
奥州住兼定(会津五代) Oshuju Kanesada
¥550,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
仕様
47.2 cm
1.4 cm
2.95 cm
2.26 cm
刀剣乱舞で人気 現在刀剣乱舞でも特に人気の名刀美濃関の最上大業物で有名な和泉守兼定(之定)から数えて六代目、本奥州住兼定(奥州5代目)は江戸時代寛文6年(1666年)(360年前)会津の保科正之に抱えられました。保科正之は2代将軍徳川秀忠の子で幕末の会津藩主松平容保の祖です。古来有名な兼定が会津で幕末まで十一代続きます。本脇差は元身幅広く先身幅との差がやや有り反りもやや有る豪壮な脇差姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の直調の刃を焼き如何にも物切れする業物の名声をいやがうえにも上げています。新撰組副長土方歳三の愛刀はこの奥州住兼定の十一代目会津和泉守兼定の刀で現在も東京八王子の土方歳三家に大切に保管されています。幕末会津藩主松平容保が京都守護を仰せつかったために会津藩工兼定の刀は会津藩お預かりの新撰組に褒美として授けられたものと思われます。会津藩は藩祖保科正之の教えにより本家徳川将軍家に何か事が有れば最前線立ち将軍家をお守りするのが会津藩の役目との家訓が有る為に、幕末動乱期その家訓を守り会津藩は徳川将軍家と運命を共にしました。会津鶴ヶ城を守り激闘を続けた会津藩士の奮闘や白虎隊で有名な少年達の悲劇は今も語り継がれています。本脇差はその11代目和泉守兼定の元となる奥州兼定の中で一番上手と言われている会津5代目の兼定です。豪華な丸に三つ柏の紋の付いた拵えが本脇差の持ち主が会津藩の家老職に匹敵する高級武士の持ち物であった事が良く判り、本脇差に一層華を添えています。今回特別な御数寄者様からご厚意で後進の方に現在人気の奥州住兼定の脇差をお安くお譲り下さいと頂戴した為に、経年変化の多少の痛みも有りますので特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。

¥550,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
47.2 cm
1.4 cm
2.95 cm
2.26 cm
¥550,000
刀剣乱舞で人気 現在刀剣乱舞でも特に人気の名刀美濃関の最上大業物で有名な和泉守兼定(之定)から数えて六代目、本奥州住兼定(奥州5代目)は江戸時代寛文6年(1666年)(360年前)会津の保科正之に抱えられました。保科正之は2代将軍徳川秀忠の子で幕末の会津藩主松平容保の祖です。古来有名な兼定が会津で幕末まで十一代続きます。本脇差は元身幅広く先身幅との差がやや有り反りもやや有る豪壮な脇差姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の直調の刃を焼き如何にも物切れする業物の名声をいやがうえにも上げています。新撰組副長土方歳三の愛刀はこの奥州住兼定の十一代目会津和泉守兼定の刀で現在も東京八王子の土方歳三家に大切に保管されています。幕末会津藩主松平容保が京都守護を仰せつかったために会津藩工兼定の刀は会津藩お預かりの新撰組に褒美として授けられたものと思われます。会津藩は藩祖保科正之の教えにより本家徳川将軍家に何か事が有れば最前線立ち将軍家をお守りするのが会津藩の役目との家訓が有る為に、幕末動乱期その家訓を守り会津藩は徳川将軍家と運命を共にしました。会津鶴ヶ城を守り激闘を続けた会津藩士の奮闘や白虎隊で有名な少年達の悲劇は今も語り継がれています。本脇差はその11代目和泉守兼定の元となる奥州兼定の中で一番上手と言われている会津5代目の兼定です。豪華な丸に三つ柏の紋の付いた拵えが本脇差の持ち主が会津藩の家老職に匹敵する高級武士の持ち物であった事が良く判り、本脇差に一層華を添えています。今回特別な御数寄者様からご厚意で後進の方に現在人気の奥州住兼定の脇差をお安くお譲り下さいと頂戴した為に、経年変化の多少の痛みも有りますので特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。

¥550,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
47.2 cm
1.4 cm
2.95 cm
2.26 cm
¥550,000