Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Mimasaka province,Tsuyama city-Musashi province, Edo city (Tokyo capital) まだ寒気の残る中、百花に先駆けて咲く梅の花。屈曲して上へ上へと伸びる枝、丸く愛らしい花びら。独特の風情ある線刻は後藤一乗とその高弟一琴が得意とした甲鋤彫りである。抑揚のある耳際の打ち返しも一乗一派独特の形状。微細な石目地が早春の冷気を表している。他に一切の色金を用いない鉄地一色の空間に枝梅が浮かび上がり、記憶の中の馥郁たる香りが呼び覚まされる。一的は美作国(岡山県)津山の金工の名家中川家十代目の四男として生まれた。兄は中川一匠と正阿弥勝義である。兄一匠の縁で後藤一乗門となり、後に中川家十一代を襲い、松平家の抱工となった巧手である。


一的
江戸
美作
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · Mimasaka (Tsuyama)
現在1点販売中
家彫 · Kyoto
現在33点販売中
一乗派は、後藤家の掉尾を飾る名工後藤一乗を中心として、幕末から明治にかけて京都に展開した金工の一門である。一乗は寛政三年に後藤家の分家七郎右衛門家四代重乗の子として生まれ、九歳で謙乗の養子となり、十一歳で半左衛門亀乗について彫技を学び、十五歳で家督を相続した。はじめ光貨・光行・光代と名乗ったが、文政七年、三十四歳の時に光格天皇の御剣金具を制作した功により法橋に叙せられて一乗と号し、さらに文久二年には光明天皇の御太刀金具を手がけ、翌年法眼に進んだ。その門下には、船田一琴・今井永武・橋本一至・中川一匠・和田一真の俊英が輩出し「五虎」と称せられ、実弟の光覧や荒木東明らとともに、当代屈指の活況を呈する工房を形成した。 一門の作風は、まず緻密な赤銅魚子地を共有の基盤とする。なかでも一乗の魚子は「絹目魚子」と呼ばれる温順緻密な地がねを特色とし、一匠の「絹魚子」もこれに連なる。その地の上に高彫を主とし、金・銀・赤銅・四分一・素銅などの色金を駆使した色絵・象嵌によって絵画的な図様を構築する点が、流派一貫の標識である。一乗は家彫の掟物たる竜・獅子の伝統を踏まえつつ、これを写生に転じて草花・虫・鳥・風景を品格高く彫り出し、一門の方向を定めた。この画趣は門下に広く受け継がれ、永武は四季の草花を多彩な色金で濃密華麗に仕上げ、一至は師に最も近しい細緻な花鳥図を得意とした。一琴は深浅自在の甲鋤彫において他の追随を許さず、一乗をして「我が及ばざるところ」[[c:1]]と嘆ぜしめ、竜の図に力感を示した。東明は京都の画家林蘭雅とともに粟穂の彫刻を考案し、立体的にこぼれんばかりの風情をあらわして独壇場をなした。一真は写実の動物表現に長じ、一匠は淡い消し象嵌や砂子象嵌に雅趣を凝らし、光覧は兄一乗に類しつつ細やかな風情で仕上げた。鐔の造込みや雲・波の表現、縁頭の鑢などにも師の特色が顕著であり、表裏に異なる地金を用いる昼夜鐔や、四季・故事・吉祥に取材した大小揃金具・総金具の大作が、この一門の高い技量を端的に示している。 一乗派の意義は、繊細緻密な彫技と高い品格とを兼備した点にある。御家彫たる後藤流の美点を近代的に昇華させたその作風は、典雅・流麗・格調高しと評され、門下に忠実に伝えられた。一琴の作は師に迫るものとされ、永武の草花図は後藤一乗の流れの特色を十全にあらわし、一至の作は「殆んど一乗とえらぶところのない優品」[[c:2]]と称えられた。高彫・片切彫・甲鋤彫・象嵌・色絵に至る金工技法を総合的に体現するこの一門は、後藤家伝統の最後の開花を示すものであり、その作の多くは今日重要刀装具に指定され、なお高く評価されている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Mimasaka province,Tsuyama city-Musashi province, Edo city (Tokyo capital) まだ寒気の残る中、百花に先駆けて咲く梅の花。