大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
注文番号:AS25523 白鞘入り、拵付き(日本美術刀剣保存協会 鑑定書:保存刀剣) 銘:無銘(三原) (弊社では刀剣の出来映えにより、最上作、上々作、上作、普通作と分類しております。本作は無銘(三原)としての出来映えに基づき、上作にランクされる作品です。) ハバキ:銅一重ハバキ 長さ:67.9 cm (2尺2寸4分) 反り:1.4 cm (4分6厘) 目釘穴:3個 元幅:2.84 cm 先幅:2.05 cm 重ね:0.66 cm 刀身重量:745 g 時代:室町時代中期 体配:身幅しっかりとし、反り適度につき、大切先となった延び心のある美しい姿の刀です。 地鉄:小板目肌よく練れ、白味を帯びた映りが鮮明に現れます。 刃紋:匂口の締まった直刃調で、焼きが高い箇所は鎬筋にかかるほどです。帽子は丸く返っています。 特徴:三原派は備後国で鎌倉時代末期から室町時代末期にかけて繁栄した一派です。鎌倉末期から南北朝時代のものを「古三原」、室町初期から中期を「三原」、それ以降を「末三原」と呼称しています。 拵: 鍔:円形の四分一地に家紋と雲龍図を彫り描く。 目貫:花の図を高彫りし、金色絵を施す。 縁頭・目貫:銅地に網目模様と竹の図を彫り、金色絵を施す。 鞘:黒呂色塗鞘。 葵美術正真鑑定書 保存刀剣鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 葵美術より一言:備後三原派の刀は古来より切れ味が鋭いことで定評があります。本作は引き締まった直刃を焼き、地鉄も精良で気品のある一振りです。 歴史的背景:室町時代中期の宝徳頃(1449年)は、関東地方において政治的対立が激化し、後の大乱へと繋がる動乱の予兆が見え始めた時期にあたります。宝徳元年は、その後の地域の運命を決定づける不安定な情勢が顕著となった重要な節目といえます。
Auction status: live on sword-auction.com.
無銘 · Mihara · 室町 · 長さ 67.9cm · 反り 1.4cm





大和伝 · 備後
現在37点販売中
備後国三原派の起源と展開 備後国三原派は、鎌倉時代末期の正和または正中年間(一三一二〜一三二六)頃に正家を祖として興り、南北朝時代を経て室町時代末期に至るまで繁栄した一派である。一派のうち鎌倉末期より南北朝期にかけてのものを古三原と汎称し、正家・正広を双璧とし、他に正光・政清・正信・政広などの工が知られる。備後国はもとより古代から鉄製品の産地として名高く、『政事要略』の延喜十四年(九一四)の条にもその記述が見られる。この地方は永く大和の東寺や蓮華王院、高野山など畿内中央の社寺の荘園が多く置かれており、大和との交流が頻繁に行われていた。三原派の作風に大和気質が色濃く窺われるのは、こうした地理的・社会的背景によるものと推察される。 三原派の作風と技術的特質 三原派の作風は前述の如く大和気質が顕著にあらわれるものであるが、大和本国のものに比べては地刃の沸が弱いのが一般的で、独特の特色を備えている。鍛えは板目に杢目や流れ肌が交じり、処々強く流れて柾がかり、総体に肌立ちごころとなり、地沸が微塵につき、淡く白け映りが立つ点が顕著である。刃文は直刃を基調とし、細直刃調に小互の目を交えて焼き、匂口が締まりごころとなり、小沸がつき、刃縁に細かなほつれや打のけ、喰違い刃などが頻りに交じり、匂口が沈みごころとなるのが特徴的である。帽子は直ぐに小丸または大丸風に返り、先を細かに掃きかける、いわゆる「三原もの独特の滝落とし風」となって穏やかな趣を示す。姿は南北朝時代の特色を反映し、身幅が広めで元先の幅差が目立たず、反りが浅くつき、中鋒または大鋒に結んだ堂々とした体配を呈するものが多く、また鎬が高めとなり、この点にも大和気質の影響が認められる。 伝承と文化的意義 古三原の作刀は、大和伝の技術的影響を受けながらも備後国独自の個性を確立した点において、日本刀史上重要な位置を占めている。その地刃の様相に大和色を強くあらわしながらも、白け映りの立つ独特の地鉄や締まった匂口など、大和本国とは異なる特質を顕現させており、大和伝亜流としての独自性を如実に物語っている。堂々とかつ雄渾な姿形には迫力があり、刃縁にあらわれた細かな働きは味わい深く、頑健な体配と相俟って武用に適した実践的な美を備えている。藩政時代には吉川家など諸大名家に伝来したものも多く、その評価の高さが窺われる。本阿弥家による鑑定においても三原極めの折紙が数多く伝存しており、江戸時代以降の刀剣鑑賞史においても重視されてきた一派である。 詳しく見る →
室町時代の大和
大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
