徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
横山祐光は、喜十郎と称し、文政三年、江戸青山に生まれ、備前長船横山一門に入門し、祐光と改めました。その後、諸国を巡って鍛冶修業し、嘉永二年に水戸を訪れた際に、勝村徳勝との交流が始まります。その推挙で水戸藩主徳川斉昭に召し抱えられて藩工となり、斉昭の向こう鎚も務めています。作は明治初年頃まで見られます。 銘は、『於水府横山祐光作』、『常陸国水戸住横山祐光造』などと切ります。 本作は、二字銘ですが、横山祐光で間違いないでしょう。年紀の『丁巳八月造之』は、安政四年(一八五七)に当たり、同工三十八歳の作になります。 寸法一尺三寸五分強、身幅、重ねしっかりとした勇壮な平脇差し、小さな山が二つずつ連なった互の目主体の刃は、刃縁匂い勝ちに明るく締まっています。 地刃に少し緩みがありますが、横山祐光の在銘正真年紀入り作は、意外に出ないので貴重、外装も幕末期の素銅磨き地金具でまとめたお洒落な作、これは楽しめます。


備前伝 · 備前
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江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
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