大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
無銘(手掻包清) -Mumei (Tegai Kanekiyo)- 刃長27.1センチ 反り0.3センチ 元幅26.5ミリ 元重ね6.3ミリ 物打幅22.45ミリ 物打重ね4.8ミリ 目釘穴2個 裸身重量196グラム 室町時代前期 Early Muromachi period 令和7年7月5日 大阪府登録 附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金着二重はばき、白鞘 手掻派は大和国を代表する刀工一派の一つで、東大寺西方の転害門付近に居住したことからその名があるとされ、鎌倉時代後期の包永を祖として南北朝時代から室町時代にかけて栄えました。室町期の手掻派は一般に末手掻と称され、包清、包光、包行、包俊、包貞、包真などの刀工が知られています。包清にも複数代があり、室町期の作には直刃を基調として二重刃や打除けなど大和伝の特色を示すものが見られます。 平造の短刀で、刃長27.1センチに対して反り0.3センチと、刃長に比して反りがやや強めについた印象を受ける姿です。表には刀樋と添樋を腰樋として掻き流し、さらに棟際に細い樋を掻き流しています。裏には細身の二本樋を長さに変化をつけた丈比べ調に掻き流しており、表裏で趣を変えた樋彫が本作の大きな見どころとなっています。地鉄は柾目肌がよく錬れて地景入り、少しく肌立つ。刃文は直刃調に小さく湾れ、二重刃を交え、刃縁には長く金筋・稲妻が現れ、単調な直刃に終わらない豊かな働きを見せ、鋩子は直ぐに先丸く短く返り、大和物らしい地刃の働きに加え、変化に富んだ樋彫を備えた鑑賞性の高い一口。無銘ながら手掻包清と個銘まで極められたことに加え、特別保存刀剣に指定されている点も本作の大きな魅力です。








大和伝 · 大和
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手掻派は、大和五派の一として奈良に興った刀工の一門である。東大寺の西の正門である転害門の外辺に居住し、東大寺に隷属していた鍛冶の集団と推察され、寺の門の名がそのまま一派の称となった。手掻とも転害とも書く。その祖と伝えられるのが包永で、銘鑑は活躍を鎌倉時代後期の正応頃(一二八八〜九三)とするが、初代の在銘作に年紀はなく、子とも弟子とも伝える包清に嘉暦四年(一三二九)紀の短刀が遺ること、また作域・造込みからして更に時代の遡るとの見解も繰り返し示され、活躍期は鎌倉時代中期から末期にかけてと読まれる。以後、包永の名は数代に継承され、包清・包俊・包次ら同族の工が南北朝から室町に亘って栄えた。大和五派の中で手掻は最も規模が大きく、室町期には他派を吸収したかのごとくこの派のみが存続したとされる。寺社に隷属した工房を母胎とする出自は、その実用本位の造込みと抑制された焼刃の根にあって、一門の作風を貫いている。 一派に通う語法は、まず地鉄に読まれる。鍛えは板目に杢・流れ肌を交え、刃寄りは流れて柾がかり、しばしば肌立ちごころとなって、奈良の手掻に置く構造的な見どころを示す。その上に地沸が厚くつき、地景が頻りに入り、鉄がよく冴える。この柾の目立つ板目こそ、大和五派に共通する第一の標識である。焼かれる刃は直刃を基調とし、浅くのたれて小互の目・小乱れを交え、決して華やかな大模様には出ない。刃縁にはほつれ・打のけ・喰違刃・二重刃がかかり、湯走りが地にこぼれ、金筋・砂流しが走って、刃中にもまた柾が通う。帽子は先を掃きかけて返りの少ない焼詰め風となり、あるいは小丸に浅く返る。これらは大和物に共通する働きであるが、手掻が他の四派と分かれるのは沸の質においてである。包永の作は大和物の中でも最も沸の強いもので、つぶらで輝きのある美しい沸がつき、匂口は明るく地刃ともによく冴える。この明るく強い沸が、鎌倉後期の古手掻を貫く核である。代を降ると地は白けごころとなり、棟寄りに白け映りが立ち、匂口は締まって小沸ごころとなる。包清・包俊・包次らの応永頃の短刀がこの末手掻の典型を示し、なお末期に至れば、享禄頃の包清の刀のごとく直刃が大互の目の皆焼へと転じ、千子村正に近い作域を見せるに至る。古手掻の明るく強い沸から、末手掻の白けて締まった刃へ、一門の弧はこのように降る。 鑑定の勘所は、まずこの柾の目立つ地鉄と、掃きかけ・焼詰めの帽子の下に喰違刃・二重刃と働く直刃にある。同じ大和の中でも、来の詰んだ小板目に整って流れる直刃とは地が分かれ、古備前の丁子に映りを伴う乱れとも分かれる。大和の内部では、千手院・尻懸則長・当麻・保昌と並び称されるが、その分かれ目は手掻自身の特色に沿う。包永は浅くのたれる直刃調を保って小互の目が連れて連なることはなく、湯走り・打のけ・二重刃が刃縁の上に自在に働き、保昌の無地の直刃よりほつれと二重刃に富み、尻懸の連れた小互の目とも異なる。祖包永の格は一門の頂にあり、太刀姿は凛然として格調の高いものが多く、その沸は粟田口久国や相州上工に比し得るものと評されてきた。在銘の太刀は古作としては異例に多く、その殆どが茎先に二字銘を遺す磨上の状態のもので、「包」の字が竪づまりとなり、「永」の字の第二画の竪棒を極端に長く引くところが銘字の見どころとされる。伝来も深く、徳川将軍家から諸大名へ拝領された太刀があり、本多忠勝の孫忠刻の所持銘を残す一口、堀尾家を経て勢州石川家に伝来した折返銘の刀など、来歴を伝える作が多い。包清・包俊・包次ら後代の工は、大磨上無銘の極めを通じて世に伝わるものが多く、在銘・年紀の作はそれ自体が稀少にして、最も規模の大きな大和の一派の作域を知る定点として貴ばれている。 詳しく見る →
室町時代の大和
大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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