江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
鬼塚吉国は、天正二年、現在の福島県東白川郡棚倉町(たなぐらまち)に生まれ、初めは地元で鍛刀、後に筑後国柳川藩主立花宗茂にその鍛刀技術を買われ、柳川に移住しました。寛永十四年、『島原の乱』が勃発、九州全藩がその鎮静のために参戦するという大規模な内乱となります。吉国は柳川藩士、久留米藩士の求めに応じて数多く作刀、実戦に於いて吉国刀の凄まじい斬れ味が実証された結果、『柳川に鬼塚吉国あり』とその名を天下に知らしめました。 年紀作はほとんど見られませんが、『寛永十七年八月』年紀の作が僅かに残されています。 肥前忠吉に近い直刃調の作風を得意とし、銘は『鬼塚吉国』、『筑州柳川住鬼塚吉国』などと切ります。 本作は、寸法二尺四寸四分弱、やや小切っ先で輪反りやや深めの上品な太刀風スタイルは、寒山先生鞘書きにもあるように、『来写し』の貴重な一振りです。 直湾れ調で互の目交じりの刃は、刃縁明るく締まり気味となり、刃中小互の目足、小足、葉入る出来で、鞘書きに『来写しの一刀也 出来最高傑作也』とあるように、新刀ながら、地刃が古調な雰囲気を醸し出しています。ただ刀はすこぶる健全です。 『島原の乱』では、あの天草四郎も驚愕したその斬れ味、本作はそんな吉国の貴重な来写し現存作、江戸期の外装付きです。



筑後 · 1624-1644頃
刀剣大鑑 上位31%
現在4点販売中
吉國の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。