NihontoWatch MonNihontoWatchBETA
MarketEncyclopedia
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケット
事典
概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 延寿
  3. 國泰

Enju Kuniyasu

國泰

特重
巻 24, 番 65 · 短刀

Enju Kuniyasu

國泰

評価作品17点

国肥後時代Gentoku (1329–1331)時代区分鎌倉流派Enju伝法山城伝藤代Jo-jo saku刀工大鑑750(上位15%)種別刀工コードKUN1719
1重要文化財
1重要美術品
2御物
2特別重要刀剣11重要刀剣

概要

肥後の延寿国泰、二字銘「国泰」(くにたいとも訓む)の工は、説明書に同派の祖太郎国村の子と伝え、国村自身は山城の来国行の孫と伝わる。現存する年紀作には延慶・元徳・正慶・建武があり、鎌倉末葉から南北朝初期に置かれる。元徳弐年(一三三〇)紀の短刀はその確かな一基である。延寿一派は菊池郡隈府の地に定まり、鎌倉末葉から南北朝にかけて大いに繁栄したと説明書は記す。その作は山城の来派に近く、一門それぞれに際立った個性が少ないとされる。その一様の中で説明書が取り立てるのが国泰で、一派の高足の一人に数えられ、その個性は「同派の中でも最も強く沸づく点に僅かながら個性が窺われ」る作風に見えるという。

この強い沸が同工の眼目で、説明書は繰り返しそこに立ち返る。一派は概ね沈みごころに、匂口やや沈み刃中の働き穏やかに焼くが、国泰の刃はその逆を行く。刃文は中直刃に小互の目・小互の目ごころ・浅いのたれを交え、足・葉入り、小沸厚くつく。上半はほつれて二重刃風となり、細かに金筋・砂流しがかかる。一門が尋常な直刃に留めるのに対し同工の刃は最も尋常に留まらず、匂口は沈まずに明るく冴える。説明書はほぼ毎度、「同派の中でも最も強く沸づく点に僅かながら個性が窺われ」ると、定型のごとくに記す。借りものの類似ではなく、これこそ一派の中で同工を極める当の見どころである。

その刃を載せる地鉄は板目あるいは小板目で、総じてつみながら処々流れて柾ごころとなり、肌が幾分立つ。地沸微塵に厚くつき地景細かに頻りに入り、時に地斑調の肌合を交える。これに一派の白け映りが地に立つ。白け映りは説明書が、明るき母体の来から延寿を分かつ見どころの一つに挙げるものである。国泰もこれを帯びるが、明るく沸づく地が映りを押す傾きがあり、佳作の短刀では小板目のつんだ鍛えが「鉄色明るくよく錬れ、刃文も匂口明るく沸厚くつき、一見本国の来国光を髣髴とさせる」と記される。帽子は直ぐに小丸となり先に掃きかけを伴うことが多く、身幅広い晩年の短刀では一派の大丸風に浅く返る。先の丸み大きく返り浅き帽子も、説明書が挙げる延寿の見どころの一つである。

作は二様で読まれる。在銘の遺例は細身で反り深い生ぶ(または僅か磨上げ)の太刀と、鎌倉最末期には身幅広く寸延びごころで重ね厚く殆ど無反りに近い生ぶ平造の短刀で、銘は茎先近くに切る大振りの二字銘である。年紀作の一口はやや太鏨の六字で「南無天神国泰」と元徳弐年紀を切り、他に「菊池住」と居住地を添える。今一つの register は大磨上の刀で、延寿国泰と極められた無銘か、後代の象嵌銘を負うものである。数口は輪反りと京風を残して一見来を想わせるが、地の流れ・白け映り・中直刃より延寿と看取し、作位の高さと沸の強さより国泰に絞られる。説明書は国泰の名が継承された旨を注意し、「菊池住」と切る二字「国泰」の短刀を初代ではなく南北朝中後期の同名継承と鑑し、『埋忠押形』に所載しながら初代同様の刃沸強く地刃明るい出来を示すと記す。

同工を分かつ点は、周囲の一派よりもその作自身から汲むのがよい。説明書はその太刀の一口を「一派の作域としては比較的に少ない乱れ出来である点が注目される」とし、鍛えが一段と優れていると評し、常々の同派の作に比して地刃の沸が強くつく態に同工の個性が表示され、鍛えが「精良で一段と優れている」と特筆する。古い極めの一つはさらに進んで、その強い沸より「来一類よりもむしろ大和物などに相通うものがある」と看る。これは同工の力を、一派が保つ京風から一歩離して置く読みである。銘そのものも一門の見どころで、「国構の中の右半分を耳形に」きるのが延寿に共通する銘振りで他工にまぎれることはないと説明書は記す。すなわち同工は、概ね穏やかな一派の中で明るく沸強き読みであり、逆に尋常な来の直刃は一見延寿に紛れる。

