南北朝の戦乱は、山城の精緻を支えた公家社会を疲弊させた。来派最後の巨匠たちをもって古典の系譜は閉じ、長谷部と信国が新しい相州風を都に持ち込んでいる。
重要刀剣 肥後延寿 販売状況:販売中 鑑定書:重要刀剣(第46回 指定) 指定年月日:平成12年10月5日 種別:刀 銘文:無銘 伝位:延寿 寸法: 長さ:69.85 cm(二尺三寸一分弱) 反り:1.8 cm 元幅:3.05 cm 先幅:1.95 cm 切先長:3.25 cm 茎長:18.4 cm 茎反り:0.1 cm 形状:鎬造、庵棟。身幅標準的で、先にかけて僅かに細くなる。鎬高く、反りやや深く輪反りごころがある。中切先やや延びる。 鍛え:小板目肌よく詰み、地沸厚くつき、細かな地景入る。地には淡く白毛映り立つ。 刃文:中直刃調を主調に、僅かに湾れごころを帯びる。所々小互の目交じり、特に上方の焼幅狭まる箇所に顕著。小足入り、匂口ほどよく締まり小沸つく。一部に僅かな飛焼、物打付近などに二重刃ごころが掛かる。 帽子:直ぐに小丸へ返り、返りは浅い。二重刃風の働きを見せ、先掃き掛ける。 彫物:表裏に棒樋を丸留めとする。 茎:大磨上、極めて浅い栗尻。鑢目切り。目釘孔二個。無銘。 解説: 肥後国延寿派は、山城来国行の外孫と伝えられる太郎国村を始祖とし、国吉、国時、国友、資信、国信、国綱といった名工を輩出しました。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて、肥後国菊池郡隈府の地で大いに栄えた一派です。 その作風は概して山城来派に通じ、個々の刀工による個体差は少ないものの、鍛えに流れるような肌(柾目心)が交じり、白毛映りが立つ点、匂口が沈みごころで刃中の働きが控えめな点、そして帽子が大きく丸く返り、返りが浅い点などが延寿派を見極める際の特徴とされています。 本作は、よく詰んだ小板目肌に地沸が厚くつき、淡い白毛映りが現れています。刃文は中直刃を基調に僅かに湾れ、小互の目や小足を交え、匂口は締まりごころに小沸がよくつきます。刃中や帽子に見られる二重刃風の働きは延寿派の特色をよく示しており、同派の極めを首肯させる優品です。全体として格調高く、特に精良な鍛えは特筆すべき見どころとなっています。
肥後国延寿派は、山城の来国行の外孫と伝える太郎国村を始祖として始まり、国吉・国時・国泰・国友・国資・国信・ 国綱等、一門には多くの良工が輩出し、鎌倉時代末葉より南北朝期にかけて同国菊池郡隈府の地に大いに繁栄した。その 作風は、それぞれに際立った個性が少なく、概ね山城の来派に類似するが、鍛えに流れ柾を交えて白気映りが立ち、刃文 は匂口が幾分沈みごころで、刃中の働きが穏やかとなり、また帽子の先の丸味がやや大きく、しかも返りを浅く焼くなど の点に相違が見られ、同派の見どころとして挙げられる。 この刀は、小板目肌がよくつんで地沸が厚くついた鍛えに、淡く白け映りが立ち、刃文は中直刃を基調に浅くのたれご ころをおび、僅かに小互の目風を交えて小足が入り、匂口がしまりごころに小沸がよくつき、さらに刃縁や帽子には同派 によく見る二重刃風が看取されるなど、延寿派の特色をよく示した一口で、所伝は首肯される。同派極めの出来のよい一 口であるが、特に鍛えが精良で一段と優れている点が注目される。




肥後国延寿派は、山城の来国行の外孫と伝える太郎国村を始祖として始まり、国吉・国時・国泰・国友・国資・国信・国綱等、一門には多くの良工が輩出し、鎌倉時代末葉より南北朝期にかけて同国菊池郡隈府の地に大いに繁栄した。その作風は、それぞれに際立った個性が少なく、概ね山城の来派に類似するが、鍛えに流れ柾を交えて白気映りが立ち、刃文は匂口が幾分沈みごころで、刃中の働きが穏やかとなり、また帽子の先の丸味がやや大きく、しかも返りを浅く焼くなどの点に相違が見られ、同派の見どころとして挙げられる。 この刀は、小板目肌がよくつんで地沸が厚くついた鍛えに、淡く白け映りが立ち、刃文は中直刃を基調に浅くのたれごころをおび、僅かに小互の目風を交えて小足が入り、匂口がしまりごころに小沸がよくつき、さらに刃縁や帽子には同派によく見る二重刃風が看取されるなど、延寿派の特色をよく示した一口で、所伝は首肯される。同派極めの出来のよい一口であるが、特に鍛えが精良で一段と優れている点が注目される。
