国内の戦乱と海外への貿易が、室町の備前を国内随一の刀剣産地にした。応仁の乱以後は戦国の需要が一世紀続き、遣明船は数万振の単位で刀を運んでいる。
取扱店 銀座長州屋
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販売中 2点










備前伝 · 備前 · 1247-1249頃
藤代 上作
吉安の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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備前伝 · 備前
時期区分: 吉岡一文字· 1288–1394
現在2点販売中
福岡一文字派の隆盛が一段落した鎌倉時代末期、備前国吉岡の地に一文字派の流れを引く刀工群が興り、以後南北朝期にかけて栄えたものを吉岡一文字派と称する。同派には助光・助吉・助茂・助次・助義・助秀などが知られ、「助」の字を通字とする刀工が多い。なかでも助光は吉岡一文字を代表する刀工とされ、現存作には永仁・元応・元亨・嘉暦の年紀が見られる。助茂には延慶二年・貞和二年、助秀には正平十八年の年紀作があり、福岡一文字の後を承けた吉岡一文字が、鎌倉末から南北朝にわたって一派を継承していった歩みを年紀の上から辿ることができる。助次は居住地を吉岡から長船へ移したと伝えられ、吉岡一文字派が長船派へ合流してゆく過程を示す刀工として注目される。 作風は、福岡一文字の名残をとどめた大模様の華やかな乱れも稀には見られるものの、一般には乱れの中に互の目が目立ってやや小出来となるものが通例である。直刃を基調に丁子や小互の目を交えるもの、直刃に足の入るものなどがあり、焼に高低の出入りがさほど目立たず、総じて小模様に揃った穏やかな丁子乱れに落ち着くところに本区分の特色がある。地鉄は板目肌に杢を交えてよくつみ、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが鮮明に立つ。刃中には小足・葉が繁く入り、匂口は締まりごころに小沸がよくつく。しばしば乱れが逆がかる点、また左近将監恒次の諸作に見られるように当代の長船物に近似してゆく傾向は、絢爛として大房丁子・蛙子丁子を奔放に焼いた福岡一文字の最盛期とは明らかに趣を異にしている。 吉岡を福岡と鑑別する要点は、まさにこの乱れの規模と性格にある。大模様に高低を競う福岡丁子に対し、吉岡では乱れがおとなしく揃い、丁子の中に互の目が立って小模様にまとまり、ときに逆ごころを帯びる。助光を筆頭とする代表工はこの作域を高い完成度で示し、助光と伝える無銘の上作には、丁子乱れに互の目・尖り刃を交えて華やかに乱れ、乱れ映りの立った優品が遺る。助茂の延慶・貞和年紀作、助秀の正平十八年紀の脇指、助次の永徳二年紀の太刀など、年紀を備えた作例は同派の編年を支える資料として貴重であり、とりわけ助次作に腰の開いた互の目が交じり応永備前の作風を予兆させる点は、吉岡一文字が次代の備前鍛冶へ橋渡しした流れを物語っている。 詳しく見る →
室町時代の備前
国内の戦乱と海外への貿易が、室町の備前を国内随一の刀剣産地にした。応仁の乱以後は戦国の需要が一世紀続き、遣明船は数万振の単位で刀を運んでいる。
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