元幅:約3.3cm 先幅:約2.18cm 彫物:表 棒樋 掻流し 裏 棒樋 掻通し
大和五派の一つである尻懸派の祖は則長で銘鑑は時代を正応としている。年紀作は、文保、正中、元徳、暦応などが あって同名相つぎ室町時代に及んでいる。有銘の作は「大和則長作」「大和国尻懸住則長作」「大和左近允則長作」などと 銘するものがある。作風は大和鍛冶に共通の特色がみられるが、この工には特に互の目や尖り刃の目立つものが多くあり、 見どころとなっている。 この刀は、幅広く、反りがつき、鍛えは柾ごころに流れてよくつみ、刃文は直刃調浅くのたれて、互の目や小互の目が 目立って交じり、砂流ししきりとかかり、帽子は直ぐに掃かけるなど大和物の中でも尻懸と鑑せられるもので所伝は首肯 し得る。











大和五派の一つである尻懸派の祖は則長で銘鑑は時代を正応としている。年紀作は、文保、正中、元徳、暦応などが あって同名相つぎ室町時代に及んでいる。有銘の作は「大和則長作」「大和国尻懸住則長作」「大和左近允則長作」などと 銘するものがある。作風は大和鍛冶に共通の特色がみられるが、この工には特に互の目や尖り刃の目立つものが多くあり、 見どころとなっている。 この刀は、幅広く、反りがつき、鍛えは柾ごころに流れてよくつみ、刃文は直刃調浅くのたれて、互の目や小互の目が 目立って交じり、砂流ししきりとかかり、帽子は直ぐに掃かけるなど大和物の中でも尻懸と鑑せられるもので所伝は首肯 し得る。
大和伝 · 大和
現在15点販売中
尻懸派は大和五派の一つであり、則長を事実上の祖として鎌倉時代末期から室町時代にかけて栄えた。則長には文保三年四十八歳、暦応三年六十九歳と行年を切った短刀が現存し、それによって逆算すると文永九年の生まれであることが分かる。同銘の継承は鎌倉末期より室町時代にわたって見られ、『鍛冶銘早見出』は三代を応永、四代を永亨頃としている。同派の祖は則弘と伝えるが、確実な作を見ず、則長が実質的な流派の祖と見做されている。僧兵を抱えた有力寺院が位置する大和鍛冶に薙刀の作が多いのは当然であるが、その中でも尻懸派と鑑せられる薙刀が最も多く、南北朝期の長大な薙刀が生ぶ茎で伝来している例は極めて稀である。 作風は大和物一般に共通する様式を示すが、鎬幅広く鎬筋の高い造込みに、板目が目立って流れる鍛えを見せ、地沸厚くつき、地景頻りに入り、沸映り立つものもある。刃文は直刃基調であるが、直刃調に小互の目が頻りに連れて交じる点に大きな見処と個性がある。刃縁には頻りにほつれ、二重刃・喰違刃・湯走り・打のけ・砂流し・金筋などの働きが見られ、匂口明るく冴える。帽子は乱れ込み、さかんに掃きかけて火炎状となるものや焼詰め風となるものがある。『紛寄論』には「是も多分すぐ焼刃にて当麻とたがひの出来ふできにて紛るる作也、併当麻ほどは地つまらずしてしほ相うすく、位のおとるを以て尻懸と知べし」[[c:1]]とあり、その見方をよく言い尽している。 尻懸派の作は在銘作が少なく、無銘極めとなるものが大半を占めるが、本阿弥家の鑑定によって伝世してきたものが多い。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、総じてよく錬れてつみ、地沸微塵に厚くつき、地景太く頻りに入る。刃文は中直刃調に小互の目が元から先まで連れ、足・葉繁く入り、小沸よくつき、刃縁にほつれ・二重刃・喰違刃・湯走り現われ、金筋・砂流し細かにかかり、光の強い沸が厚くついて明るく冴える。特に小互の目の連れた刃縁に光の強い沸をあしらった喰違刃のかかる状には、徳川本家に伝来し重要美術品の則長在銘作を思わせるものがあり、尻懸派の特色と美点を十二分に現わした作が多く残されている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
元幅:約3.3cm 先幅:約2.18cm 彫物:表 棒樋 掻流し 裏 棒樋 掻通し
