝期にかけて繁栄した。作風は福岡一文字派に近似した大模様で華やかな丁子乱れの出来口も間々見られる が、丁子乱れの中に互の目が目立って小出来となるものが多く、他に、直刃調に丁子や互の目が交じるもの、直刃に足の 入る穏やかなものなどがあり、時には逆がかるものもある。 この刀は、小板目肌のつんだ鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが立ち、刃文は丁子に互の目が 交じり、足・葉が働いて賑やかとなり、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しが細かにかかるなどの出来口を示しているが、 福岡一文字に比して焼に出入りが少なく、刃中に互の目や尖り刃が目立つことなどから、吉岡一文字と鑑するのが妥当で ある。柔らか味のある明るい匂口が特筆される。
備前伝 · 備前
現在8点販売中
吉岡一文字派は、備前国吉岡の地に興った一文字の一門である。福岡一文字が最盛をきわめた後、鎌倉時代の最末期から南北朝時代にかけて、その手を継いでこの地に栄えた後期一文字の流れにあたる。一派の名は太刀の茎頭に切る「一」の字に由来し、その下にそれぞれの個銘を加えるのを常とした。代表工はいずれも「助」を通字とし、助光をはじめ、助義・助茂・助吉・助秀らが知られる。現存する在銘作の年紀は永仁・元応・元亨・元徳から延慶・嘉暦を経て貞和の頃に及び、鎌倉終焉前後のおよそ数十年にわたって、長銘の今なお読めるものが数口残されている。なかでも左近将監に任じた助光は、「一」の一字の下に備前国吉岡住左近将監紀助光と長く銘を切り、年紀作・在銘作によって一派の基準を定めた工とされる。 作風には吉岡に通じる一筋の語法がある。地鉄はよく鍛えた板目で、時に小板目につみ、杢目や流れ肌を交えて地沸つき、最上手には地景が細かに頻りに入り、在銘・極めのいずれにも鮮明な乱れ映りが立つ。ある太刀では下半に直ぐ状の映りが立ち、上半でこれが乱れ映りに転じるなど、一派が共有する地鉄である。刃文は焼にさまで高低を見せず、丁子乱れに小丁子・小互の目あるいは頭の丸い互の目を交え、直刃調の中に小足・葉を托し、匂口は明るく冴えて匂勝ちに小沸づく。棒樋を掻き通すものが多い。これらの常の手は、福岡一文字の聳えるような重花丁子に対して、より穏やかに、より緻密に揃えた一線をなす。両派は種ではなく規模によって分かれるのであって、大模様の丁子を焼いて一見福岡に紛れる作も稀にはあるが、吉岡の通例はむしろ乱れの中に互の目が目立ち、やや小出来となるところにある。物打辺で直刃調となり焼幅のやや狭まるものも見られ、時に逆がかる刃を交える。 鑑定の勘所は、明るい乱れ映りの立つ精緻な地鉄と、小模様の互の目を交えた揃った丁子乱れにあり、これを母体たる福岡の大模様から分かつ。刃中の足・葉、淡い二重刃風、細かな金筋・砂流しといった働きも見どころとなる。一派のうちでは助光が年紀作・在銘作に恵まれて格別に重んじられ、その作は指定制度の最上位にまで及んでいる。元応二年紀の在銘薙刀は生ぶのまま加賀前田家に伝来し、後世の大磨上無銘ながら本阿弥家が助光と鑑して金象嵌を加えた刀には、徳川家光・阿部忠秋・前田家といった名を伝える来歴を留めるものもある。助茂・助義は生ぶの太刀姿と年紀を残して資料的価値が高く、助秀は数少ない脇指の作例を伝える。在銘の確実な遺作は総じて少なく、長銘と年紀を備えたものは一派研究の好資料として珍重される。これらの作は、吉岡が鎌倉の終焉まで一文字の手を保ち伝えたことを今に語り継いでいる。 詳しく見る →
鎌倉時代は備前の頂点である。伝えでは一文字派の工が後鳥羽上皇の御番鍛冶に列し、世紀の半ばには光忠が長船派を興して、注文は公家からも武家政権からも流れ込んだ。国宝刀剣の数で備前に並ぶ国はない。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree day, no penalty, inspection on every item. Returns must be in the same condition as shipped. Actual costs will be charged on returned items. No restocking fee. If you did not like the item is a good enough reason for return.
