三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
高田派の伝統を色濃く伝える、見事な拵に収まった新刀期の刀です。 銘は「高田住藤原統行」と切られており、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による保存鑑定書が、その銘の真実性を保証しています。 本作は刀として十分な長さを持ち、手持ちのバランスも非常に優れています。 刃中の働きも豊富で、足や葉が入り、刃文は丁子に互の目が交じります。肌は板目肌がよく練れています。 本作の作者である統行が活躍した17世紀、豊後高田派は肥前国の忠吉家との技術交流が非常に盛んであったことが知られており、本作にも肥前刀を彷彿とさせる作風が見て取れます。 造り込みが良く、姿の美しい一振りです。僅かに区送(まちおくり)がありますが、銘は真正であり、統行の作風をよく示しています。 外装(拵)もまた魅力的で、目貫には大型の双鳳凰図が据えられています。柄糸は白(クリーム色)の絹糸で巻かれ、鞘は赤漆塗で仕上げられています。 鍔は平安城式で、透かしの地板に真鍮象嵌が施されています。縁頭は波図に金象嵌。銀箔押の二重(または一重)金着ハバキが添えられており、これら全ての外装は当時のオリジナルのアンティークです。 【高田派について】 「豊州高田住」、姓は「藤原」、名は「統行」。 豊後国における高田派の祖は、建武年間(1330年代)の友行とされ、彼は筑前国の左文字の門人であったと伝えられています。 戦国時代、高田派の刀工たちは戦国大名・大友宗麟のお抱えとして活躍しました。その作風は相州伝、備前伝、美濃伝、山城伝と幅広く、多才な技術を誇りました。 本作は、17世紀に肥前忠吉家との活発な技術交流があった時期の統行による、資料的にも価値のある一振りです。 銘:高田住藤原統行 時代:江戸時代(17世紀〜18世紀) 長さ:67.9 cm(26-3/4 インチ) 反り:12.0 mm 元幅:30.2 mm 先幅:19.9 mm 元重:7.8 mm 造り:鎬造 棟:庵棟 茎:区送り 鍛え:板目 刃文:乱れ互の目 帽子:丸 状態:古研ぎ 最新情報をご希望の方はこちら Nihonto Antiquesの最新ニュースや更新情報をお届けするメーリングリストにご登録ください。 【登録する】 ご登録ありがとうございました。 お客様のメールアドレスは厳重に管理され、当サイトからの更新情報の送信のみに使用されます。





備前伝 · 豊後 · 1596-1615頃
刀剣大鑑 上位76%
現在1点販売中
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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高田派の伝統を色濃く伝える、見事な拵に収まった新刀期の刀です。 銘は「高田住藤原統行」と切られており、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による保存鑑定書が、その銘の真実性を保証しています。 本作は刀として十分な長さを持ち、手持ちのバランスも非常に優れています。 刃中の働きも豊富で、足や葉が入り、刃文は丁子に互の目が交じります。肌は板目肌がよく練れています。 本作の作者である統行が活躍した17世紀、豊後高田派は肥前国の忠吉家との技術交流が非常に盛んであったことが知られており、本作にも肥前刀を彷彿とさせる作風が見て取れます。 造り込みが良く、姿の美しい一振りです。僅かに区送(まちおくり)がありますが、銘は真正であり、統行の作風をよく示しています。 外装(拵)もまた魅力的で、目貫には大型の双鳳凰図が据えられています。柄糸は白(クリーム色)の絹糸で巻かれ、鞘は赤漆塗で仕上げられています。 鍔は平安城式で、透かしの地板に真鍮象嵌が施されています。縁頭は波図に金象嵌。銀箔押の二重(または一重)金着ハバキが添えられており、これら全ての外装は当時のオリジナルのアンティークです。 【高田派について】 「豊州高田住」、姓は「藤原」、名は「統行」。 豊後国における高田派の祖は、建武年間(1330年代)の友行とされ、彼は筑前国の左文字の門人であったと伝えられています。 戦国時代、高田派の刀工たちは戦国大名・大友宗麟のお抱えとして活躍しました。その作風は相州伝、備前伝、美濃伝、山城伝と幅広く、多才な技術を誇りました。 本作は、17世紀に肥前忠吉家との活発な技術交流があった時期の統行による、資料的にも価値のある一振りです。 銘:高田住藤原統行 時代:江戸時代(17世紀〜18世紀) 長さ:67.9 cm(26-3/4 インチ) 反り:12.0 mm 元幅:30.2 mm 先幅:19.9 mm 元重:7.8 mm 造り:鎬造 棟:庵棟 茎:区送り 鍛え:板目 刃文:乱れ互の目 帽子:丸 状態:古研ぎ 最新情報をご希望の方はこちら Nihonto Antiquesの最新ニュースや更新情報をお届けするメーリングリストにご登録ください。 【登録する】 ご登録ありがとうございました。 お客様のメールアドレスは厳重に管理され、当サイトからの更新情報の送信のみに使用されます。





備前伝 · 豊後 · 1596-1615頃
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備前伝 · 豊後
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豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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