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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 延寿
  3. 國時

Enju Kunitoki

國時

重要
巻 28, 番 121 · 太刀

Enju Kunitoki

國時

評価作品7点

国肥後時代Kenji (1275–1278)時代区分鎌倉流派Enju伝法山城伝種別刀工コードKUN1292
2重要文化財
2重要美術品
3重要刀剣

概要

国時は肥後延寿派の刀工で、鎌倉時代最末期から南北朝期にかけて肥後国菊池郡に活躍した。説明書はその起こりを率直に記し、「肥後国延寿派の始祖は国村」とし、国村は京の来国行の孫と伝える。その山城の流れから一派は気質を受け継ぎ、概ね来風を作域として直刃を得意とする。国村のまわりには国時・国吉・国資・国泰・国信らがほぼ時を同じくして輩出し、国時は国村の子あるいは弟と伝えて初代に数えられる。在銘の太刀二口が重要文化財に指定され、一口は高知の掛川神社に、一口は和歌山東照宮に伝わり、さらに生ぶ茎で二字銘を留める在銘太刀が残るため、互いに見分けがたいとされる一派にあって、本工は比較的よく記録された手の一つである。

その典型は、細身の太刀あるいは尋常な姿の大磨上の刀に読まれ、現存の在銘太刀は腰反り高く、小鋒で、生ぶ茎にやや太鏨の銘を切る。終始変わらぬのは刃文で、直刃を本体とし、多くは中直刃に小互の目を交え、足・葉入り、小沸よくつき、在銘の太刀では僅かに二重刃ごころを示す。これは意図された静かな刃である。説明書は一派の手を山城の親に近いがより控えめと描き、「来物に比しては地刃がやや弱く」、直刃は概して働き少なく沈みごころとなると記す。その中にあって一口が際立つ。伊達家伝来の在銘太刀がそれで、説明書はこれを「直刃の中に互の目が頻りにめだち」、働きが豊富である点で特記する。

地鉄もまた刃文に劣らず一派の特色を担う。やや流れごころの小板目つみた地に、時に大肌を交え、地景と地沸が細かに入り、地の上には備前の明るい丁子映りではなく白け映りが立つ。この冷たく霞んだ映りこそ延寿の地鉄で、来・山城の流れを汲む一派が伝える特色であり、在銘・極めの作いずれにも現れる。鍛えが小板目につまり地沸厚くつくとき、ある説明書の言葉を借りれば、その鍛はいかにもよい。その地に対して帽子は直ぐに小丸となって浅く返り、穏やかな作にはかすかに砂流しがかかる。

本工の記録は作域によって明らかに分かれる。在銘の作、すなわち生ぶ茎の伊達家伝来太刀と金象嵌銘の刀は、直刃に乗る頻りな互の目という個性を帯び、太刀では腰元に棒樋へ添樋を添え、その上に梵字を彫る宗教的な彫物の構成を見せる。もう一つの面は、延寿の代表的な手として極められた大磨上無銘の刀で、姿堂々とし、匂い深く小沸厚くつき、匂口は沈みごころとなる。名と弐ツ胴截断の截断銘を金象嵌で入れた重要刀剣の刀について、説明書はその作風を鎌倉末の延寿派の典型と首肯しつつ、「国時と特に断定すべき見どころは寧ろ掴めない」とする。名そのものは代を重ねて室町に及ぶため、各作の代別はその銘よりも出来から読むべきものである。

肥後延寿の国時を隣り合う手から分かつのは、まさに説明書の言うところである。本工は、より明るく強い山城の真の来の手とは、冷たい白け映りと、説明書の描くやや柔らかな地刃によって分けられ、その刃は沈みごころとなる類とされる。けれども個々の個性が乏しく静かな直刃を共有する一派の中では、その比較的豊富な互の目と足が本工に見分けのつく位置を与え、説明書はその無銘の刀の一口を「来派をおもわせる」中直刃と評する。本工は、山城の作風を南九州に伝えた一門の初代の世代に立つ、肥後の伝統の頭に置かれた静かで鍛えのよい手である。

収集の観点では、明確な記録の跡をもつ稀な初期肥後の名である。国宝はなく、その記録は重要文化財二口、すなわち掛川神社の太刀と和歌山東照宮の太刀、戦前の重要美術品、そして在銘・金象嵌銘・無銘のわずかな重要刀剣を通る。数口に大名家・鑑定家の伝来があり、伊達家伝来の在銘太刀は金沃懸地の毛抜形太刀拵を附し、大磨上の刀には享保六年・七百貫を記す本阿弥光忠の折紙が附属する。その作は今、来歴の確かな旧家と公の機関に伝わり、佐野美術館もこれを蔵する。特別重要刀剣・重要刀剣の級は三口にとどまるため、在銘の肥後延寿国時が世に出ることは稀であり、私蔵の一口は収集家にとって注目すべきもの、来の作風がいかに九州に根づいたかを語る証である。

