S134. 脇差 白鞘入り 銘:伯州住大原真守 長さ:52.6 cm(一尺七寸三分) 反り:1.4 cm 元幅:3.0 cm 元重:0.6 cm 先幅:2.1 cm 先重:0.45 cm 茎長:14.0 cm 全長(白鞘含む):75 cm 【地鉄・刃文】 板目に木目交じり、地景入る。刃文は匂出来の互の目に小沸つく。砂流しが刃の山を抜け、谷を繋ぐように金筋となって現れる。物内付近では、刃の頭に飛び焼が見られる。 帽子(撮影が非常に困難でしたが)は乱れ込み、先は大丸に止まり、中程度の返りがある。 【状態・拵】 裏側の元から三分の一ほどの位置に小さな縦割れがあり(最後の写真参照)、また区のすぐ上にも極小の疵がある。 刀身は研ぎ上がり状態で、金銀色絵の優美な二重木ハバキが付随する。 白鞘は一箇所に浅い打ち傷があるものの、全体として保存状態は良く、造りも精巧(和製品と思われる)である。 前所有者が購入時に商社から受け取ったと思われる、3ページにわたる記録書類が付属する。 【解説】 大原派は日本刀の黎明期より続く名門であり、古刀期の終わりまで存続した。本作の真守は、16世紀初頭(室町後期)の作と推測される。 非常に出来の良い一振りであり、ご満足いただけるものと確信しております。 重量:約795g 価格:980ドル









脇物 · 伯耆 · 1175-1199頃
刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
脇物 · 伯耆
時期区分: 古伯耆· 966–1334
現在6点販売中
古伯耆は伯耆派の初発をなす最古層であり、直刀から湾刀へと日本刀の姿が移りゆく時期、すなわち平安時代後期より鎌倉時代初期にかけての一群を指す。その頭領が安綱である。銘鑑はその活躍を大同頃と伝えるが、現存する在銘作の作風から推せば年代はそれより降り、三条宗近らとほぼ同時代の平安後期の作者とみるのが穏当である。湾刀成立の黎明にあってこれだけの手練が伯耆の地に立ったこと自体が一派の重みを物語り、名物童子切安綱の作者という一事をもってその名は伝説の域に近づく。安綱を中心に据え、その子と伝える真守、ならびに大原の地に拠った一門の有綱・貞綱・安家・真景らがこれに連なって大原一派をなし、さらに時代を降って一派の流れを汲むとみられる伯耆国宗が鎌倉初期に現れる。古さの度合からすれば在銘作の比較的多く遺ることは特筆され、なかでも安綱には在銘の太刀がいくつか伝わって、一派研究の基軸をなしている。 作風の本領は地鉄にある。鍛えは板目に大板目・杢を交えて大模様に肌立ち、流れごころを帯び、地沸が厚くつき、地景が入り、地斑を交えて地斑映りあるいは乱れ映りが立ち、鉄色は総じて黒みがかる。その黒む地の上に、直刃を基調として浅くのたれた沸厚い小乱れを焼き、小互の目・小丁子・小のたれを交え、足・葉がよく入り、金筋・砂流しが頻りに織りなして刃中の働きに富み、匂口はうるみまた沈みごころとなる。区上で焼を落とす焼落しを示す作も少なくなく、帽子は直ぐに小丸または焼詰めとなって掃きかけることが多い。太刀姿は細身で腰反り高く踏張りがつき、小鋒に結ぶ古調の体配をとどめ、先へ行っての伏しごころが古備前物ほどには目立たないところに古伯耆の姿の特色がある。整って冴える後代の末伯耆に対し、古伯耆の地刃はより強く肌立って個性的であり、黒む鉄と頻りの働きをもって一段と野趣に富み、古雅の趣を色濃く残す。 鑑定の勘所は、まずこの一派を古備前および大和と別つところにある。小乱れ主調の刃文は同時代の古備前に通うが、仔細に鑑れば、肌立った大模様の板目、黒みがかる地鉄、地景・地斑、うるみ沈む匂口、頻りの金筋・砂流しによって、古備前の明るくつまる鉄と冴えた線から自ずと分かたれ、地方的な野趣をもって読み戻される。前田家伝来の無銘の安綱が一脈の大和ごころを帯びると伝えるように、大和との縁もまた鑑識の上に意識される。代表する手は安綱・真守を双璧とし、童子切安綱をはじめ古伯耆を象徴する太刀がその名に集まる。生ぶ在銘の太刀は極めて少なく、無銘古作の極めは自然と安綱の手へと読み戻されてゆく。伝来もまた重く、出羽久保田藩の佐竹家、徳川将軍家、久松松平家、前田家といった家々を経て今に伝わり、伯耆の鉄が日本刀の黎明にあって果たした位置を静かに語り継いでいる。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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S134. 