商品詳細 保存刀剣 無銘(平高田) 400,000円 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 三重県 昭和48年9月27日交付 時代 室町時代後期 法量 長さ:68.2cm(二尺二寸五分一厘) 反り:1.1cm(三分六厘) 目釘孔:2個 ※元幅、先幅、重ね等は「なにわ刀剣まつり」終了後に計測いたします。 解説 平高田は豊後国の刀工群です。室町時代、大友氏の府内城下・高田荘にて活躍し、平姓を名乗ったことから「平高田」と総称されます。安土桃山時代、大友氏の衰退に伴い高田鍛冶も一時衰退しますが、後に復興を遂げ、新刀高田の祖と言われる統行以降の作品は「藤原高田」と呼称されます。 本作は無銘ながら平高田と鑑定された一振りです。刃文は小互の目に湾れを交え、鍛えは板目肌。帽子は小丸に返ります。地沸が付き、刃縁には小沸がよくつきます。反りは浅く、高田物らしい実戦的で戦国の気風を感じさせる姿をしております。 打刀拵が付属いたします。黒と銀を基調とした時代拵で、勇ましい雰囲気を纏っています。銀着せ鎺、銀着せ切羽、南蛮鍔、縁金具は兎と鳥居の図。 切先に薄錆、刀身の所々にヒケがございます。鞘には経年によるキズや擦れ、柄糸に一部破損が見られますが、すぐに解けてしまうような状態ではございません。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。

































































備前伝 · 豊後
現在40点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品詳細 保存刀剣 無銘(平高田) 400,000円 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 三重県 昭和48年9月27日交付 時代 室町時代後期 法量 長さ:68.2cm(二尺二寸五分一厘) 反り:1.1cm(三分六厘) 目釘孔:2個 ※元幅、先幅、重ね等は「なにわ刀剣まつり」終了後に計測いたします。 解説 平高田は豊後国の刀工群です。室町時代、大友氏の府内城下・高田荘にて活躍し、平姓を名乗ったことから「平高田」と総称されます。安土桃山時代、大友氏の衰退に伴い高田鍛冶も一時衰退しますが、後に復興を遂げ、新刀高田の祖と言われる統行以降の作品は「藤原高田」と呼称されます。 本作は無銘ながら平高田と鑑定された一振りです。刃文は小互の目に湾れを交え、鍛えは板目肌。帽子は小丸に返ります。地沸が付き、刃縁には小沸がよくつきます。反りは浅く、高田物らしい実戦的で戦国の気風を感じさせる姿をしております。 打刀拵が付属いたします。黒と銀を基調とした時代拵で、勇ましい雰囲気を纏っています。銀着せ鎺、銀着せ切羽、南蛮鍔、縁金具は兎と鳥居の図。 切先に薄錆、刀身の所々にヒケがございます。鞘には経年によるキズや擦れ、柄糸に一部破損が見られますが、すぐに解けてしまうような状態ではございません。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。

































































備前伝 · 豊後
現在40点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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