兼元は、美濃三阿弥系の鍛冶で、古来名高いのは室町中期大永(1521年〜)頃の二代兼元(通称孫六)で、末古刀の最上作として二代兼定と共に末関を牽引し、また、最上大業物としても知られるように切れ味に優れ、古来より武人に愛された。二代兼元以降代々孫六を通称としているが、「関の孫六三本杉」といわれるように兼元の代表的な刃文が三本杉乱れで、これは尖りごころの互の目が連なる様が三本杉のように見えたことからついた呼び名である。 この刀は、身幅反り尋常、中鋒延びごころの美しい姿で、地沸微塵に厚くつき、乱れ映り立つ地鉄に、鎬にまで掛かる華やかでゆったりとした三本杉を焼き、小沸が明るく輝き、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りに掛るなど刃中の働き見事で、匂口明るい優品である。



















美濃伝 · 美濃
現在24点販売中
兼元は、美濃国関を本拠とした末美濃の刀工で、室町時代後期に和泉守兼定と並んで美濃鍛冶を代表する家系である。同名が相継いで栄えたが、なかでも最も技量にすぐれるのは二代で、世上この兼元を指して「孫六兼元」と呼称し賞翫してきた。「孫六」は兼元家代々の通称であり、二代がとりわけ著名であることから、この称がそのまま二代の代名詞として用いられている。居住地を明示した作には「濃州赤坂住」と切るものがあり、赤坂を一つの拠点としていたことが知られる。説示には明応・享禄・大永などの年紀を有する作が挙げられ、紀年銘の比較的少ない同家にあって、これらは作期や系統を研究するうえで好資料とされている。 作風の中核をなすのは、三本杉と称される尖り互の目の連れた刃文である。各代を通じてこの刃文を得意とするが、二代と後代とでは趣を異にする。代が下ると尖り刃の形が鋭角的で規則正しく揃うのに対し、二代は互の目の頭が処々丸みをおびて変化を見せ、三本杉のほかに二本杉・四本杉・五本杉といった群落を交えるなど画一的でないところに特色がある。説示はこれを行草の体の三本杉と評し、刃取りに起伏を見せて変化に富む点を二代の見どころとする。地鉄は板目に杢・流れ柾を交えて肌立ちごころとなり、地沸が細かにつき、地景が入り、白け映りが立つのが常で、帽子は乱れ込んで先丸く地蔵状に返るものが多い。一方、初代はあまり三本杉が目立たず、互の目に互の目丁子を交え、時に湯走り・飛焼を伴うものが多く、年紀は明応六年を最も古いものとし、居住地はすべて濃州赤坂住と切られる。二代と初代、さらに後代との別は、こうした刃文の構成と地鉄の風合いから見分けられる。 伝来をみると、二代兼元は実戦刀としての評価が高く、元亀元年の姉川の戦で青木一重が真柄真隆を討ったと伝える青木兼元、また截断銘を裏に施した作などが知られ、切れ味を尊ぶ風が早くから付随していた。金象嵌で笹露と号した作のように、所持者の名とともに伝えられた優品もある。作刀は薙刀・刀・脇指・短刀に及び、長寸で先の張った雄勁な造込みのものから、来写し・京物写しと目される稀な直刃の上品な短刀まで幅があり、二代の技量の振幅を伝えている。説示はこれらを孫六兼元の典型かつ出色の出来口として位置づけ、行体の三本杉が匂口明るくよく沸え、地刃ともに冴える点を賞するとともに、末関を代表する刀工としての名声を確かなものとしている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品発送後の返品・交換・キャンセルには、基本的に対応しておりません。商品に重大な瑕疵がある場合のみ、当サイトでご購入いただいた商品到着後3日以内であれば返品•交換が可能です。
兼元は、美濃三阿弥系の鍛冶で、古来名高いのは室町中期大永(1521年〜)頃の二代兼元(通称孫六)で、末古刀の最上作として二代兼定と共に末関を牽引し、また、最上大業物としても知られるように切れ味に優れ、古来より武人に愛された。二代兼元以降代々孫六を通称としているが、「関の孫六三本杉」といわれるように兼元の代表的な刃文が三本杉乱れで、これは尖りごころの互の目が連なる様が三本杉のように見えたことからついた呼び名である。 この刀は、身幅反り尋常、中鋒延びごころの美しい姿で、地沸微塵に厚くつき、乱れ映り立つ地鉄に、鎬にまで掛かる華やかでゆったりとした三本杉を焼き、小沸が明るく輝き、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りに掛るなど刃中の働き見事で、匂口明るい優品である。



















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保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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