江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
陸奥守包保 -Mutsu no kami Kaneyasu- 刃長44.0センチ 反り0.82センチ 元幅30.7ミリ 元重ね7.4ミリ 物打幅27.3ミリ 横手位置幅23.9ミリ 物打重ね6.0ミリ 松葉先重ね4.7ミリ 目釘穴1個 裸身重量500グラム 江戸前期 The early period of Edo era 昭和52年6月2日 兵庫県登録 附属 白鞘、素銅はばき、特別貴重刀剣認定書 本作は鎬造、庵棟の脇指で、元先の幅差をさほど開かず、広い身幅と十分な重ねを保ちながらやや延びた切先へと結ぶ姿には、短寸ながら押し出しの強い豪壮さがあり、手元で向きを変えるたびに鎬筋の通りと刃先へ集まる量感が際立ち、刀身そのものの造形を眺める喜びを与えてくれます。 地鉄は小板目に柾が流れて少しく肌立ち、明るい光を受けると鍛えの細かな変化が広い地に浮かび上がり、鉄の表情を元から先まで追うことができ、その上に冴えた刃縁が立ち上がることで、力強い姿の内側に繊細な鑑賞の楽しみが重なります。 刃文は匂口明るく冴えた湾れ調の刃取りに互ノ目を交え、刃縁にかかる砂流が焼刃の起伏に奥行きを添え、元から先へと続く刃の変化を見進めるうちに、直ぐに進んで先丸く返る鋩子へと視線が自然に導かれ、静かな地鉄と躍動する刃との対照を一振の中で存分に味わえます。 現状は古研ぎで一部に変色程度の薄錆が見られるものの、刃文の起伏や砂流、地鉄の流れを追う鑑賞は十分にでき、歳月を経た刀身の表情を今のまま楽しむことも、後に手入れを施して地刃の明るさをさらに引き出すことも考えられるため、自分の眼で見どころを探しながら長く向き合いたくなる品です。 白鞘と素銅はばきが附属し、保存しながら刀身を取り出して豪壮な姿を眺め、光の角度を変えて地鉄の肌や明るい湾れ互ノ目を確かめる楽しみがあり、寸法以上の存在感と一見して終わらない地刃の景色を求める愛刀家に薦めたい脇指です。
取扱店 刀心
鑑定書は旧鑑定書(緑紙・貴重刀剣など)のみで、現在の日刀保ではほとんど認められていません。現在の審査を通っているかを刀剣商にお尋ねください。 — Hoshi












大和伝 · 摂津 · 1624-1655頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位31%
現在4点販売中
大和伝 · 大和
現在14点販売中
文珠派は、説示が一様に「本国は大和、手掻派の末葉」[[c:1]]と伝える系統を出自とする。ここに収める作はいずれも南紀重国、すなわち通称九郎三郎を名のり、紀州明光山に住して文珠を号した初代重国の手になるもので、慶長年間に徳川家康に召し抱えられて駿府に作刀し、元和五年、家康の第十子徳川頼宣が紀州和歌山へ移封されるに従って和歌山へ移った経緯が繰り返し記される。銘も「和州手搔住重国於駿府造之」[[c:2]]から「於南紀重国造之」「於紀州和歌山重国作」[[c:3]]へと住地の推移を映し、駿府打と紀州打の双方が確認される。すなわち本派の説示が実際に扱う範囲は、大和手掻の末流を承けて駿府から紀州へと展開した桃山から江戸初期の一工とその作域であり、所伝として手掻包永を遠祖に置く点で一貫している。 作風について説示は、当工に大別して二様があると記す。一つはのたれに互の目を交えた乱れ刃で、相州上工、就中、郷(江)義弘に私淑したと想われるもの、他は御家芸というべき大和手掻の直刃を焼いて包永を髣髴とさせるものである。そしていずれの場合にも、板目が流れて杢を交え肌立ちごころとなる鍛えに、地沸が厚くつき、地景がよく入ってかねが冴える地鉄が共通し、刃中もよく沸づいて金筋・砂流しがかかり、殊に地刃の明るく冴える点を本領とする。相州伝の作は小のたれに小互の目・尖りごころの刃を交え、足・葉入り、沸厚くつき処々沸崩れ、湯走り状の飛焼を見せて放胆に乱れる。大和伝の作は中直刃を基調に喰違刃・二重刃・ほつれを交え、帽子は焼詰めごころに掃きかける。さらに両伝を加味してその上に独自の作域を樹立した一類があり、流れ肌や喰違刃に大和色を残しつつ強い沸と金筋に相州色を示すもので、文珠風の刃取りに連なる色合いとも評される。姿は身幅広く寸延びて先反りのつく慶長新刀の体配を採り、平造の脇指に先反りの目立つ造込みを当工の特徴とする。 伝承の上では、説示は地刃の沸の強さ、地景・金筋・砂流しの働き、明るく冴える地刃を鑑定の眼目に挙げ、なかでも相州伝の狙うところが郷にあることを繰り返し説く。帽子の掃きかけと返りの浅さ、流れた鍛肌など、相州伝の作にも本来の大和気質が看取される旨も指摘される。代表作には頼宣の重臣蔭山土佐守宗信や都筑藤一の所持銘を帯びた注文打、元和八年紀を有する脇指などがあり、来歴を記した銘文ともども重国研究上の資料として重んじられる。来歴の確かなものに紀州徳川家伝来の刀があり、長大な生ぶ茎の遺例は奉納刀の可能性も説かれる。当工の相州伝作は磨上げられた例が多く、生ぶ茎を残すものは稀少として珍重される。大和の祖法に相州伝を融合させ独自の作域を開いた点に、本派を貫く位置づけが認められる。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、現在の日刀保ではほとんど認められていません。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)に再提出し、現行の鑑定を受けることもご検討ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥275,000