藤代の極めで国泰は上々作。その名の拠る指定は重要文化財一口・特別重要刀剣二口と相応の重要刀剣で、特別重要刀剣・重要刀剣の級を合わせて十三口、在銘の太刀・短刀と大磨上極めの刀の双方に亘る。在銘の遺例は説明書のいう如く比較的少ない。来歴にはいささかの歴史が伴う。大磨上の刀の一口は元和三年(一六一七)の金象嵌銘を負い、村山源助が磨上げた旨と堀秀政の旧蔵を伝え、その「そこぬけひしゃく」の派銘は「水もたまらぬ」と切味を誇る洒落である。他に朝生氏の所持や皇室に連なる一口が録され、一口は今日名古屋市博物館に蔵される。延寿国泰は蒐集家にとって全く手の届かぬ工ではない。極めの刀や時に在銘の短刀が取引可能の指定級に在り、根気をもってすれば折に触れ市に現れる。一方で重要文化財や永く秘蔵された作は売り物ではなく遺産である。同工は肥後一派の生んだ最も明るく沸強き手であり、概ね穏やかなこの一門の中で最も知られやすい工である。

鑑定

国泰独自の延寿の作風を二つの register で読む。すなわち一派の白け映りを帯びた流れ肌の地に焼いた中直刃を、しかし一門中最も強く沸づく手で、時に一派には少ない乱れ出来にまで働かせた作を、二字「国泰」銘の生ぶ太刀・平造短刀と、地鉄より延寿国泰と極められ鑑定銘を伴う大磨上無銘あるいは金象嵌・銀象嵌銘の刀という二様で見る。国泰の名は南北朝中後期に二代へ継承され、NBTHK は同名一系を一码にまとめ各刀を個別に時代極めしている。本 corpus は大半が説明書のいう初代=鎌倉末期の作で、菊池住と切る一口を二代と読む。

国泰(「くにたい」とも訓む)は肥後延寿派の高足の一人で、通説に祖太郎国村の子と伝え、国村自身は山城の来国行の孫と伝わる。年紀作は鎌倉末葉から南北朝初期に亘る。作は延寿の作風を全うし、来の山城風を肥後に移したもの、すなわち板目あるいは小板目つみ柾ごころに流れ、地沸微塵に厚くつき地景細かに入り、一派の白け映りが立ち、中直刃に小互の目・浅いのたれを交えて焼き、帽子は直ぐに小丸あるいはやや大きい大丸となって掃きかける。一様なこの一派の中で同工を分かつ点を説明書は繰り返し明記する。すなわち延寿の諸工の中でも最も強く沸づく作風で、一派が概ね沈みごころに焼くのに対し地刃が明るく冴える。佳作では焼刃の上半がほつれて二重刃となり匂口が明るく、一見本国の来国光を髣髴とさせる。

鑑定の決め手

説明書がほぼ毎度の説明に明記する点(一七口中一二口)。匂口が幾分沈みごころで刃中の働きが穏やかな一様の一派の中で、国泰の作は一門中最も強く沸づき、地刃が明るく冴える。借りものの来との比較ではなく、これこそ一派の中で同工を極める当の見どころである

延寿を母体の来から分かつ第一の見どころ。来にはほぼ無い白け映りが地に立つ(来国光0%、来国俊1%)。国泰もこれを帯びるが、祖国村(69%)・国時(65%)よりやや控えめで、明るく沸づく地が映りを押す傾きがある

祖が殆ど純然たる直刃に留めるのに対し(国村直刃100%・小互の目13%)、国泰の直刃は一派中最も尋常に留まらず(直刃53%対国村100%・国時92%)、小互の目に崩れる率は祖の約三倍(41%対13%)。説明書は同工の太刀の一口を一派としては比較的少ない乱れごころの作と評す

国泰は直ぐに小丸(59%)に結ぶことが最も多く、先に掃きかけを伴うことが多い(35%)。身幅広い晩年の短刀では一派の大丸風に浅く返る(12%)。先の丸み大きく返り浅き帽子は説明書が一門全体に挙げる見どころの一つである

