鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 [N.B.T.H.K]Hozon Token 越前国敦賀に住した国行は貞治(1362年)応安(1368年)の年紀作に「越州住藤原国行」と銘した作品が残されており、応安六年(1373年)以後、金重、為継などと同じく美濃国に移住したと伝えられている刀工である。国行の作風は板目に柾を交えた鍛に肌立つものが多く、刃文はのたれに互の目を交えて砂流しかかり、荒目の沸がついたものが多く、まれに皆焼刃となったものも見られるという。本作は貞治四年紀の出来に結ばれる皆焼刃の出来を示した上手の作で、南北朝時代相州伝の作を彷彿させる、沸の働きを強調した同作極めでも出来の優れた優品である。




美濃伝 · 越前 · 1362-1368頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
現在1点販売中
越州国行は、南北朝時代の刀工で、銘鑑によれば「越前住藤原国行」と銘するものがあることから、「越州」は越前であるとされている。現存する作に貞治、応安の年紀があり、その活動期は明らかである。ただし、系統については詳らかではない。同時代には、金重、為継などが越前より美濃へ移住しており、これらの刀工との関連も示唆される。また、銘鑑に「美濃赤坂千手院、貞治頃」[[c:1]]とあるものが存在し、大和千手院派から移住した赤坂千手院派との関係も指摘される。
国行の作風は、板目に杢目、あるいは柾が交じった鍛えで、肌立つものが多い。地沸がつき、鉄色が暗いものが散見される。刃文は、のたれに互の目を交え、砂流しが頻りにかかり、荒めの沸がつくものを得意とする。皆焼風となった作柄も存在する。姿は、幅広で寸延びの豪壮な平身の脇指に、南北朝期の時代色をよくあらわしたものが見られる。鑑定上の要点としては、「地刃に北国物共通の特色が見られ」[[c:2]]、「地刃共に健全」であることが挙げられる。
国行の作は現存数が少なく、在銘の太刀は特に貴重である。重要刀剣の指定理由としては、「出来が最もよく、銘も明らか」[[c:3]]であることや、「資料的価値が大きい」[[c:4]]ことが挙げられる。また、濃州へ移住後の作例は特に資料性が高く、「細直刃を焼いて本工の新たな作域を知らしめている点」[[c:5]]も評価されている。総じて、国行の作は、南北朝時代の刀剣研究において重要な位置を占めている。
國行の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在7点販売中
美濃千手院は赤坂千手院とも呼ばれ、大和千手院派の流れを汲む一派である。説示によれば、大和千手院の刀工が美濃国赤坂へ移住して興ったもので、その移住期は建武の頃と伝える国重をはじめとして南北朝末葉に及ぶとされ、室町時代に殊に繁栄した。校正古刀銘鑑はこの派の祖を国長とし、貞和頃から延文・永徳を経て明応に至るまで複数の国長がいたことを記す。説示が扱う工には、二字銘の太刀を残す国重、貞治頃と銘鑑にある国行、応安元年紀の短刀を遺す国長、室町の弘長と弘重、さらに後代の道永や道印、康道、ただ千手院とのみ切る者がある。これとは別に、越前敦賀から美濃へ移った越州藤原国行があり、応安六年から翌年八月までの間に濃州入りしたと押形所載の銘から推測されている。 作風は板目に柾がかり、あるいは柾目の強い鍛えに大和の特色が濃く現れる点を共通の語法とする。説示は肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が入り、総体に白けごころを帯び、鉄色に黒みのあることを繰り返し記す。刃文は直刃や小のたれを基調に互の目や小乱れを交え、刃縁にほつれや喰違いを見せ、砂流しと金筋がかかって匂口締まりごころに小沸がつく。帽子は乱れ込んで掃きかけ、尖りごころに返るものが多い。一般の関物と比べて大和気質が一段と濃く、刃文の出来に隔たりがあることが見分けの手がかりとされる。越州国行に限っては別の作域を示し、板目に柾を交えて荒めの沸がつき、湯走りや飛焼、棟焼を交えて皆焼状となり、相州伝を思わせる沸出来を強調する。 鑑定の要点は、地鉄に大和の根を残しつつ刃に美濃色への移行を読むことにあり、地刃が他の美濃物と争い難い一致を見せる一方、刃文の傾きで識別される。個名を切る作は頗る少なく、千手院とのみ銘するものが多いため、有銘の国行や国重、国長の作は貴重な資料とされる。代表作には佩表に二字銘を有する国行の太刀、南北朝期の国重の太刀、応安元年紀の国長短刀、弘長と弘重の合作槍、千手院作の大身槍があり、銘鑑や光山押形と銘振りを照合して極めの根拠とする。越州国行の濃州住の在銘作は、移住後の作例として、また細直刃という新たな作域を示す点で資料性が高い。室町後期まで命脈を保ったこの一派は、大和から美濃へ流れた刀工の足跡を地刃に刻む系統として位置づけられる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 [N.B.T.H.K]Hozon Token 越前国敦賀に住した国行は貞治(1362年)応安(1368年)の年紀作に「越州住藤原国行」と銘した作品が残されており、応安六年(1373年)以後、金重、為継などと同じく美濃国に移住したと伝えられている刀工である。国行の作風は板目に柾を交えた鍛に肌立つものが多く、刃文はのたれに互の目を交えて砂流しかかり、荒目の沸がついたものが多く、まれに皆焼刃となったものも見られるという。本作は貞治四年紀の出来に結ばれる皆焼刃の出来を示した上手の作で、南北朝時代相州伝の作を彷彿させる、沸の働きを強調した同作極めでも出来の優れた優品である。




