戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
Ordering Number: AS25774Wakizashi in Koshirae (NBTHK Hozon Token)Inscription:(Orikaeshi-mei, Folded-back signature) Kanemoto 兼元Golden Inscription:Kanbun 10 Kanoe-inu Nen 6 Gatsu Kichijitsu (June, 1670)寬文拾庚戌歳六月吉日Rakuyo Nishidote ni Oite Kore wo Kiru洛陽於西土手切之(performed at Nishidote in Kyoto)Ichijin ni shite Hajime O-kesa, Nochi Futatsu-do一刃仁而初大袈裟後二筒胴(With a single stroke, first O-kesa cut, then two torsos cuts)Habaki: gold-plated single habakiBlade length: 48.6 cmCurvature: 0.8 cmPeg holes: 1Width at base: 2.35 cmWidth at tip: 12.35 cmThickness: 0.58 cmSword weight: 430 gramsEra: Muromachi period, circa 15th〜16th centuryShape: slightly thin wakizashi with folded back signatureJigane: Ko-itame hada with partially rough textureHamon: Nioi-base Gunome and pointed gunome midareFeatures:The O-kesa is said to be a technique in which the blade cuts diagonally from the left shoulder down toward the right hip, and it is said to be relatively difficult to execute. Futatsu-dō seems to to refers to cutting through two torsos stacked together. There was Nishidote execution ground in Kyoto in the Edo period.Koshirae:Tsuba: Shakudonanako base with openwork carvings.Menuki: a design of paulownia familycrestAll metal fittings: Shakuonanako base with paulownia and hollyhock family crests.NBTHK Hozon CertificateAoi-Art estimation Paperwhole OshigataPlease note: the price does not include the shipping fees.Auction Starting Price:2,250,000JPYSold at the auctionRelated Items:Wakizashi:Tanba Kami Fujiwara Jumyo (NBTHK Tokubetsu Hozon Token) (Consignment Sale)Wakizashi:Mutsu Ju Miyoshi Nagamichi with Saidan-mei (NBTHK Tokubetsu Hozon Token)Wakizashi:Tanba no Kami Yoshimichi (Osaka 3rd) (NBTHK Hozon Token)Wakizashi: Unsigned(Ichimonji)with Kiritsuke-mei by Kanesaki (NBTHK Tokubetsu Hozon Token)Wakizashi : (Orikaeshi-mei) Yoshimitsu (Province unknown, late Muromachi period).(NBTHK Hozon Token)Wakizashi: (Kirikomi-mei) Ecchu Kami Takahira Saku Kore(NBTHK Hozon Token)






美濃伝 · 美濃
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兼元は、美濃国関を本拠とした末美濃の刀工で、室町時代後期に和泉守兼定と並んで美濃鍛冶を代表する家系である。同名が相継いで栄えたが、なかでも最も技量にすぐれるのは二代で、世上この兼元を指して「孫六兼元」と呼称し賞翫してきた。「孫六」は兼元家代々の通称であり、二代がとりわけ著名であることから、この称がそのまま二代の代名詞として用いられている。居住地を明示した作には「濃州赤坂住」と切るものがあり、赤坂を一つの拠点としていたことが知られる。説示には明応・享禄・大永などの年紀を有する作が挙げられ、紀年銘の比較的少ない同家にあって、これらは作期や系統を研究するうえで好資料とされている。 作風の中核をなすのは、三本杉と称される尖り互の目の連れた刃文である。各代を通じてこの刃文を得意とするが、二代と後代とでは趣を異にする。代が下ると尖り刃の形が鋭角的で規則正しく揃うのに対し、二代は互の目の頭が処々丸みをおびて変化を見せ、三本杉のほかに二本杉・四本杉・五本杉といった群落を交えるなど画一的でないところに特色がある。説示はこれを行草の体の三本杉と評し、刃取りに起伏を見せて変化に富む点を二代の見どころとする。地鉄は板目に杢・流れ柾を交えて肌立ちごころとなり、地沸が細かにつき、地景が入り、白け映りが立つのが常で、帽子は乱れ込んで先丸く地蔵状に返るものが多い。一方、初代はあまり三本杉が目立たず、互の目に互の目丁子を交え、時に湯走り・飛焼を伴うものが多く、年紀は明応六年を最も古いものとし、居住地はすべて濃州赤坂住と切られる。二代と初代、さらに後代との別は、こうした刃文の構成と地鉄の風合いから見分けられる。 伝来をみると、二代兼元は実戦刀としての評価が高く、元亀元年の姉川の戦で青木一重が真柄真隆を討ったと伝える青木兼元、また截断銘を裏に施した作などが知られ、切れ味を尊ぶ風が早くから付随していた。金象嵌で笹露と号した作のように、所持者の名とともに伝えられた優品もある。作刀は薙刀・刀・脇指・短刀に及び、長寸で先の張った雄勁な造込みのものから、来写し・京物写しと目される稀な直刃の上品な短刀まで幅があり、二代の技量の振幅を伝えている。説示はこれらを孫六兼元の典型かつ出色の出来口として位置づけ、行体の三本杉が匂口明るくよく沸え、地刃ともに冴える点を賞するとともに、末関を代表する刀工としての名声を確かなものとしている。 詳しく見る →
室町時代の美濃
戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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