屈曲して上へ上へと伸びる枝、丸く愛らしい花びら。独特の風情ある線刻は後藤一乗とその高弟一琴が得意とした甲鋤彫りである。抑揚のある耳際の打ち返しも一乗一派独特の形状。微細な石目地が早春の冷気を表している。他に一切の色金を用いない鉄地一色の空間に枝梅が浮かび上がり、記憶の中の馥郁たる香りが呼び覚まされる。一的は美作国(岡山県)津山の金工の名家中川家十代目の四男として生まれた。兄は中川一匠と正阿弥勝義である。兄一匠の縁で後藤一乗門となり、後に中川家十一代を襲い、松平家の抱工となった巧手である。


一的
江戸
美作
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · Mimasaka (Tsuyama)
現在1点販売中
家彫 · Kyoto
現在33点販売中
一乗派は、後藤家の掉尾を飾る名工後藤一乗を中心として、幕末から明治にかけて京都に展開した金工の一門である。一乗は寛政三年に後藤家の分家七郎右衛門家四代重乗の子として生まれ、九歳で謙乗の養子となり、十一歳で半左衛門亀乗について彫技を学び、十五歳で家督を相続した。はじめ光貨・光行・光代と名乗ったが、文政七年、三十四歳の時に光格天皇の御剣金具を制作した功により法橋に叙せられて一乗と号し、さらに文久二年には光明天皇の御太刀金具を手がけ、翌年法眼に進んだ。その門下には、船田一琴・今井永武・橋本一至・中川一匠・和田一真の俊英が輩出し「五虎」と称せられ、実弟の光覧や荒木東明らとともに、当代屈指の活況を呈する工房を形成した。 一門の作風は、まず緻密な赤銅魚子地を共有の基盤とする。なかでも一乗の魚子は「絹目魚子」と呼ばれる温順緻密な地がねを特色とし、一匠の「絹魚子」もこれに連なる。その地の上に高彫を主とし、金・銀・赤銅・四分一・素銅などの色金を駆使した色絵・象嵌によって絵画的な図様を構築する点が、流派一貫の標識である。一乗は家彫の掟物たる竜・獅子の伝統を踏まえつつ、これを写生に転じて草花・虫・鳥・風景を品格高く彫り出し、一門の方向を定めた。この画趣は門下に広く受け継がれ、永武は四季の草花を多彩な色金で濃密華麗に仕上げ、一至は師に最も近しい細緻な花鳥図を得意とした。一琴は深浅自在の甲鋤彫において他の追随を許さず、一乗をして「我が及ばざるところ」[[c:1]]と嘆ぜしめ、竜の図に力感を示した。東明は京都の画家林蘭雅とともに粟穂の彫刻を考案し、立体的にこぼれんばかりの風情をあらわして独壇場をなした。一真は写実の動物表現に長じ、一匠は淡い消し象嵌や砂子象嵌に雅趣を凝らし、光覧は兄一乗に類しつつ細やかな風情で仕上げた。鐔の造込みや雲・波の表現、縁頭の鑢などにも師の特色が顕著であり、表裏に異なる地金を用いる昼夜鐔や、四季・故事・吉祥に取材した大小揃金具・総金具の大作が、この一門の高い技量を端的に示している。 一乗派の意義は、繊細緻密な彫技と高い品格とを兼備した点にある。御家彫たる後藤流の美点を近代的に昇華させたその作風は、典雅・流麗・格調高しと評され、門下に忠実に伝えられた。一琴の作は師に迫るものとされ、永武の草花図は後藤一乗の流れの特色を十全にあらわし、一至の作は「殆んど一乗とえらぶところのない優品」[[c:2]]と称えられた。高彫・片切彫・甲鋤彫・象嵌・色絵に至る金工技法を総合的に体現するこの一門は、後藤家伝統の最後の開花を示すものであり、その作の多くは今日重要刀装具に指定され、なお高く評価されている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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