鐔 城州西陣住埋忠橘重義 枝牡丹図 84.1mm 78.5mm 4.0mm 特別貴重鑑定書付 京の埋忠重義の典型作。長銘もよい。 御礼売却済

重義
江戸
山城
在銘
新刀 · 1670頃
現在5点販売中
埋忠重義は、寛永から元禄頃にかけて京都西陣に居住したと伝えられる金工である。七左衛門を冠する重義には、埋忠と銘するものと梅忠と銘するものの両手が存在する。同派の祖である明寿の彫法を継承し、鉄、真鍮、赤銅などを素材とした鐔を制作した。作風はいわゆる明寿から継承された埋忠様式をどこかしらに取り入れ、垢抜けた意匠を表しているとされる。
重義の作風は、高度な象嵌技術を駆使して埋忠派独自の華麗な絵風文様を展開している点に特徴がある。真鍮地、赤銅石目地などを素材とし、薄肉彫地透、金銀赤銅平象嵌などの技法を用いる。文様は地面より僅かに高く肉を持たせた埋忠派独得の手法が見られる。四季折々の花々を輪繋の丸文に仕立てた洒落た意匠や、絹織物で名高い西陣に居住した埋忠派ならではの意匠を象嵌技術で表現した作例がある。また、九曜紋、二引透紋等の大名家の定紋を彫った金具も残されている。
埋忠重義は、洗練された埋忠の流れを強く感じさせる作風で知られ、江戸時代中期における埋忠派の作風を代表する刀工の一人として評価されている。
重義の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · Kyoto
現在51点販売中
埋忠派は桃山時代を代表する金工集団であり、刀装具制作において後藤家と並び称される名流である。その鐔制作の技術は他の追随を許さず、古来より「埋忠鐔」の名を以て絶賛されている。特に埋忠彦次郎を中心とする本流は、吉川広家指料の「碇切り」に代表される苔鑢の妙技で知られ、金無垢地に施された鑢目の高尚な品格は筆舌に尽くせないほどである。桃山期における溌剌とした芸術精神を反映し、鐔の世界に新生面を拓いた。 作風の特徴として、金無垢、素銅、真鍮など多様な地金を用い、絶妙な肉取りの平地に締まった肉置きを見せる。斜めに掛けられた鑢や角耳の鑢仕立ては埋忠の真髄であり、切羽台外周に施された微妙な角度の配慮は、拵や刀装具を熟知した技術者ならではの工夫である。意匠は桜花透、胡蝶透、葡萄文、菊唐草文など図案化された文様を陰透や平象嵌で表し、明寿が創始した赤銅・銀・金の平象嵌研出しの技法は極めて効果的である。家紋を散らした刻印打込や七宝象嵌など装飾性に富み、絵画的で雅な雰囲気が満ちている。 江戸時代に入ると京都金工界において後藤、平田、正阿弥と各派が互いに影響し合い、埋忠派もその作風に変化を見せている。埋忠寿斉の銘がある慶長十年正月の縁頭は、金無垢地に家紋散図を施した豪華な仕立てであり、上層武家の需要に応えた作例として知られる。金無垢の鐔は度々の激動期に鋳潰されたため桃山期以前の作品は極めて少なく、現存する作例は資料的にも貴重である。埋忠二字銘の作品も江戸前期に見られ、明寿に近い出来を示すものもある。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
鐔 城州西陣住埋忠橘重義 枝牡丹図 84.1mm 78.5mm 4.0mm 特別貴重鑑定書付 京の埋忠重義の典型作。長銘もよい。 御礼売却済

重義
江戸
山城
在銘
新刀 · 1670頃
現在5点販売中
埋忠重義は、寛永から元禄頃にかけて京都西陣に居住したと伝えられる金工である。七左衛門を冠する重義には、埋忠と銘するものと梅忠と銘するものの両手が存在する。同派の祖である明寿の彫法を継承し、鉄、真鍮、赤銅などを素材とした鐔を制作した。作風はいわゆる明寿から継承された埋忠様式をどこかしらに取り入れ、垢抜けた意匠を表しているとされる。
重義の作風は、高度な象嵌技術を駆使して埋忠派独自の華麗な絵風文様を展開している点に特徴がある。真鍮地、赤銅石目地などを素材とし、薄肉彫地透、金銀赤銅平象嵌などの技法を用いる。文様は地面より僅かに高く肉を持たせた埋忠派独得の手法が見られる。四季折々の花々を輪繋の丸文に仕立てた洒落た意匠や、絹織物で名高い西陣に居住した埋忠派ならではの意匠を象嵌技術で表現した作例がある。また、九曜紋、二引透紋等の大名家の定紋を彫った金具も残されている。
埋忠重義は、洗練された埋忠の流れを強く感じさせる作風で知られ、江戸時代中期における埋忠派の作風を代表する刀工の一人として評価されている。
重義の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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新刀 · Kyoto
現在51点販売中
埋忠派は桃山時代を代表する金工集団であり、刀装具制作において後藤家と並び称される名流である。その鐔制作の技術は他の追随を許さず、古来より「埋忠鐔」の名を以て絶賛されている。特に埋忠彦次郎を中心とする本流は、吉川広家指料の「碇切り」に代表される苔鑢の妙技で知られ、金無垢地に施された鑢目の高尚な品格は筆舌に尽くせないほどである。桃山期における溌剌とした芸術精神を反映し、鐔の世界に新生面を拓いた。 作風の特徴として、金無垢、素銅、真鍮など多様な地金を用い、絶妙な肉取りの平地に締まった肉置きを見せる。斜めに掛けられた鑢や角耳の鑢仕立ては埋忠の真髄であり、切羽台外周に施された微妙な角度の配慮は、拵や刀装具を熟知した技術者ならではの工夫である。意匠は桜花透、胡蝶透、葡萄文、菊唐草文など図案化された文様を陰透や平象嵌で表し、明寿が創始した赤銅・銀・金の平象嵌研出しの技法は極めて効果的である。家紋を散らした刻印打込や七宝象嵌など装飾性に富み、絵画的で雅な雰囲気が満ちている。 江戸時代に入ると京都金工界において後藤、平田、正阿弥と各派が互いに影響し合い、埋忠派もその作風に変化を見せている。埋忠寿斉の銘がある慶長十年正月の縁頭は、金無垢地に家紋散図を施した豪華な仕立てであり、上層武家の需要に応えた作例として知られる。金無垢の鐔は度々の激動期に鋳潰されたため桃山期以前の作品は極めて少なく、現存する作例は資料的にも貴重である。埋忠二字銘の作品も江戸前期に見られ、明寿に近い出来を示すものもある。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。