山城伝 · 肥後
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肥後国菊池郡隈府の地に興った延寿派は、京の来の作風を九州へ移した一門である。その祖を太郎国村とし、通説に大和千手院派の弘村の子で来国行の娘聟となり、その外孫として来の工房に学んだと伝える。延寿の名はその来の一字に通うとされ、一門の出自を山城の血脈に結ぶ。国村のまわりには国時・国泰・国資・国吉・国信・国友・国綱らの上手がほぼ時を同じくして輩出し、鎌倉時代末葉から南北朝期にかけて菊池郡の地に大いに繁栄した。延寿の工は南朝に忠なる菊池氏に属し、年紀ある作には正平・延元など南朝の年号を刻むものがあって、一門の活動とその歴史を地に結びつけている。 延寿の作は概ね来派に類似し、各工に際立った個性が少ないため、一門は個々の手よりも一団として読まれる。その共通の語法は地鉄に最もよく現れる。鍛えは小板目がよくつんで詰み、杢を交え刃寄りに流れて柾ごころを帯び、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。その上に立つのが一門第一の見どころたる白け映りで、明るく冴える来の地鉄とは異なる、冷たく霞んだ映りである。刃文は中直刃あるいは細直刃を本体とし、小互の目・小足を交え、しばしば二重刃を見せ、匂口は幾分沈みごころとなって穏やかに焼く。帽子は来が小丸に締めて返るのに対し、先の丸味がやや大きい大丸となって返り浅く、先に掃きかけるものが多い。これらの柾ごころ・白け映り・沈みごころの匂口・穏やかな刃中の働き・丸味の大きい大丸帽子が、来に似てやや異なる延寿の見どころであり、真の来から一門を分かつ要となる。本間は延寿を「来に似てやや異なる」[[c:2]]とし、その直刃の刃中の働きを来一派の直刃よりも淋しいと記す。その淋しく冷えた趣こそ一派の眼目である。 延寿の鑑定の勘所は、なべてこの来との別にある。輪反りや京風が一見来を想わせても、地の流れ・白け映り・沈む匂口より延寿と看取し、来に比して地刃やや弱しとされる。一門に個性が少ないがゆえに、主要工はその一様の中から程度の差によって絞られる。祖国村は細身で元先の幅差が顕著、反り高く小鋒に結ぶ独特の姿態をもって無銘の延寿を己に引き寄せる。国時は遺例が比較的多く作柄の平均点も高い代表工で、一門の抑えた直刃を誰よりも賑やかに働かせる。国泰は地刃の沸が一門の中で最も強くつき、佳作は明るく冴える。国資は刃中の働きが最も豊かで、寸延びの作に火焰風の帽子という一門に類のない働きを示す。国吉は地刃の冴えにおいて延寿の弱点を脱した垢抜けた手を遺し、国信は遺例こそ少ないが刃に沿う二重刃を殊に鮮明に見せる。これらの諸工はいずれも国の字を冠し、その「国」構の右半を耳形に切る銘振りを共有して他派にまぎれず、藤代に上々作以上の格を得る。伝来も地方工としては厚く、来歴の確かな作が黒田家・徳川家・伊達家・上杉家・細川家などの旧家を経、林原美術館・出光美術館・徳川美術館・佐野美術館をはじめとする機関に蔵される。在銘生ぶの太刀や身幅広い在銘の短刀は遺るものが少なく、多くは大磨上無銘の極めとして伝わるため、肥後の山城風を手に取りうる機会はおのずから限られている。 詳しく見る →
南北朝時代の山城
南北朝の戦乱は、山城の精緻を支えた公家社会を疲弊させた。来派最後の巨匠たちをもって古典の系譜は閉じ、長谷部と信国が新しい相州風を都に持ち込んでいる。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,348口(約202口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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