説明

古美術 刀剣 兼元(金象嵌銘)保存刀剣鑑定書付 【解説】 本作は、日本美術刀剣保存協会の鑑定により、室町時代後期(15世紀後半〜16世紀初頭)の「兼元」と極められ、金象嵌銘が施された一振りです。金象嵌銘とは、江戸時代などの武家社会において、鑑定家が無銘の刀剣を特定の刀工の作と鑑定した際、その銘を茎(なかご)に刻み、純金を埋め込んだものです。純金の使用と熟練の技術を要する金象嵌の依頼は非常に贅沢なものであり、当時の所有者が相当な財力を持つ武士であったことが伺えます。 「兼元」の名は室町時代から平成の現代に至るまで27代続いていますが、本作はその中でも室町後期の作です。歴代の中でも、室町時代を代表する美濃伝の巨匠、二代兼元(通称:孫六兼元)が最も名高く、その代々が「三本杉」と呼ばれる独特の刃文を得意としました。杉の木が連なるようなこの刃文は、高度な技術の結晶として現代まで語り継がれています。 美濃伝について 美濃伝は、武器の需要が激増した戦国時代に大きく繁栄しました。美濃国は明智光秀が治め、隣国には織田信長の尾張、徳川家康の駿河といった有力大名が割拠する要衝に位置していました。関東と京を結ぶ中心地であったことから、多くの中央大名や家臣団が実戦に有利な美濃刀を求めました。美濃の刀剣は実用性と切れ味に優れることで定評があり、その卓越した鍛錬技術は戦国時代が終わった後も「兼元」の名と共に高く評価され続けました。 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に認定されています。これは、美術品としての価値が高く、保存状態が良好な真作の日本刀であることを証明するものです。 ※刀身には僅かに鍛え傷がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(長狭):74.8 cm 反り:0.8 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(肌):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先:刀身の先端部分 茎(なかご):刀身の柄に収まる部分。 日本刀の茎には、柄内部での赤錆を防ぐために「黒錆」を残します。この経年による錆色は、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(こしらえ):鞘、柄、鍔などを含む外装一式。 縁頭(ふちがしら):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 本作の縁頭の図案は「雲龍図」です。龍は古来より伝承や神話に登場する想像上の生物であり、瑞祥(吉兆)の象徴とされてきました。その姿は「九似(きゅうじ)」、すなわち九種の動物に例えられ、角は鹿、

Antique Japanese Sword Katana Kin-zogan Mei Kanemoto NBTHK Hozon Certificate

Antique Japanese Sword Katana Kin-zogan Mei Kanemoto NBTHK Hozon Certificate

$5,300

世界76社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

74.8 cm

反り

0.8 cm

流派について

Kanemoto School兼元派

兼元は、美濃国関を本拠とした末美濃の刀工で、室町時代後期に和泉守兼定と並んで美濃鍛冶を代表する家系である。同名が相継いで栄えたが、なかでも最も技量にすぐれるのは二代で、世上この兼元を指して「孫六兼元」と呼称し賞翫してきた。「孫六」は兼元家代々の通称であり、二代がとりわけ著名であることから、この称がそのまま二代の代名詞として用いられている。居住地を明示した作には「濃州赤坂住」と切るものがあり、赤坂を一つの拠点としていたことが知られる。説示には明応・享禄・大永などの年紀を有する作が挙げられ、紀年銘の比較的少ない同家にあって、これらは作期や系統を研究するうえで好資料とされている。 作風の中核をなすのは、三本杉と称される尖り互の目の連れた刃文である。各代を通じてこの刃文を得意とするが、二代と後代とでは趣を異にする。代が下ると尖り刃の形が鋭角的で規則正しく揃うのに対し、二代は互の目の頭が処々丸みをおびて変化を見せ、三本杉のほかに二本杉・四本杉・五本杉といった群落を交えるなど画一的でないところに特色がある。説示はこれを行草の体の三本杉と評し、刃取りに起伏を見せて変化に富む点を二代の見どころとする。地鉄は板目に杢・流れ柾を交えて肌立ちごころとなり、地沸が細かにつき、地景が入り、白け映りが立つのが常で、帽子は乱れ込んで先丸く地蔵状に返るものが多い。一方、初代はあまり三本杉が目立たず、互の目に互の目丁子を交え、時に湯走り・飛焼を伴うものが多く、年紀は明応六年を最も古いものとし、居住地はすべて濃州赤坂住と切られる。二代と初代、さらに後代との別は、こうした刃文の構成と地鉄の風合いから見分けられる。 伝来をみると、二代兼元は実戦刀としての評価が高く、元亀元年の姉川の戦で青木一重が真柄真隆を討ったと伝える青木兼元、また截断銘を裏に施した作などが知られ、切れ味を尊ぶ風が早くから付随していた。金象嵌で笹露と号した作のように、所持者の名とともに伝えられた優品もある。作刀は薙刀・刀・脇指・短刀に及び、長寸で先の張った雄勁な造込みのものから、来写し・京物写しと目される稀な直刃の上品な短刀まで幅があり、二代の技量の振幅を伝えている。説示はこれらを孫六兼元の典型かつ出色の出来口として位置づけ、行体の三本杉が匂口明るくよく沸え、地刃ともに冴える点を賞するとともに、末関を代表する刀工としての名声を確かなものとしている。

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