応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 この刀は、国宗一門で室町中期の明応、文亀頃の宇多平国の作。身幅が広く両区深く、腰反りに先反りが加わって姿に張りがあり、鎬地の肉が削ぎ落されて鎬筋屹然と立ち��、刃の通り抜けの良さと力強さを感じさせる戦国期の刀らしい造り込み。短い茎は片手打に適し、鑚圧強く刻された銘字に上身の出来への自信が窺える。宇多鍛冶の特色が顕著で出来優れる。


脇物 · 越中 · 1492-1501頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
平國の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
脇物 · 越中
時期区分: 宇多· 1390–1596
現在34点販売中
古宇多が南北朝期までの草創を画したのに対し、本区分はその後を承けて室町時代を通じて継続した越中宇多派を扱う。説示によれば、宇多派は鎌倉時代末期の文保頃、大和国宇陀郡から越中に移住した古入道国光を祖とし、南北朝期の国房・国宗・国次らを承けて、同名相継ぎながら室町時代末期に亘って栄えた。南北朝期を降らぬ作を古宇多と呼ぶのに対し、その後のものを宇多と汎称しており、本区分はまさにこの後者にあたる。応永を最古とする国久、初代国光の子と伝える国宗の系、永享から天正に及ぶ国長、永享・永正の国吉、天文頃の平国・真国、さらに国清・友久ら、国の字を冠す諸工が代を重ねて活躍した。元来が大和宇陀郡の出自であるため大和気質を色濃く残しつつ、越中の先達則重や江に倣った相州伝風をも併せ持つのが、北国に根を下ろしたこの一派の地盤である。 後代宇多の作風は、板目に杢を交えて総体に肌立ち、地沸がつき地景が入る鍛えに、かねが黒みをおびて淡く白け映りの立つ点に北国の地方色が顕著に表れる。刃文は中直刃調に小互の目を連れ、小のたれや小尖り刃を交え、匂勝ちに小沸がつき、つぶらな沸を交えて金筋・砂流しがかかり、帽子は先尖りごころに小丸となって長く返るものが多い。応永頃の国久・友久のように小板目がよく錬れて精美に詰み、地刃明るく冴える優品がある一方、室町期に降るにつれて作は定型化し、身幅の割に寸の延びた短刀姿や先反りのつく姿など室町の体配を示すようになる。平国や国長には飛焼・湯走りを交えてやや皆焼状を呈し、覇気迫力に富む作もみえる。総じて、古宇多が相州上工に紛れんばかりの古色と変化を見せたのに対し、後代は肌立ちがやや粗くなり、北陸物らしい黒みのある鉄色が一段と地方色を強める点に差がある。 後代宇多を古宇多と分かつ鑑定の要点は、説示が古色の有無に置く。古宇多が来国光・国次に紛れんばかりの精良さと激しい働きを見せるのに対し、後代は地鉄の黒みと白け映り、肌立ちごころの鍛えに地方色が強まり、茎先の張る茎仕立や国の字の銘振りに見処があるとされる。主要工としては、応永頃の国久・友久を上工とし、国宗・国次・国房はそれぞれ代を重ね、文明・天文の年紀を有する作も存して時代の指標となる。能州笠師に移った国長のように、信国に通う作風を示す傍系もみえる。在銘作は比較的稀で、無銘極めや諸国に伝来した作によって同派の広がりが知られ、富山をはじめ北陸ゆかりの伝来を持つものが少なくない。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 この刀は、国宗一門で室町中期の明応、文亀頃の宇多平国の作。身幅が広く両区深く、腰反りに先反りが加わって姿に張りがあり、鎬地の肉が削ぎ落されて鎬筋屹然と立ち��、刃の通り抜けの良さと力強さを感じさせる戦国期の刀らしい造り込み。短い茎は片手打に適し、鑚圧強く刻された銘字に上身の出来への自信が窺える。宇多鍛冶の特色が顕著で出来優れる。


脇物 · 越中 · 1492-1501頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
平國の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
脇物 · 越中
時期区分: 宇多· 1390–1596
現在34点販売中
古宇多が南北朝期までの草創を画したのに対し、本区分はその後を承けて室町時代を通じて継続した越中宇多派を扱う。説示によれば、宇多派は鎌倉時代末期の文保頃、大和国宇陀郡から越中に移住した古入道国光を祖とし、南北朝期の国房・国宗・国次らを承けて、同名相継ぎながら室町時代末期に亘って栄えた。南北朝期を降らぬ作を古宇多と呼ぶのに対し、その後のものを宇多と汎称しており、本区分はまさにこの後者にあたる。応永を最古とする国久、初代国光の子と伝える国宗の系、永享から天正に及ぶ国長、永享・永正の国吉、天文頃の平国・真国、さらに国清・友久ら、国の字を冠す諸工が代を重ねて活躍した。元来が大和宇陀郡の出自であるため大和気質を色濃く残しつつ、越中の先達則重や江に倣った相州伝風をも併せ持つのが、北国に根を下ろしたこの一派の地盤である。 後代宇多の作風は、板目に杢を交えて総体に肌立ち、地沸がつき地景が入る鍛えに、かねが黒みをおびて淡く白け映りの立つ点に北国の地方色が顕著に表れる。刃文は中直刃調に小互の目を連れ、小のたれや小尖り刃を交え、匂勝ちに小沸がつき、つぶらな沸を交えて金筋・砂流しがかかり、帽子は先尖りごころに小丸となって長く返るものが多い。応永頃の国久・友久のように小板目がよく錬れて精美に詰み、地刃明るく冴える優品がある一方、室町期に降るにつれて作は定型化し、身幅の割に寸の延びた短刀姿や先反りのつく姿など室町の体配を示すようになる。平国や国長には飛焼・湯走りを交えてやや皆焼状を呈し、覇気迫力に富む作もみえる。総じて、古宇多が相州上工に紛れんばかりの古色と変化を見せたのに対し、後代は肌立ちがやや粗くなり、北陸物らしい黒みのある鉄色が一段と地方色を強める点に差がある。 後代宇多を古宇多と分かつ鑑定の要点は、説示が古色の有無に置く。古宇多が来国光・国次に紛れんばかりの精良さと激しい働きを見せるのに対し、後代は地鉄の黒みと白け映り、肌立ちごころの鍛えに地方色が強まり、茎先の張る茎仕立や国の字の銘振りに見処があるとされる。主要工としては、応永頃の国久・友久を上工とし、国宗・国次・国房はそれぞれ代を重ね、文明・天文の年紀を有する作も存して時代の指標となる。能州笠師に移った国長のように、信国に通う作風を示す傍系もみえる。在銘作は比較的稀で、無銘極めや諸国に伝来した作によって同派の広がりが知られ、富山をはじめ北陸ゆかりの伝来を持つものが少なくない。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。