注文番号:AS25523 白鞘入り、拵付き(日本美術刀剣保存協会 鑑定書:保存刀剣) 銘:無銘(三原) (弊社では刀剣の出来映えにより、最上作、上々作、上作、普通作と分類しております。本作は無銘(三原)としての出来映えに基づき、上作にランクされる作品です。) ハバキ:銅一重ハバキ 長さ:67.9 cm (2尺2寸4分) 反り:1.4 cm (4分6厘) 目釘穴:3個 元幅:2.84 cm 先幅:2.05 cm 重ね:0.66 cm 刀身重量:745 g 時代:室町時代中期 体配:身幅しっかりとし、反り適度につき、大切先となった延び心のある美しい姿の刀です。 地鉄:小板目肌よく練れ、白味を帯びた映りが鮮明に現れます。 刃紋:匂口の締まった直刃調で、焼きが高い箇所は鎬筋にかかるほどです。帽子は丸く返っています。 特徴:三原派は備後国で鎌倉時代末期から室町時代末期にかけて繁栄した一派です。鎌倉末期から南北朝時代のものを「古三原」、室町初期から中期を「三原」、それ以降を「末三原」と呼称しています。 拵: 鍔:円形の四分一地に家紋と雲龍図を彫り描く。 目貫:花の図を高彫りし、金色絵を施す。 縁頭・目貫:銅地に網目模様と竹の図を彫り、金色絵を施す。 鞘:黒呂色塗鞘。 葵美術正真鑑定書 保存刀剣鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 葵美術より一言:備後三原派の刀は古来より切れ味が鋭いことで定評があります。本作は引き締まった直刃を焼き、地鉄も精良で気品のある一振りです。 歴史的背景:室町時代中期の宝徳頃(1449年)は、関東地方において政治的対立が激化し、後の大乱へと繋がる動乱の予兆が見え始めた時期にあたります。宝徳元年は、その後の地域の運命を決定づける不安定な情勢が顕著となった重要な節目といえます。
Auction status: live on sword-auction.com.
無銘 · Mihara · 室町 · 長さ 67.9cm · 反り 1.4cm





大和伝 · 備後
現在37点販売中
備後国三原派の起源と展開 備後国三原派は、鎌倉時代末期の正和または正中年間(一三一二〜一三二六)頃に正家を祖として興り、南北朝時代を経て室町時代末期に至るまで繁栄した一派である。一派のうち鎌倉末期より南北朝期にかけてのものを古三原と汎称し、正家・正広を双璧とし、他に正光・政清・正信・政広などの工が知られる。備後国はもとより古代から鉄製品の産地として名高く、『政事要略』の延喜十四年(九一四)の条にもその記述が見られる。この地方は永く大和の東寺や蓮華王院、高野山など畿内中央の社寺の荘園が多く置かれており、大和との交流が頻繁に行われていた。三原派の作風に大和気質が色濃く窺われるのは、こうした地理的・社会的背景によるものと推察される。 三原派の作風と技術的特質 三原派の作風は前述の如く大和気質が顕著にあらわれるものであるが、大和本国のものに比べては地刃の沸が弱いのが一般的で、独特の特色を備えている。鍛えは板目に杢目や流れ肌が交じり、処々強く流れて柾がかり、総体に肌立ちごころとなり、地沸が微塵につき、淡く白け映りが立つ点が顕著である。刃文は直刃を基調とし、細直刃調に小互の目を交えて焼き、匂口が締まりごころとなり、小沸がつき、刃縁に細かなほつれや打のけ、喰違い刃などが頻りに交じり、匂口が沈みごころとなるのが特徴的である。帽子は直ぐに小丸または大丸風に返り、先を細かに掃きかける、いわゆる「三原もの独特の滝落とし風」となって穏やかな趣を示す。姿は南北朝時代の特色を反映し、身幅が広めで元先の幅差が目立たず、反りが浅くつき、中鋒または大鋒に結んだ堂々とした体配を呈するものが多く、また鎬が高めとなり、この点にも大和気質の影響が認められる。 伝承と文化的意義 古三原の作刀は、大和伝の技術的影響を受けながらも備後国独自の個性を確立した点において、日本刀史上重要な位置を占めている。その地刃の様相に大和色を強くあらわしながらも、白け映りの立つ独特の地鉄や締まった匂口など、大和本国とは異なる特質を顕現させており、大和伝亜流としての独自性を如実に物語っている。堂々とかつ雄渾な姿形には迫力があり、刃縁にあらわれた細かな働きは味わい深く、頑健な体配と相俟って武用に適した実践的な美を備えている。藩政時代には吉川家など諸大名家に伝来したものも多く、その評価の高さが窺われる。本阿弥家による鑑定においても三原極めの折紙が数多く伝存しており、江戸時代以降の刀剣鑑賞史においても重視されてきた一派である。 詳しく見る →
室町時代の大和
大和を支えた大寺の力は室町を通じて衰え、諸派もこれとともに細った。末手掻が古風な柾目を量産のうちに伝えている。1567年の東大寺大仏殿の炎上が、寺院の時代の幕を引いた。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。