鑑定

一人の延寿の手を作域で読む:在銘の太刀と金象嵌銘の刀に見る個性(直刃中に頻りな互の目、梵字・添樋の彫物)と、肥後延寿の代表として極められた大磨上無銘の刀に見る白け映りの地に穏やかな来風の中直刃

国時は肥後延寿派の刀工で、鎌倉時代最末期から南北朝期にかけて肥後国菊池郡に活躍した。延寿派は京の来国行の孫と伝える延寿太郎国村を祖とし、一派は概ね来風を作域とし、国時は国吉・国資・国泰・国信らと並ぶ同派代表の名工の一人に挙げられる。その作は細身の太刀あるいは大磨上の刀で、やや流れごころの小板目つみた地に地沸細かにつき、地景入り、白け映りが立ち、これに穏やかな中直刃を焼いて小互の目・足・葉を交え、帽子は直ぐに小丸となる。説明書は延寿の手を来に近いが地刃やや弱く、直刃に働き少なく沈みごころとなるのが通例とし、その中にあって伊達家伝来の在銘太刀は直刃中に互の目頻りにめだち働き豊富である点が注目されるとする。各工の個性が乏しいため、無銘の極めは個性よりも時代と一派により首肯され、国時の名は代を重ねて室町に及ぶとされる。

鑑定の決め手

延寿の静かな基準(働き少ない直刃)にはない特徴

作風の変遷

在銘の作とその豊富な働き(伊達家伝来の太刀)

本工自身の手が最も明らかなのは在銘の太刀で、細身、腰反り高く小鋒、茎は生ぶでやや太鏨の大振な二字銘を切る。地鉄は板目処々流れ、大肌を交え、地沸つき、白け映りが立つ。刃文は直刃調に小互の目を交え、葉かかり、僅かに二重刃ごころあり、小沸つき、処々匂口染みる。帽子は直ぐに小丸、返り短かい。腰元には棒樋に添樋を添え、その上に梵字を彫る。説明書は延寿の手を概ね来風ながらより穏やかとし、直刃は概して沈みごころで働きが少ないとするが、この伊達家伝来の太刀はその中にあって直刃中に互の目が頻りにめだち、働きの豊富な点が注目されるとする。金象嵌銘の刀は同じ在銘の作域を、やや流れごころの小板目に広直刃調と丁子・足を交えて延べる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

大磨上無銘の刀(肥後延寿代表の極め)

記録のもう一つの面は、延寿の代表的な手として本工に極められた大磨上無銘の刀である。姿は身幅・切先尋常で、大磨上ながら腰反り浅く、やや踏張つき、中鋒となる。地鉄は小板目つまってやや立ち、地景細かに入り、地沸細かに厚くつき、白気ごころがあって、鍛がいかにもよい。刃文は中直刃に小互の目を交え、匂いを深く敷いて小沸厚くつき、匂口沈みごころ、かすかに砂流しかかり、足・葉入る。帽子は小丸ごころに浅く返る。説明書はこれを来をおもわせる鎌倉末の延寿の作と首肯し、姿堂々として鍛えよしと評するが、金象嵌銘の重要刀剣ではその作風が延寿派の典型的なもので、国時と特に断定すべき見どころは寧ろ掴めないとし、極めは時代と一派による。一口には享保六年の本阿弥光忠折紙が附き、七百貫と評価する。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は延寿派の起こりを肥後菊池の延寿太郎国村に置き、来国行の孫と伝え、一派が概ね来風ながら来物に比して地刃やや弱く、直刃は概して静かで匂口沈みごころとなると記す。国時の名は鎌倉最末期より室町に至るまで代を重ねるため、各作の代別はその出来から読むべきものとする。

金象嵌銘の重要刀剣について説明書は、これを鎌倉末の延寿派の典型的な作風と首肯しつつ、国時と特に断定すべき見どころは寧ろ掴めないとし、極めは個性ではなく時代と一派によるとする。

指定

国宝—
重要文化財2
重要美術品2
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣3

名工ランク

0.24 (指定作品7点)

刀工の上位10%

伝来

伝来記録5件 の鑑定作品における Kunitoki

伝来ランク

名家所蔵2点、伝来記録5件

刀工の上位48%

素点:1.99 / 10

刀姿

評価作品7点の分布

銘

評価作品7点の銘の種類

販売中

Enju派

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