江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
本作はNTHK(日本刀剣保存会)により、天保年間(1844-1861年)の同等貫宗廣と鑑定された一振りです。 宗廣は江戸時代における同等貫派九代当主、大和守正勝の長男として生まれました。本名を小山太郎と称し、その出自は延寿派の流れを汲んでいます。また、熊本藩主・細川家の重臣である沼田有身の招聘を受け、江戸にも居住しました。宗廣は江戸において幕末の名工、水心子正秀に師事して作刀技術を学んでおり、この事実は彼が藩内でも高く評価された工であったことを示しています。 同等貫派は肥後国(現在の熊本県)で発展した一派で、その源流は延寿派にあります。延寿派は嘉元三年(1305年)頃、延寿国村によって創始されました。大和国(現在の奈良県)に生まれた国村は、山城国(現在の京都府)へ移って来国行の門人となり、後に国行の娘を娶っています。その後、国村は肥後へ下り延寿派を興しましたが、国村の真作として現存する刀剣はわずか六振りに過ぎません。 同等貫派は古刀期後年、肥後延寿派の衰退に伴い、16世紀半ばに肥後の同等貫という小さな村から興りました。流祖は同等貫正国と伝えられ、当初は小山上野介と称し「信賀」と銘じていました。 名将・加藤清正より偏諱(「正」の字)を賜ったことで、それ以降「正国」と名乗るようになりますが、現存する作品の多くは「同等貫上野介」と銘を切っています。 同等貫の刀は、その圧倒的な切味から武士の間で瞬く間に人気を博しました。同等貫の刀工たちは華美な装飾(美術性)を削ぎ落とす一方で、実戦における強靭さ、鋭さ、そして耐久性を徹底的に追求しました。過酷な状況や激しい戦場においても折れず曲がらず、長年にわたって実用に耐えうる堅牢な作風は、今日まで高く評価されています。 【種別】 長さ:68.5 cm 反り:1.6 cm 元幅:29 mm 先幅:18 mm 元重:7 mm 先重:5 mm























備前伝 · 肥後 · 1830-1868頃
刀剣大鑑 上位87%
現在4点販売中
備前伝 · 肥後
現在18点販売中
同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
$2,675
本作はNTHK(日本刀剣保存会)により、天保年間(1844-1861年)の同等貫宗廣と鑑定された一振りです。 宗廣は江戸時代における同等貫派九代当主、大和守正勝の長男として生まれました。本名を小山太郎と称し、その出自は延寿派の流れを汲んでいます。また、熊本藩主・細川家の重臣である沼田有身の招聘を受け、江戸にも居住しました。宗廣は江戸において幕末の名工、水心子正秀に師事して作刀技術を学んでおり、この事実は彼が藩内でも高く評価された工であったことを示しています。 同等貫派は肥後国(現在の熊本県)で発展した一派で、その源流は延寿派にあります。延寿派は嘉元三年(1305年)頃、延寿国村によって創始されました。大和国(現在の奈良県)に生まれた国村は、山城国(現在の京都府)へ移って来国行の門人となり、後に国行の娘を娶っています。その後、国村は肥後へ下り延寿派を興しましたが、国村の真作として現存する刀剣はわずか六振りに過ぎません。 同等貫派は古刀期後年、肥後延寿派の衰退に伴い、16世紀半ばに肥後の同等貫という小さな村から興りました。流祖は同等貫正国と伝えられ、当初は小山上野介と称し「信賀」と銘じていました。 名将・加藤清正より偏諱(「正」の字)を賜ったことで、それ以降「正国」と名乗るようになりますが、現存する作品の多くは「同等貫上野介」と銘を切っています。 同等貫の刀は、その圧倒的な切味から武士の間で瞬く間に人気を博しました。同等貫の刀工たちは華美な装飾(美術性)を削ぎ落とす一方で、実戦における強靭さ、鋭さ、そして耐久性を徹底的に追求しました。過酷な状況や激しい戦場においても折れず曲がらず、長年にわたって実用に耐えうる堅牢な作風は、今日まで高く評価されています。 【種別】 長さ:68.5 cm 反り:1.6 cm 元幅:29 mm 先幅:18 mm 元重:7 mm 先重:5 mm























備前伝 · 肥後 · 1830-1868頃
刀剣大鑑 上位87%
現在4点販売中
備前伝 · 肥後
現在18点販売中
同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
$2,675