1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
出ました出ました驚くなかれ肥後細川藩54万石の沼田家6千石の殿様英記藤原直宗公が作った刀が出ました、沼田家は初代細川幽斎の妻の実家の家系で豊臣秀吉の甥の福島正則の娘の家系でもあり細川家の親戚の家柄で6千石の大身の武士です。水心子正秀に教えを請い、又薩摩の奥元平に学び鍛法の研究を良くした事で有名です。著書に「刀剣疑解」を残していますが殿様の為に現存作品非常に少なく本刀は熊本県にとっても刀剣界にとっても大変貴重な刀です。本刀は幕末の文政10年(1827年)(197年前)頼山陽が幕末の尊皇攘夷運動に影響を与えた平安時代末期の源氏、平氏の争いから始まり、北条氏、楠木氏、新田氏、足利氏、毛利氏、後北条氏、武田氏、上杉氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏までの歴史を著した有名な「日本外史」を上梓した丁度その時の作品です。頼山陽の天皇中心の歴史書「日本政記」も伊藤博文や近藤勇の愛読書としても有名で頼山陽的な歴史観、国家観は幕末から維新、戦前の日本に素晴らしく大きな影響を与えた事でも有名です。本刀の姿は元身幅と先身幅の差の有る刃肉のやや付いた上品な刀姿を現し、地金は力強い板目肌に杢目肌を交え、地には鍛え肌が良く現れて見事です。刃紋は小沸の付いたのたれ乱れ刃に互の目や尖り互の目を交え刃中に鍛え肌が現れ素晴らしく覇気有る刃を焼いています。この度古いお数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に熊本細川藩54万石の親戚沼田の殿様の直宗の作った貴重な刀を格安で是非お楽しみ下さい。
取扱店 明倫産業
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新々刀 · 肥後 · 1818-1830頃
刀剣大鑑 上位95%
新々刀 · 武蔵
現在67点販売中
水心子正秀派は、十八世紀末から十九世紀初頭の江戸に興り、刀はすべて鎌倉の昔に復すべしとする復古刀運動を中核に据えた新々刀の一門である。開祖水心子正秀は、寛延三年に出羽国赤湯に川部儀八郎として生まれ[[c:1]]、武州下原の鍛冶吉英に学んだのち山形秋元家に仕え、のちに江戸浜町に移って約五十年に及ぶ作刀生活を送り、文政八年に七十六歳で歿した。彼は新々刀の祖と称され、古作の伝法を意図して甦らせることを唱えてその理論を世に広めたが、説明書は正秀自身の才のありかをむしろ壮年までの大坂写しに見いだす。この一門の物語で最も重きをなすのは、彼が江戸に糾合し育てた門人たちであろう。復古刀論を実地に示した第一の門人大慶直胤、二代正義細川守秀がその直下に立ち、さらに直胤の門から養子となった次郎太郎直勝、直胤の女婿と伝える水心子正次、正義の嫡子正守、米沢上杉家に仕えた長運斎綱俊、水戸藩工直江助政が連なって、出羽・江戸を中心に各藩へと広がった。 この一門を貫く共通の語法は、古刀各伝の意図的な復興にある。よく約んだ無地風に近い小板目に地沸を厚くつけ、その地の上に相州伝ののたれ・互の目、あるいは備前伝の丁子・互の目を焼くのが基調で、技術論的かつ教導的な性格がこれを支える。正秀の典型は津田助広に私淑した大坂写しの濤瀾乱れと井上真改風の広直刃にあり、地へこぼれる黒味がちの荒い沸が終始の手癖をなした。これに対して門人たちは古備前への遡りをいっそう深め、新々刀には本来失われた映りを意図して甦らせた。直胤はよくつんだ小板目に乱れ映りを鮮明に立て、後期長船の逆がかりを示す丁子乱れを焼いてこれを得意とし、説明書はその丁子乱れの巧みさを新々刀第一と評する。直勝は兼光に範をとった片落ち互の目を主体に、直胤よりも豪壮な姿と低く静かな焼きで古調を醸し、正次と正守はともに直胤・正義の二伝を忠実に承けて相州伝と備前伝を均しく再現し、綱俊は丁子に互の目を交えた備前伝を主調とした。一方で正秀みずからの備前伝・相州伝は終始焼刃が浅く荒い沸を交え、説明書はその技が門人直胤に及ばないと明記する。差異は資料の支持する範囲で明瞭で、直胤の備前・相州の両伝、直勝の長船写しに見る逆がかりと大杢目、助政の真改風直刃に偏した作域がそれぞれを分かつ。 鑑定の勘所は、まずこの意図的な映りと逆がかりに置かれる。明るい乱れ映りと角互の目を伴う逆がかりの丁子は、映りも逆がかりも持たぬ一般の新々刀から備前伝を分かち、相州伝は独特の渦巻肌と叢づき縞がかる沸の働きによって示される。位列としては正秀を上々作、直胤を最上作の在銘の大名跡とし、正義に次ぐ正守、綱俊、助政らがこれに続く。この一門は在銘・有年紀の作を数多く遺したため、その鑑定の問題は極めの難ではなくむしろ系統内の位置にあり、年ごとに変化する銘がその発展を正確に辿らせる。伝来は真田家伝来の大小や本間による御物台帳に所載の御太刀の副作、各藩工としての藩命作にうかがわれ、正秀が向き直らせた江戸の作刀は直胤を介して直勝・正次らへ受け継がれ、兼光・景光をねらった長船復古として幕末の十九世紀作刀に広く及んだ。 詳しく見る →
新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
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