三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘:高田住藤原統行 時代・国:江戸時代初期(寛文頃・1600〜1650年頃)― 豊後国(現在の大分県) 流派:高田派(九州物) 鑑定:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣 長さ:69.4 cm 反り:1.4 cm 目釘穴:3個 形状:鎬造、優美な鳥居反り 刃文:直刃に僅かに浅い湾れ(のたれ)を交え、匂口明るく冴える 肌:精緻な小板目肌、光にかざすと地景などの働きが見て取れる 切先:中切先 研磨:上質な日本研ぎが施され、地鉄の肌目と刃文が鮮明に引き出されている 拵(外装):打刀拵一式 黒漆塗鞘、金茶色下げ緒、鉄地梅樹図透鐔、草花図金色地縁頭、白鮫皮に黒糸菱巻 本作は、豊後高田派の名工「高田住藤原統行」の銘が切られた、保存刀剣鑑定済みの秀逸な一振りです。高田派は九州において最も重んじられた門流の一つであり、戦国時代から江戸初期にかけて、大友家をはじめとする多くの武士に愛用されました。 統行の作品は、実戦的な機能美と端正な気品を兼ね備えていることで知られています。本作は同派の特色が顕著に現れており、明るい匂口の直刃調に湾れを交えた刃文、そして緻密に鍛えられた小板目肌が、光の下で美しい地景を浮かび上がらせます。 鎬造の造り込みに中反りのついた体配は、手持ちのバランスが良く、中切先が力強くも優雅な佇まいを見せています。長さ69.4cm、反り1.4cmという定法に則った姿には、豊後刀特有の力強さと備前伝の影響を受けた伝統技法が息づいています。目釘穴が複数あることは、長きにわたり大切に受け継がれ、実用に供されてきた歴史を物語っています。 茎(なかご)には「高田住藤原統行」と鮮明に銘があり、高田の地に居住し、名誉ある藤原姓を冠していたことが示されています。付属の拵もまた、黒漆の鞘に梅樹図の透鐔を合わせ、落ち着いた中にも品格のある意匠で纏められております。


































備前伝 · 豊後 · 1596-1615頃
刀剣大鑑 上位76%
現在1点販売中
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト30-day money-back guarantee from receipt; items must be unused, complete, in original packaging. Sale items Final Sale. Antique swords non-returnable (Japanese export law). Damage reported within 72 hours. Customer pays return shipping unless seller error/defect. Refunds within 14 days of inspection.
銘:高田住藤原統行 時代・国:江戸時代初期(寛文頃・1600〜1650年頃)― 豊後国(現在の大分県) 流派:高田派(九州物) 鑑定:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣 長さ:69.4 cm 反り:1.4 cm 目釘穴:3個 形状:鎬造、優美な鳥居反り 刃文:直刃に僅かに浅い湾れ(のたれ)を交え、匂口明るく冴える 肌:精緻な小板目肌、光にかざすと地景などの働きが見て取れる 切先:中切先 研磨:上質な日本研ぎが施され、地鉄の肌目と刃文が鮮明に引き出されている 拵(外装):打刀拵一式 黒漆塗鞘、金茶色下げ緒、鉄地梅樹図透鐔、草花図金色地縁頭、白鮫皮に黒糸菱巻 本作は、豊後高田派の名工「高田住藤原統行」の銘が切られた、保存刀剣鑑定済みの秀逸な一振りです。高田派は九州において最も重んじられた門流の一つであり、戦国時代から江戸初期にかけて、大友家をはじめとする多くの武士に愛用されました。 統行の作品は、実戦的な機能美と端正な気品を兼ね備えていることで知られています。本作は同派の特色が顕著に現れており、明るい匂口の直刃調に湾れを交えた刃文、そして緻密に鍛えられた小板目肌が、光の下で美しい地景を浮かび上がらせます。 鎬造の造り込みに中反りのついた体配は、手持ちのバランスが良く、中切先が力強くも優雅な佇まいを見せています。長さ69.4cm、反り1.4cmという定法に則った姿には、豊後刀特有の力強さと備前伝の影響を受けた伝統技法が息づいています。目釘穴が複数あることは、長きにわたり大切に受け継がれ、実用に供されてきた歴史を物語っています。 茎(なかご)には「高田住藤原統行」と鮮明に銘があり、高田の地に居住し、名誉ある藤原姓を冠していたことが示されています。付属の拵もまた、黒漆の鞘に梅樹図の透鐔を合わせ、落ち着いた中にも品格のある意匠で纏められております。


































備前伝 · 豊後 · 1596-1615頃
刀剣大鑑 上位76%
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豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト30-day money-back guarantee from receipt; items must be unused, complete, in original packaging. Sale items Final Sale. Antique swords non-returnable (Japanese export law). Damage reported within 72 hours. Customer pays return shipping unless seller error/defect. Refunds within 14 days of inspection.