大和五派の一つである尻懸派の祖は則長で銘鑑は時代を正応としている。年紀作は、文保、正中、元徳、暦応などが あって同名相つぎ室町時代に及んでいる。有銘の作は「大和則長作」「大和国尻懸住則長作」「大和左近允則長作」などと 銘するものがある。作風は大和鍛冶に共通の特色がみられるが、この工には特に互の目や尖り刃の目立つものが多くあり、 見どころとなっている。 この刀は、幅広く、反りがつき、鍛えは柾ごころに流れてよくつみ、刃文は直刃調浅くのたれて、互の目や小互の目が 目立って交じり、砂流ししきりとかかり、帽子は直ぐに掃かけるなど大和物の中でも尻懸と鑑せられるもので所伝は首肯 し得る。











大和五派の一つである尻懸派の祖は則長で銘鑑は時代を正応としている。年紀作は、文保、正中、元徳、暦応などが あって同名相つぎ室町時代に及んでいる。有銘の作は「大和則長作」「大和国尻懸住則長作」「大和左近允則長作」などと 銘するものがある。作風は大和鍛冶に共通の特色がみられるが、この工には特に互の目や尖り刃の目立つものが多くあり、 見どころとなっている。 この刀は、幅広く、反りがつき、鍛えは柾ごころに流れてよくつみ、刃文は直刃調浅くのたれて、互の目や小互の目が 目立って交じり、砂流ししきりとかかり、帽子は直ぐに掃かけるなど大和物の中でも尻懸と鑑せられるもので所伝は首肯 し得る。
大和伝 · 大和
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尻懸派は大和五派の一つであり、則長を事実上の祖として鎌倉時代末期から室町時代にかけて栄えた。則長には文保三年四十八歳、暦応三年六十九歳と行年を切った短刀が現存し、それによって逆算すると文永九年の生まれであることが分かる。同銘の継承は鎌倉末期より室町時代にわたって見られ、『鍛冶銘早見出』は三代を応永、四代を永亨頃としている。同派の祖は則弘と伝えるが、確実な作を見ず、則長が実質的な流派の祖と見做されている。僧兵を抱えた有力寺院が位置する大和鍛冶に薙刀の作が多いのは当然であるが、その中でも尻懸派と鑑せられる薙刀が最も多く、南北朝期の長大な薙刀が生ぶ茎で伝来している例は極めて稀である。 作風は大和物一般に共通する様式を示すが、鎬幅広く鎬筋の高い造込みに、板目が目立って流れる鍛えを見せ、地沸厚くつき、地景頻りに入り、沸映り立つものもある。刃文は直刃基調であるが、直刃調に小互の目が頻りに連れて交じる点に大きな見処と個性がある。刃縁には頻りにほつれ、二重刃・喰違刃・湯走り・打のけ・砂流し・金筋などの働きが見られ、匂口明るく冴える。帽子は乱れ込み、さかんに掃きかけて火炎状となるものや焼詰め風となるものがある。『紛寄論』には「是も多分すぐ焼刃にて当麻とたがひの出来ふできにて紛るる作也、併当麻ほどは地つまらずしてしほ相うすく、位のおとるを以て尻懸と知べし」[[c:1]]とあり、その見方をよく言い尽している。 尻懸派の作は在銘作が少なく、無銘極めとなるものが大半を占めるが、本阿弥家の鑑定によって伝世してきたものが多い。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、総じてよく錬れてつみ、地沸微塵に厚くつき、地景太く頻りに入る。刃文は中直刃調に小互の目が元から先まで連れ、足・葉繁く入り、小沸よくつき、刃縁にほつれ・二重刃・喰違刃・湯走り現われ、金筋・砂流し細かにかかり、光の強い沸が厚くついて明るく冴える。特に小互の目の連れた刃縁に光の強い沸をあしらった喰違刃のかかる状には、徳川本家に伝来し重要美術品の則長在銘作を思わせるものがあり、尻懸派の特色と美点を十二分に現わした作が多く残されている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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