美濃伝 · 越前 · 1362-1368頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
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越州国行は、南北朝時代の刀工で、銘鑑によれば「越前住藤原国行」と銘するものがあることから、「越州」は越前であるとされている。現存する作に貞治、応安の年紀があり、その活動期は明らかである。ただし、系統については詳らかではない。同時代には、金重、為継などが越前より美濃へ移住しており、これらの刀工との関連も示唆される。また、銘鑑に「美濃赤坂千手院、貞治頃」[[c:1]]とあるものが存在し、大和千手院派から移住した赤坂千手院派との関係も指摘される。
国行の作風は、板目に杢目、あるいは柾が交じった鍛えで、肌立つものが多い。地沸がつき、鉄色が暗いものが散見される。刃文は、のたれに互の目を交え、砂流しが頻りにかかり、荒めの沸がつくものを得意とする。皆焼風となった作柄も存在する。姿は、幅広で寸延びの豪壮な平身の脇指に、南北朝期の時代色をよくあらわしたものが見られる。鑑定上の要点としては、「地刃に北国物共通の特色が見られ」[[c:2]]、「地刃共に健全」であることが挙げられる。
国行の作は現存数が少なく、在銘の太刀は特に貴重である。重要刀剣の指定理由としては、「出来が最もよく、銘も明らか」[[c:3]]であることや、「資料的価値が大きい」[[c:4]]ことが挙げられる。また、濃州へ移住後の作例は特に資料性が高く、「細直刃を焼いて本工の新たな作域を知らしめている点」[[c:5]]も評価されている。総じて、国行の作は、南北朝時代の刀剣研究において重要な位置を占めている。
國行の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
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美濃千手院は赤坂千手院とも呼ばれ、大和千手院派の流れを汲む一派である。説示によれば、大和千手院の刀工が美濃国赤坂へ移住して興ったもので、その移住期は建武の頃と伝える国重をはじめとして南北朝末葉に及ぶとされ、室町時代に殊に繁栄した。校正古刀銘鑑はこの派の祖を国長とし、貞和頃から延文・永徳を経て明応に至るまで複数の国長がいたことを記す。説示が扱う工には、二字銘の太刀を残す国重、貞治頃と銘鑑にある国行、応安元年紀の短刀を遺す国長、室町の弘長と弘重、さらに後代の道永や道印、康道、ただ千手院とのみ切る者がある。これとは別に、越前敦賀から美濃へ移った越州藤原国行があり、応安六年から翌年八月までの間に濃州入りしたと押形所載の銘から推測されている。 作風は板目に柾がかり、あるいは柾目の強い鍛えに大和の特色が濃く現れる点を共通の語法とする。説示は肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が入り、総体に白けごころを帯び、鉄色に黒みのあることを繰り返し記す。刃文は直刃や小のたれを基調に互の目や小乱れを交え、刃縁にほつれや喰違いを見せ、砂流しと金筋がかかって匂口締まりごころに小沸がつく。帽子は乱れ込んで掃きかけ、尖りごころに返るものが多い。一般の関物と比べて大和気質が一段と濃く、刃文の出来に隔たりがあることが見分けの手がかりとされる。越州国行に限っては別の作域を示し、板目に柾を交えて荒めの沸がつき、湯走りや飛焼、棟焼を交えて皆焼状となり、相州伝を思わせる沸出来を強調する。 鑑定の要点は、地鉄に大和の根を残しつつ刃に美濃色への移行を読むことにあり、地刃が他の美濃物と争い難い一致を見せる一方、刃文の傾きで識別される。個名を切る作は頗る少なく、千手院とのみ銘するものが多いため、有銘の国行や国重、国長の作は貴重な資料とされる。代表作には佩表に二字銘を有する国行の太刀、南北朝期の国重の太刀、応安元年紀の国長短刀、弘長と弘重の合作槍、千手院作の大身槍があり、銘鑑や光山押形と銘振りを照合して極めの根拠とする。越州国行の濃州住の在銘作は、移住後の作例として、また細直刃という新たな作域を示す点で資料性が高い。室町後期まで命脈を保ったこの一派は、大和から美濃へ流れた刀工の足跡を地刃に刻む系統として位置づけられる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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