三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
日本刀 刀 伝・高田統景(NTHK鑑定書付) 【解説】 本作は、豊後高田派の名工、統景(むねかげ)と極められた一振りです。統景は文禄年間(1592-1596年:安土桃山時代)に活躍した絵図師としても知られる工です。 高田派は、南北朝時代の建武年間(1334-1338年)に高田友行が豊後国高田(現在の大分県)にて興した流派です。友行は備前国へ渡り、備前伝の高度な鍛錬技術を修得した後、郷里に戻り門弟を育成しました。これが高田派の始まりとされています。 江戸時代以前に高田の地で打たれたものは「平高田(たいらたかだ)」、江戸時代以降のものは「藤原高田」と呼ばれますが、本作は「平高田」に分類される貴重な作です。 戦国時代、高田派は九州の諸将のために数多くの刀剣を鍛造しました。その実用性の高さと切れ味は、二大産地である備前や美濃の刀剣にも比肩すると称賛されました。 当時の豊後国は、九州屈指の戦国大名である大友宗麟(義鎮)の統治下にあり、強力な軍事・政治基盤を築いていました。高田の刀工たちは大友家に仕える武士たちの求めに応じて作刀し、中でも統景は大友宗麟の嫡男・義統に仕えたと伝えられています。 九州地方は古来よりアジア諸国との交易が盛んであり、覇権を争う諸大名の需要に応える形で刀剣製作が発展しました。また、高田近郊の祖母傾山系からは良質な砂鉄や炭が豊富に産出されたことも、高田派が繁栄した大きな要因と考えられます。 ※本作には数箇所、目に見える鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細な状態を確認されたい場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):73.3 cm 反り(Sori):1.8 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 茎は刀身の柄に収まる部分です。日本の刀工は、柄内での赤錆を防ぐためにあえて「黒錆」を残します。この経年による茎の変色は、専門家が製作年代を特定する際の重要な指標となります。 鎺(Habaki): 刀身が鞘の内部に直接触れるのを防ぎ、錆や欠けから守るための金具です。 鑑定書:NTHK(特定非営利活動法人 日本刀剣保存会)鑑定書 日本刀剣保存会は、明治22年(1889年)に設立された日本で最も歴史ある刀剣鑑定組織の一つです。本作は令和5年(2023年)11月19日に鑑定を受け、統景と認められました。ご購入者様にはこの鑑定書原本をお付けいたします。ご希望があれば、鑑定内容の英訳PDFも作成可能です。 登録証番号:北海道 第3719号 本刀は北海道教育委員会発行の「銃砲刀剣類登録証」が付随しています。文化庁により美術品として認められた日本刀であり、国内で合法的に所有できる真作です。この登録証は、伝統的な手鍛造および玉鋼を用いて製作された証でもあります。
















備前伝 · 豊後 · 1592-1596頃
刀剣大鑑 上位60%
現在5点販売中
統景の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 刀 伝・高田統景(NTHK鑑定書付) 【解説】 本作は、豊後高田派の名工、統景(むねかげ)と極められた一振りです。統景は文禄年間(1592-1596年:安土桃山時代)に活躍した絵図師としても知られる工です。 高田派は、南北朝時代の建武年間(1334-1338年)に高田友行が豊後国高田(現在の大分県)にて興した流派です。友行は備前国へ渡り、備前伝の高度な鍛錬技術を修得した後、郷里に戻り門弟を育成しました。これが高田派の始まりとされています。 江戸時代以前に高田の地で打たれたものは「平高田(たいらたかだ)」、江戸時代以降のものは「藤原高田」と呼ばれますが、本作は「平高田」に分類される貴重な作です。 戦国時代、高田派は九州の諸将のために数多くの刀剣を鍛造しました。その実用性の高さと切れ味は、二大産地である備前や美濃の刀剣にも比肩すると称賛されました。 当時の豊後国は、九州屈指の戦国大名である大友宗麟(義鎮)の統治下にあり、強力な軍事・政治基盤を築いていました。高田の刀工たちは大友家に仕える武士たちの求めに応じて作刀し、中でも統景は大友宗麟の嫡男・義統に仕えたと伝えられています。 九州地方は古来よりアジア諸国との交易が盛んであり、覇権を争う諸大名の需要に応える形で刀剣製作が発展しました。また、高田近郊の祖母傾山系からは良質な砂鉄や炭が豊富に産出されたことも、高田派が繁栄した大きな要因と考えられます。 ※本作には数箇所、目に見える鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細な状態を確認されたい場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):73.3 cm 反り(Sori):1.8 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 茎は刀身の柄に収まる部分です。日本の刀工は、柄内での赤錆を防ぐためにあえて「黒錆」を残します。この経年による茎の変色は、専門家が製作年代を特定する際の重要な指標となります。 鎺(Habaki): 刀身が鞘の内部に直接触れるのを防ぎ、錆や欠けから守るための金具です。 鑑定書:NTHK(特定非営利活動法人 日本刀剣保存会)鑑定書 日本刀剣保存会は、明治22年(1889年)に設立された日本で最も歴史ある刀剣鑑定組織の一つです。本作は令和5年(2023年)11月19日に鑑定を受け、統景と認められました。ご購入者様にはこの鑑定書原本をお付けいたします。ご希望があれば、鑑定内容の英訳PDFも作成可能です。 登録証番号:北海道 第3719号 本刀は北海道教育委員会発行の「銃砲刀剣類登録証」が付随しています。文化庁により美術品として認められた日本刀であり、国内で合法的に所有できる真作です。この登録証は、伝統的な手鍛造および玉鋼を用いて製作された証でもあります。
















備前伝 · 豊後 · 1592-1596頃
刀剣大鑑 上位60%
現在5点販売中
統景の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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