大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K]Juyo Token No.19 室町時代に大和国で活躍した手掻包行の重要刀剣指定作品。包行は大和五派の中で最大流派である手掻派の刀工である。同派は鎌倉時代に包永を祖とし、東大寺の西の正門である輾害門の外辺に居住して作刀したことからこの名があるといわれている。包行は南北朝時代から、応永二十三年紀の添えられた本作の存在により応永までの存命が確認されている。本作は銘文、年紀が通常とは逆側に切られている非常に珍しい作例であり、制作当時から馬手指として特別な注文を受け作刀されたと鑑られる。室町時代初期における短刀の使用法、および佩用方法を知る上で非常に資料的価値の高い優品である。拵は法隆寺西円堂に伝来する馬手指短刀拵を名鞘師、故杉本繁雄氏が忠実に再現した物と伝え、刀身と共に貴重な作品である。 日本刀大鑑 刀装編より 法隆寺西円堂所蔵の本歌資料
応永年紀 (十三年か) のある大和手撥派の包行の短刀で、姿は鎌倉時代をねらって内反り尋常であり、一般にこ の時代の同派の作は、地がねもっと白け、刃文は匂がちとなるものであるが、この短刀は地がねが冴え、小沸よくつ いて、地刃の出来がよい。 年紀を指表にきり、銘を裏にきっているが、これは恐らく馬手指を元来、目標として作られたものであろう。 大和 手搔派のこの時代の短刀としては異例である。








応永年紀 (十三年か) のある大和手撥派の包行の短刀で、姿は鎌倉時代をねらって内反り尋常であり、一般にこ の時代の同派の作は、地がねもっと白け、刃文は匂がちとなるものであるが、この短刀は地がねが冴え、小沸よくつ いて、地刃の出来がよい。 年紀を指表にきり、銘を裏にきっているが、これは恐らく馬手指を元来、目標として作られたものであろう。 大和 手搔派のこの時代の短刀としては異例である。
大和伝 · 大和 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
包行の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
大和伝 · 大和
時期区分: 末手掻· 1390–1700
現在29点販売中
末手掻は、大和五派のうち最大の流派である手掻派の後期、すなわち室町時代に展開した一作風期を指す呼称である。手掻派は東大寺の西の正面たる転害門の外辺に居住して鍛刀したことからこの名がおこったと伝え、その祖を包永とし、年代は鎌倉時代後期の正応頃と伝えている。同派は南北朝時代を経て室町時代に至るまで連綿と栄え、応永頃を境として古手掻の古調から室町色を帯びた作域へと移行する。この室町期の作者群が末手掻であり、鎌倉草創期の包永一門と画然と区別される。在銘の代表的刀工としては包真・包清・包行をはじめ、包宗・包吉・包光・包貞・包久らがあり、いずれも同銘が何代か継承されて室町末期の文亀・天文の頃にまで及んでいる。伊勢国雲林院に移住して活躍した包長のごとく、他国へ展開して末手掻の面影を伝えた者もある。 作風は、鎌倉以来の大和伝を継承しつつ、これを締めて穏やかにした趣を示す。鍛えは板目に杢目を交え、総体に流れて柾がかり、地沸がつき地景の入るものが本領で、しばしば白気映り、ないし淡く白けごころを呈する点が末手掻の標識となる。刃文は匂口の締まりごころに小沸のついた直刃調を基本とし、細直刃から広直刃まで幅があり、浅くのたれて小互の目を交え、刃縁にはほつれ・喰違刃・二重刃・打のけ・湯走りといった大和物特有の働きが現れ、金筋・砂流しを交える。帽子は直ぐに小丸となって掃きかけ、やや長く返るものが多い。姿は内反りの平造短刀を主体とし、室町後期には先反りのついた打刀の姿も加わる。茎の鑢目は檜垣を通例とする点が著しい診断要素であり、鷹の羽鑢を伴う作もある。 評価としては、地刃の冴えと古色を併せ持ち、一見南北朝期を降らぬかと思わせる出来栄えの優品もある一方、総じて個性の発露は乏しく、伝統の家風を忠実に守り伝えた保守的な作域とみなされる。在銘品は二字銘が多く、在所地や年紀、藤原姓を冠した長銘を伴うものは資料的に貴重とされる。室町初期在銘の太刀は現存稀少であり、両刃造や年紀作とともに、手掻派研究上重要な遺品として珍重される。末手掻は、大和の正統を室町の世まで律儀に伝えた一群として位置づけられている。 詳しく見る →