作風の変遷

国泰の延寿の作風:一派の白け地鉄に、一門中最も強く沸づく直刃

板目あるいは小板目つみ、総体に流れて柾ごころを帯びる鍛えに、地沸微塵に厚くつき地景細かに入り、一派の白け映りが立ち、時に地斑調の肌合を交える。この延寿の地鉄に国泰は中直刃を焼き、小互の目・小互の目ごころ・浅いのたれを交え、足・葉入り、小沸厚くつく。一門が尋常な直刃をやや沈みごころに焼くのに対し、同工の刃は一派中最も強く沸づき、地刃明るく冴える。細かに金筋・砂流しかかり、焼刃の上半はほつれて二重刃風となり、物打辺に湯走りかかる。帽子は直ぐに小丸となり掃きかけを伴うことが多く、時に丸味やや大きく浅い大丸風に返る。説明書は乱れごころの作を一派としては比較的少ない出来とし、鍛えが精良で一段と優れていると二度まで特記する。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

在銘の register:二字銘の生ぶ太刀・平造短刀

茎先近くに大振りの二字「国泰」銘を切る生ぶ平造の短刀と、生ぶ(または僅か磨上げ)の太刀。短刀の一口は元徳弐年(一三三〇)の年紀を持ち「南無天神国泰」と切り、他に「菊池住」の居住地銘を添える。在銘の遺例は比較的少なく、太刀・短刀ともにある

在銘の遺例は、細身で反り深い生ぶ(または僅か磨上げ)の太刀と、鎌倉最末期には身幅広く寸延びごころで重ね厚く殆ど無反りに近い生ぶ平造の短刀である。銘は茎先近くに切る大振りの二字銘で、鏨が太く力強いものもある。年紀作の一口は「南無天神国泰」と元徳弐年(一三三〇)の六字銘を切り、他に「菊池住」と居住地を添える。この register で刃文は最も自在に小互の目・浅いのたれを交え、刃縁はほつれて二重刃となり匂口が明るい。これらの作では小沸の殊によくつく点が、一派の中で同工と極める当の見どころとして挙げられる。

姿 Sugata
刃文 Hamon

大磨上無銘・象嵌銘の刀(地鉄より極め、象嵌銘で確む register)

延寿国泰と極められた大磨上の刀。輪反りと京風が一見来を想わせるが、流れた地鉄・白け映り・中直刃より延寿と看取し、作位の高さと沸の強さより国泰に絞る。二口は「本銘」国泰の銀象嵌を負い、一口は元和三年(一六一七)の「前延寿国泰」金象嵌銘と堀秀政旧蔵を伝える

指定作の大半は大磨上の刀で、延寿国泰と極められた無銘か、後代の銀象嵌・金象嵌銘を伴うものである。数口は輪反り風を残し、京風と相俟って一見来を想わせるが、地の流れ・白け映り・中直刃より延寿と観るべく、作位の高さと沸の強さより国泰に絞られる。直刃は小互の目・小互の目ごころを交え、小足入り、物打辺に湯走りかかり、上半は二重刃となる。帽子は直ぐに小丸あるいは焼詰めとなる。うち二口は「本銘 国泰」の銀象嵌を伴い、本来国泰銘のあった太刀を大磨上にした際に施したものと鑑せられ、一口は元和三年(一六一七)の「前延寿国泰」金象嵌銘を負い、堀秀政の旧蔵と知れる。

姿 Sugata
刃文 Hamon
研究

年紀のある遺例は延慶・元徳・正慶(正慶)・建武を有し、初代を鎌倉末葉から南北朝初期に置く。元徳弐年(一三三〇)紀の短刀はやや太鏨の六字で「南無天神国泰」と切る。

「菊池住」と切る二字「国泰」の短刀は初代ではなく南北朝中後期の同名継承と鑑せられ、『埋忠押形』に所載しながら初代同様の刃沸強く地刃明るい出来を示す。

一派の銘の「国」字は、クニ構えの右半分を耳形にきり、他工にまぎれぬ一門共通の銘振りの見どころとして挙げられる。

指定

国宝—
重要文化財1
重要美術品1
御物2
特別重要刀剣2
重要刀剣11

名工ランク

0.39 (指定作品17点)

刀工の上位6%

伝来

伝来記録4件 の鑑定作品における Kuniyasu

伝来ランク

名家所蔵2点、伝来記録4件

刀工の上位68%

素点:1.92 / 10

刀姿

評価作品17点の分布

銘

評価作品17点の銘の種類

販売中

Enju派

Enju派の他の刀工

  1. 1.國村Kunimura15指定
  2. 2.國時Kunitoki1 販売中32指定
  3. 3.國資Kunisuke3 販売中22指定
  4. 4.國時Kunitoki7指定
  5. 5.國吉Kuniyoshi1 販売中22指定
  6. 6.國信Kuninobu7指定
  7. 7.國重Kunishige2指定
  8. 8.是吉Koreyoshi1指定
  9. 9.國元Kunimoto1指定
  10. 10.國家Kuniie1指定
  11. 11.國光Kunimitsu1指定
  12. 12.國綱Kunitsuna2指定