脇差 白鞘入り 銘:伯州住大原真守 長さ:52.6 cm(一尺七寸三分) 反り:1.4 cm 元幅:3.0 cm 元重:0.6 cm 先幅:2.1 cm 先重:0.45 cm 茎長:14.0 cm 全長(白鞘含む):75 cm 【地鉄・刃文】 板目に木目交じり、地景入る。刃文は匂出来の互の目に小沸つく。砂流しが刃の山を抜け、谷を繋ぐように金筋となって現れる。物内付近では、刃の頭に飛び焼が見られる。 帽子(撮影が非常に困難でしたが)は乱れ込み、先は大丸に止まり、中程度の返りがある。 【状態・拵】 裏側の元から三分の一ほどの位置に小さな縦割れがあり(最後の写真参照)、また区のすぐ上にも極小の疵がある。 刀身は研ぎ上がり状態で、金銀色絵の優美な二重木ハバキが付随する。 白鞘は一箇所に浅い打ち傷があるものの、全体として保存状態は良く、造りも精巧(和製品と思われる)である。 前所有者が購入時に商社から受け取ったと思われる、3ページにわたる記録書類が付属する。 【解説】 大原派は日本刀の黎明期より続く名門であり、古刀期の終わりまで存続した。本作の真守は、16世紀初頭(室町後期)の作と推測される。 非常に出来の良い一振りであり、ご満足いただけるものと確信しております。 重量:約795g 価格:980ドル









脇物 · 伯耆 · 1175-1199頃
刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
脇物 · 伯耆
時期区分: 古伯耆· 966–1334
現在6点販売中
古伯耆は伯耆派の初発をなす最古層であり、直刀から湾刀へと日本刀の姿が移りゆく時期、すなわち平安時代後期より鎌倉時代初期にかけての一群を指す。その頭領が安綱である。銘鑑はその活躍を大同頃と伝えるが、現存する在銘作の作風から推せば年代はそれより降り、三条宗近らとほぼ同時代の平安後期の作者とみるのが穏当である。湾刀成立の黎明にあってこれだけの手練が伯耆の地に立ったこと自体が一派の重みを物語り、名物童子切安綱の作者という一事をもってその名は伝説の域に近づく。安綱を中心に据え、その子と伝える真守、ならびに大原の地に拠った一門の有綱・貞綱・安家・真景らがこれに連なって大原一派をなし、さらに時代を降って一派の流れを汲むとみられる伯耆国宗が鎌倉初期に現れる。古さの度合からすれば在銘作の比較的多く遺ることは特筆され、なかでも安綱には在銘の太刀がいくつか伝わって、一派研究の基軸をなしている。 作風の本領は地鉄にある。鍛えは板目に大板目・杢を交えて大模様に肌立ち、流れごころを帯び、地沸が厚くつき、地景が入り、地斑を交えて地斑映りあるいは乱れ映りが立ち、鉄色は総じて黒みがかる。その黒む地の上に、直刃を基調として浅くのたれた沸厚い小乱れを焼き、小互の目・小丁子・小のたれを交え、足・葉がよく入り、金筋・砂流しが頻りに織りなして刃中の働きに富み、匂口はうるみまた沈みごころとなる。区上で焼を落とす焼落しを示す作も少なくなく、帽子は直ぐに小丸または焼詰めとなって掃きかけることが多い。太刀姿は細身で腰反り高く踏張りがつき、小鋒に結ぶ古調の体配をとどめ、先へ行っての伏しごころが古備前物ほどには目立たないところに古伯耆の姿の特色がある。整って冴える後代の末伯耆に対し、古伯耆の地刃はより強く肌立って個性的であり、黒む鉄と頻りの働きをもって一段と野趣に富み、古雅の趣を色濃く残す。 鑑定の勘所は、まずこの一派を古備前および大和と別つところにある。小乱れ主調の刃文は同時代の古備前に通うが、仔細に鑑れば、肌立った大模様の板目、黒みがかる地鉄、地景・地斑、うるみ沈む匂口、頻りの金筋・砂流しによって、古備前の明るくつまる鉄と冴えた線から自ずと分かたれ、地方的な野趣をもって読み戻される。前田家伝来の無銘の安綱が一脈の大和ごころを帯びると伝えるように、大和との縁もまた鑑識の上に意識される。代表する手は安綱・真守を双璧とし、童子切安綱をはじめ古伯耆を象徴する太刀がその名に集まる。生ぶ在銘の太刀は極めて少なく、無銘古作の極めは自然と安綱の手へと読み戻されてゆく。伝来もまた重く、出羽久保田藩の佐竹家、徳川将軍家、久松松平家、前田家といった家々を経て今に伝わり、伯耆の鉄が日本刀の黎明にあって果たした位置を静かに語り継いでいる。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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