赤銅魚子地 鞍馬山牛若丸・大天狗図 縁頭 京都の北方に位置する鞍馬山は、古来より神仏や精霊が宿る神秘の地として知られています。本作は、その鞍馬山にて修行に励む源義経(牛若丸)と天狗の姿を描いた縁頭です。 数え年十歳の頃、鞍馬寺に預けられた義経は、僧侶ではなく「天狗」と呼ばれる伝説上の存在から剣術や兵法、さらには妖術を授かったと伝えられています。また、忍術の諸流派においても、その奥義は天狗より伝承されたとする説が多く残されています。 銘には「後藤光重」と刻まれていますが、その正体については判然としません。後藤家八代宗家である後藤即乗(光重)の銘振りや花押とは合致いたしません。 一説(ロバート・ヘインズ氏の知見)によれば、後藤征乗(初代)が一時「光重」の名を用いた可能性も示唆されていますが、現時点では確証を得るに至っておりません。そのため、作者不詳としてのご案内となります。 地鉄は赤銅魚子地で、金銀の象嵌および金色絵が施されています。 なお、鵐目穴(しとどめあな)に傷みの修理跡が見受けられます。詳細は掲載写真にてご確認ください。 時代:江戸時代 寸法: 縁:38 mm x 21 mm x 8 mm 頭:36 mm x 16 mm x 8 mm

















後藤
江戸
在銘
家彫 · 山城
現在280点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
30-day refund policy. Items must be returned in original condition and packaging; customized products are non-returnable. 2-week inspection window with full item refund (shipping costs non-refundable). Customer pays return shipping.
赤銅魚子地 鞍馬山牛若丸・大天狗図 縁頭 京都の北方に位置する鞍馬山は、古来より神仏や精霊が宿る神秘の地として知られています。本作は、その鞍馬山にて修行に励む源義経(牛若丸)と天狗の姿を描いた縁頭です。 数え年十歳の頃、鞍馬寺に預けられた義経は、僧侶ではなく「天狗」と呼ばれる伝説上の存在から剣術や兵法、さらには妖術を授かったと伝えられています。また、忍術の諸流派においても、その奥義は天狗より伝承されたとする説が多く残されています。 銘には「後藤光重」と刻まれていますが、その正体については判然としません。後藤家八代宗家である後藤即乗(光重)の銘振りや花押とは合致いたしません。 一説(ロバート・ヘインズ氏の知見)によれば、後藤征乗(初代)が一時「光重」の名を用いた可能性も示唆されていますが、現時点では確証を得るに至っておりません。そのため、作者不詳としてのご案内となります。 地鉄は赤銅魚子地で、金銀の象嵌および金色絵が施されています。 なお、鵐目穴(しとどめあな)に傷みの修理跡が見受けられます。詳細は掲載写真にてご確認ください。 時代:江戸時代 寸法: 縁:38 mm x 21 mm x 8 mm 頭:36 mm x 16 mm x 8 mm

















後藤
江戸
在銘
家彫 · 山城
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後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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