重量鞘を払い512gr 出ました出ました江戸時代寛文頃(1661年)(365年前)の古い古い時代の越前の刀工の脇差であろう作品が出ました。越前新刀の代表刀工は越前康継、長曽根興里入道虎鉄、等々名工を多く排出致しました。本脇差は無銘ですが反りの浅い中切っ先の寛文新刀の姿を現し、御覧の様に地は今は良くは見えませんが小板目肌に鍛えているのでしょうか、彫りは表に竹の図を彫っています。刃紋は匂い出来の直調の刃をきりりと焼いています。長年の戦国時代も収まり、世の中は平和を満喫していましたが、剣術道場では、竹刀剣道が大変に流行り、特に突き技が大層はやり突き技に適した反りの浅い本脇差のような寛文新刀姿の作品が作られました。本脇差には江戸期の変わり塗鞘の付いた拵えが本脇差に一層華を添えています。この度古い居合道の高段者の先生から初心者の時に御指導頂いた居合の先生よりお譲り頂いた脇差ですが。自分も年を取りましたので後進の方で何かお役に立つような方が居られれますればお安くお譲り下さいとお預かりした為に地刃も今は御覧の様に良くは分かりませんので特別に格安にて御提供いたします。江戸期の古い時代の越前新刀であろう拵えの付いた脇差を是非お楽しみ下さいませ。


























山城伝 · 讃岐 · 1312-1317頃
現在3点販売中
初代康継は、近江国坂田郡下坂郷の出身で下坂市左衛門と称し、のち越前に移住、結城秀康に抱えられた。初期には「肥後大掾下坂」と銘していたが、慶長十年から十一年の間に江戸に召され、家康・秀忠両将軍の前で鍛刀し、その賞として葵紋及び「康」の一字を賜わって名を康継と改めた。越前康継一派の祖であり、江戸初期を代表する刀工として知られる。
作風は、板目肌つみ、杢交じりの鍛えに、「地沸微塵につき、地景よく入り、処々変わりがね風の太い地景入り、総じてかね黒味をおびる」など、いわゆる越前鉄の特色が顕著である。刃文は「中直刃基調に互の目・小互の目連れて乱れ、上半浅くのたれごころを帯び、小足よく入り、葉交え、小沸つき」といったものが典型的とされる。帽子は「表は焼深く、直ぐ調に突き上げ、先尖り、裏は乱れ込んで、やや沸崩れ、掃きかけ、先小丸、地蔵風に倒れごころ」となるものが見られる。姿は、身幅広く、重ね厚く、中鋒ないし大鋒延びたものが多く、力強い印象を与える。彫物を施した作も多く、不動明王と二童子の三体仏や倶利迦羅龍などが彫られる。
初代康継の作は、地鉄の特色、刃文の構成、姿の雄健さにおいて、同工の典型的な作域を顕現していると評価される。匂口が沈みごころとなる作が多く、総体に沈みごころの匂口で構成された刃文には滋味掬すべき深い味わいがあると評される。一方で、肌立ちが少なく、小板目肌がつんで精良な作や、匂口が明るい作も存在し、変化に富む作風を示す。総じて、同工の傑出した出来栄えを示すものが少なくない。
越前の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · 越前
現在5点販売中
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
重量鞘を払い512gr 出ました出ました江戸時代寛文頃(1661年)(365年前)の古い古い時代の越前の刀工の脇差であろう作品が出ました。越前新刀の代表刀工は越前康継、長曽根興里入道虎鉄、等々名工を多く排出致しました。本脇差は無銘ですが反りの浅い中切っ先の寛文新刀の姿を現し、御覧の様に地は今は良くは見えませんが小板目肌に鍛えているのでしょうか、彫りは表に竹の図を彫っています。刃紋は匂い出来の直調の刃をきりりと焼いています。長年の戦国時代も収まり、世の中は平和を満喫していましたが、剣術道場では、竹刀剣道が大変に流行り、特に突き技が大層はやり突き技に適した反りの浅い本脇差のような寛文新刀姿の作品が作られました。本脇差には江戸期の変わり塗鞘の付いた拵えが本脇差に一層華を添えています。この度古い居合道の高段者の先生から初心者の時に御指導頂いた居合の先生よりお譲り頂いた脇差ですが。自分も年を取りましたので後進の方で何かお役に立つような方が居られれますればお安くお譲り下さいとお預かりした為に地刃も今は御覧の様に良くは分かりませんので特別に格安にて御提供いたします。江戸期の古い時代の越前新刀であろう拵えの付いた脇差を是非お楽しみ下さいませ。


























山城伝 · 讃岐 · 1312-1317頃
現在3点販売中
初代康継は、近江国坂田郡下坂郷の出身で下坂市左衛門と称し、のち越前に移住、結城秀康に抱えられた。初期には「肥後大掾下坂」と銘していたが、慶長十年から十一年の間に江戸に召され、家康・秀忠両将軍の前で鍛刀し、その賞として葵紋及び「康」の一字を賜わって名を康継と改めた。越前康継一派の祖であり、江戸初期を代表する刀工として知られる。
作風は、板目肌つみ、杢交じりの鍛えに、「地沸微塵につき、地景よく入り、処々変わりがね風の太い地景入り、総じてかね黒味をおびる」など、いわゆる越前鉄の特色が顕著である。刃文は「中直刃基調に互の目・小互の目連れて乱れ、上半浅くのたれごころを帯び、小足よく入り、葉交え、小沸つき」といったものが典型的とされる。帽子は「表は焼深く、直ぐ調に突き上げ、先尖り、裏は乱れ込んで、やや沸崩れ、掃きかけ、先小丸、地蔵風に倒れごころ」となるものが見られる。姿は、身幅広く、重ね厚く、中鋒ないし大鋒延びたものが多く、力強い印象を与える。彫物を施した作も多く、不動明王と二童子の三体仏や倶利迦羅龍などが彫られる。
初代康継の作は、地鉄の特色、刃文の構成、姿の雄健さにおいて、同工の典型的な作域を顕現していると評価される。匂口が沈みごころとなる作が多く、総体に沈みごころの匂口で構成された刃文には滋味掬すべき深い味わいがあると評される。一方で、肌立ちが少なく、小板目肌がつんで精良な作や、匂口が明るい作も存在し、変化に富む作風を示す。総じて、同工の傑出した出来栄えを示すものが少なくない。
越前の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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山城伝 · 越前
現在5点販売中
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。