説明

則房は、信房の子と伝え、助真・吉房とならんで最も華やかな丁子乱れを焼く鎌倉中期の福岡一文字派を代表する名工で、のち福岡より片山に移住して作刀したと伝え、片山一文字とも呼称される。作風は、助真・吉房に類する華やかな丁子乱れのものの他に、地沸が微塵について強く冴え、映りの目立たないもの、逆ごころの刃が目立つもの、小模様のものなどがある。この刀は、身幅尋常、腰反り付き、先伏せごころ、小鋒となる鎌倉前期の体配で、地沸が微塵に厚くつき、乱れ映りが鮮やかに立つ精良な地鉄に、丁子乱れに、重花風の丁子・飛び焼きなど交じり、鎬にまで掛り、いかにも華やかで、足・葉頻りに入り、小沸深くつき、金筋頻りに掛り、匂出来、匂深く、匂口明るく、滋味溢れる優品である。備前国津山藩松平家伝来という。

銘 則房 太刀 特別保存刀剣
売切れ
Tokuho売切れ

銘 則房 太刀 特別保存刀剣

太刀

売却済

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仕様

長さ

65.2 cm

反り

1 cm

元幅

2.8 cm

先幅

1.6 cm

作者について

Katayama Ichimonji Norifusa則房

3 国宝7 重要美術品11 特別重要刀剣17 重要刀剣

則房は鎌倉時代中期の工で、一文字派を最高潮へ導いた上手の一人である。諸書は「助真・吉房らと並んで華やかな丁子乱れを焼き」、「鎌倉時代中期の一文字派を代表する刀工」の一人として彼を読む。福岡一文字派助房の子と伝え、「のち片山の地に移住したため片山一文字と称されている」。 片山なる地そのものについては定説がない。従来は備中国とするのが通説であったが、近年は「近年備前国福岡近在の片山ではないかとする説」が浮上し、今後の検討を促している。名にはもう一つの問題がある。「則房の銘字には数種の書体が見られ」、作風にも幅があることから、同名は一人ではなく数代存続したものと考えられている。「現存する有銘の作は太刀に限られているが、古来薙刀の名手と伝え」、無銘の薙刀にそれと伝えるものが多く遺存する。 鍛えは板目で、精到な作ではよくつみ、豪壮な作では肌立ち、杢を交え、細かな地景が入る。その上に立つのが、この派を鑑する第一の見どころ、鮮やかな乱れ映りであり、かねは明るく冷たく冴え、地沸は微塵につく。乱れ映りと活きた板目の地は他のすべての土台であり、諸書がまず則房と鑑する標として繰り返し挙げるところである。 刃文は丁子乱れに互の目を交え、足・葉よく入り、匂深く小沸つき、僅かに砂流し・金筋がかかり、処々上半に飛焼・棟焼を交える。鑑別の眼目は明快で、「則房の見どころは、地がねが強く冴え、丁子乱れが逆がかり、刃中の足が細かいところにある」。逆がかりこそ同派中で彼を分かつもので、その「丁子乱れが助真・吉房らに比して幾分小模様となり」、逆ごころと短く細かな足とが相俟って最も確かな手がかりとなる。 帽子こそ注意して見るべき点である。乱れ込んで小丸となり、しばしば尖りごころに返って掃きかける。諸書はある一口について「帽子乱れ込み、掃きかけ、先表は尖りごころに返り」と記す。豪壮な作では表が焼詰め風となり、裏が小丸に返って掃きかけることもある。掃きかけて尖る先は、その下の逆がかる丁子と同じく彼の標であり、掃きかけを伴わぬ平らな小丸は鑑定に一拍を置かせる。 蒐集の上では、則房は古刀の名工の中でも最も入手困難な部類に属する。藤代は上々作に列し、その作は国宝と多数の特別重要刀剣を数え、諸家の歴史を帯びる。大和郡山の柳沢家に伝来した太刀、徳川将軍家・徳川吉宗・綱吉の所持品、池田家・高須松平家を歴た刀、上杉家の宝物帳に載る薙刀などである。柳沢家の太刀の一口には本阿弥光忠の折紙の記憶がなお残る。市場に出るものはほとんどなく、名品は九州国立博物館・静嘉堂文庫美術館・東京富士美術館・ふくやま美術館などに収まり、その作が売立に現れることは、計画して臨む購入というより、一生に一度あるかないかの出来事に近い。

刀剣商

永楽堂

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売切れ