大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K]Juyo Token No.19 室町時代に大和国で活躍した手掻包行の重要刀剣指定作品。包行は大和五派の中で最大流派である手掻派の刀工である。同派は鎌倉時代に包永を祖とし、東大寺の西の正門である輾害門の外辺に居住して作刀したことからこの名があるといわれている。包行は南北朝時代から、応永二十三年紀の添えられた本作の存在により応永までの存命が確認されている。本作は銘文、年紀が通常とは逆側に切られている非常に珍しい作例であり、制作当時から馬手指として特別な注文を受け作刀されたと鑑られる。室町時代初期における短刀の使用法、および佩用方法を知る上で非常に資料的価値の高い優品である。拵は法隆寺西円堂に伝来する馬手指短刀拵を名鞘師、故杉本繁雄氏が忠実に再現した物と伝え、刀身と共に貴重な作品である。 日本刀大鑑 刀装編より 法隆寺西円堂所蔵の本歌資料
応永年紀 (十三年か) のある大和手撥派の包行の短刀で、姿は鎌倉時代をねらって内反り尋常であり、一般にこ の時代の同派の作は、地がねもっと白け、刃文は匂がちとなるものであるが、この短刀は地がねが冴え、小沸よくつ いて、地刃の出来がよい。 年紀を指表にきり、銘を裏にきっているが、これは恐らく馬手指を元来、目標として作られたものであろう。 大和 手搔派のこの時代の短刀としては異例である。








応永年紀 (十三年か) のある大和手撥派の包行の短刀で、姿は鎌倉時代をねらって内反り尋常であり、一般にこ の時代の同派の作は、地がねもっと白け、刃文は匂がちとなるものであるが、この短刀は地がねが冴え、小沸よくつ いて、地刃の出来がよい。 年紀を指表にきり、銘を裏にきっているが、これは恐らく馬手指を元来、目標として作られたものであろう。 大和 手搔派のこの時代の短刀としては異例である。
大和伝 · 大和 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
包行の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
大和伝 · 大和
時期区分: 末手掻· 1390–1700
現在29点販売中
末手掻は、大和五派のうち最大の流派である手掻派の後期、すなわち室町時代に展開した一作風期を指す呼称である。手掻派は東大寺の西の正面たる転害門の外辺に居住して鍛刀したことからこの名がおこったと伝え、その祖を包永とし、年代は鎌倉時代後期の正応頃と伝えている。同派は南北朝時代を経て室町時代に至るまで連綿と栄え、応永頃を境として古手掻の古調から室町色を帯びた作域へと移行する。この室町期の作者群が末手掻であり、鎌倉草創期の包永一門と画然と区別される。在銘の代表的刀工としては包真・包清・包行をはじめ、包宗・包吉・包光・包貞・包久らがあり、いずれも同銘が何代か継承されて室町末期の文亀・天文の頃にまで及んでいる。伊勢国雲林院に移住して活躍した包長のごとく、他国へ展開して末手掻の面影を伝えた者もある。 作風は、鎌倉以来の大和伝を継承しつつ、これを締めて穏やかにした趣を示す。鍛えは板目に杢目を交え、総体に流れて柾がかり、地沸がつき地景の入るものが本領で、しばしば白気映り、ないし淡く白けごころを呈する点が末手掻の標識となる。刃文は匂口の締まりごころに小沸のついた直刃調を基本とし、細直刃から広直刃まで幅があり、浅くのたれて小互の目を交え、刃縁にはほつれ・喰違刃・二重刃・打のけ・湯走りといった大和物特有の働きが現れ、金筋・砂流しを交える。帽子は直ぐに小丸となって掃きかけ、やや長く返るものが多い。姿は内反りの平造短刀を主体とし、室町後期には先反りのついた打刀の姿も加わる。茎の鑢目は檜垣を通例とする点が著しい診断要素であり、鷹の羽鑢を伴う作もある。 評価としては、地刃の冴えと古色を併せ持ち、一見南北朝期を降らぬかと思わせる出来栄えの優品もある一方、総じて個性の発露は乏しく、伝統の家風を忠実に守り伝えた保守的な作域とみなされる。在銘品は二字銘が多く、在所地や年紀、藤原姓を冠した長銘を伴うものは資料的に貴重とされる。室町初期在銘の太刀は現存稀少であり、両刃造や年紀作とともに、手掻派研究上重要な遺品として珍重される。末手掻は、大和の正統を室町の世まで律儀に伝えた一群として位置づけられている。 詳しく見る →
大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません