説明

Stock number:KA-090412Paper(Certificate): [N.B.T.H.K]Hozon TokenCountry・Era:Echizen(Fukui)・Muromachi era 1394Blade length(Cutting edge): 68.8cmCurve(SORI): 2.4cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.93cmThickness at the Moto-Kasane: 0.7cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.5cmThickness at the Saki-Kasane: 0.6cmHabaki: One parts, silver HabakiSword tang(Nakago): Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 3Shape(Taihai): Chu-kissaki,Shinogizukuri,IorimuneEngraving: Bohi on each sideJigane(Hada): MokumeTemper patterns(Hamon): Sugu ni KogunomeTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu ni KomaruRegistration Card: Aichi【Additional Information】千代鶴(越前千代鶴派)とは、来国安門の千代鶴国安を祖とすると云われます。はじめ摂津国中島来の刀工が越前に移住した一派である為に、越前来とも呼ばれています。時代は南北朝時代の貞治頃からとも伝えられ、室町初期応永ごろに栄えました。本作の千代鶴は応永頃の御刀でしょうが、恐らく限りなく南北朝に近い時期の作刀と拝見されます。姿は、反りが2,4センチと利いて、磨り上げられて刃長が二尺二寸七分という。古雅な雰囲気が満点の一刀です。地鉄は総体的に杢目肌がよく現れ、肌を見ているだけで感心してしまうほど美しいる鍛の御刀です。刃紋、一見は小沸本位の中直刃調子ですが、刃区から横手まで一面に互の目掛かる刃紋であり、匂口冴えて小沸が白く輝く明るく映える刃です。刃中は足よく入り働きます。帽子は直で小丸へ返ります。地刃共に誠に健全。また姿も崩れが有りませんから、室町期の古いところの御刀を御探しの御客様に是非とも、お奨めさせて頂きたいと思う御刀です。白鞘入。銀無垢一重はばき。保存刀剣鑑定書

Katana [Chiyozuru] [N.B.T.H.K] Hozon Token
売切れ
Hozon売切れ

Katana [Chiyozuru] [N.B.T.H.K] Hozon Token

売却済

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

68.8 cm

反り

2.4 cm

元幅

2.93 cm

先幅

2.5 cm

流派について

Chiyozuru School千代鶴派

1 重要刀剣

千代鶴派は越前を本拠とした一門である。説示によれば、その祖は来国安に求められる。来国安は生国を山城とし、一説に来国末の孫といい、のちに越前へ移住して千代鶴派の祖となったと伝え、銘鑑はその年代を貞治の頃とする。あわせて越前には来国安の弟子と伝える千代鶴国安なる工があり、これを祖とする伝えもあって、時代を同じく貞治の頃という。いずれにせよ一門は山城の来派を源流に置き、これを越前の地に移したものとして説示は位置づけている。以後この派は室町期まで続き、国安系の守弘が現れる。守弘は同名に複数代があり、銘鑑は初代を応永、二代を嘉吉あるいは文安の頃とし、藤左衛門尉と称した者もあるという。さらに越前敦賀の光行のごとく、一説に越前国行の門と伝える年紀作の工も説示に名を連ねる。 作風は、来派を承けた地刃に越前という地方色が加わる点に特徴がある。鍛えは板目に杢目や流れ肌を交え、総じて肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景がしきりに入り、白けごころを帯び、鉄色がやや黒みがかるものがある。刃文は来国安に擬せられる一類では中直刃を基調に小互の目を交え、足が入り、刃縁にほつれ・喰違刃・二重刃が現れ、沸がよくついて匂口が明るい。一方、守弘ら国安系の作では互の目調の乱れ刃となり、丁子ごころや尖りごころの刃を交え、飛焼が入り、棟焼がしきりにかかり、砂流し・金筋がかかって地刃ともによく沸づくものが目立つ。帽子は直ぐごころに小丸となるもの、乱れ込んで掃きかけるもの、焼き詰めるものなど作により変化する。見分けにあたっては、肌立ちと白けごころ、黒みがかる鉄色、帽子に見える野趣ある働きなどが手掛かりとなる。 鑑定では、一見すると山城本国の来国光あたりにも見えるが、注視すれば地刃の出来に一歩を譲り、肌立ちが強く帽子の働きが本国以上に野趣を示すところに、来国安の極めが首肯される、と説示はくり返し述べる。守弘の作は互の目調の乱れ刃で地刃ともによく沸え、来風とは趣を異にするとされ、有銘作が珍重される。代表的な遺例としては、無銘ながら身幅広く大鋒に結ぶ南北朝期の姿を示す来国安極めの刀、互の目調の乱れ刃を焼いた守弘の太刀や年紀ある脇指、越前敦賀の光行の年紀短刀などが説示に挙げられる。現存する作刀は少なく、来派の正系を越前に伝えた一門として位置づけられている。

刀剣商

銀座誠友堂

world-seiyudo.com

売切れ