【銘】吉岡因幡介(吉岡派) 雛人形図鍔 【解説】 小柄・穿孔(木瓜穴)を有する竪丸形の鍔です。意匠には一対の雛人形が据えられ、その背後には桜の枝が添えられています。各モチーフや耳(縁)には色絵が施されており、本作に気品ある印象を与えています。 銘によれば、本作は吉岡因幡介の手によるものです。吉岡派は初代・重次(1569-1653)に始まり、九代・重貞まで約260年間にわたり江戸幕府の御用彫金師として仕えました。同派には銘を切る専門の職人がいたと伝えられており、銘振りだけで個々の代を特定するのは容易ではありませんが、その格式高い作風は御用絵師の伝統を物語っています。 雛人形の文化は平安時代にまで遡ります。当時は紙で作られた人形で「ひいな遊び」が行われ、宮中の雅な暮らしを再現して楽しまれていました。 現在のような雛人形の形式が整ったのは江戸後期から昭和にかけてと言われています。古来より雛人形は子供の身代わりとなって厄災を引き受けるものと信じられてきました。今日では「桃の節句」に雛人形を飾り、子供の健やかな成長と幸福を願う習慣が根付いています。 裏面には花と貝が彫り込まれています。この貝は二枚貝であり、平安時代には貴族の間で「貝合わせ」という遊びが流行しました。二枚の貝は対となる殻以外とは決して合わさらないことから、夫婦円満や良縁の象徴とされています。 こうした吉祥の意匠が込められた本作は、ご自身のコレクションとしてはもちろん、ご結婚祝いや記念日の贈り物、あるいは大切なお子様の健やかな成長を願う品としても最適です。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鍔(つば)とは】 鍔は日本刀の拳を守るための護具です。高位の武士は、刀本体だけでなく鍔などの刀装具にも意匠を凝らしました。特に鍔の表側は、登城の際などに他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的で華やかな意匠が好まれました。 【武士にとっての刀装具】 日本刀には鍔、目貫、縁頭など、多様な装飾具が備わっています。これらは武器としての機能だけでなく、持ち主の個性や信条、格式を示す象徴でもありました。現代で言えば、持ち主のこだわりを反映する装身具のような役割を果たしていたと言えるでしょう。 ぜひ細部まで拡大してご覧ください。鉄や銅、赤銅、四分一といった素材に、金・銀の象嵌を施す日本の伝統的な彫金技術の粋が凝縮されています。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの刀装具は、美術品として刀剣に劣らぬ価値を有しています。細部にまでこだわりを持つことこそ、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 【運営について】 サムライミュージアム(東京)は、侍の歴史に関するアンティークを展示する美術館です。当オンラインショップでは、日本文化や伝統工芸に深い関心をお持ちの方へ向けて、刀剣・甲冑をはじめとする古美術品や伝統工芸品をご紹介しております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、Google Payなど、各種安全な決済方法をご利用いただけます。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他の決済方法をご希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。 日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、カナダドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。価格は日本円を基準とし、各通貨へ自動換算されます。






家彫
現在14点販売中
吉岡家は徳川幕府の抱え金工として百俵十人扶持を支給された権威ある家柄である。初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。歴代にわたって藤原姓を冠称し、二代からは因幡介の官位を受領している。しかし上代の作は幕府への納品であったため全て無銘であり、「吉岡因幡介」と五字銘に切るようになったのは五代易次あたりからと考えられる。個銘を切らぬため代別は困難であるが、宝永三年に先代重長の隠居により理左衛門を襲名し、宝永七年に因幡介に叙任された四代重廣、および個銘と行年銘を添えた作品が現存する七代照次が、指定作品群において特に重要な存在として浮かび上がる。 吉岡流の作風は、赤銅魚子地に高彫・金色絵を施す堅実精巧な彫口を最大の特色とする。後藤家と同様の素材と技法を用いながらも、将軍家御用の品格にふさわしい格調の高さを一貫して保っている。その技術の幅は広く、金据文・金平象嵌・金象嵌を巧みに使い分け、時に墨絵風の筆勢をそのまま金象嵌で表現する妙技も見せる。また金・銀・四分一・素銅など多種の色金を用いた色絵を的確に施し、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示す。制作の特筆すべき点は、鐔・縁頭・小柄・笄・目貫を同一の意匠と技法で統一した一作金具・総金具の制作に秀でていることである。丸に三葉葵紋散し、立沢瀉紋、稲穂文、竜虎図など、主題を全ての金具に一貫させ、赤銅魚子地に金色絵で格調高く仕上げる手法は吉岡家の真骨頂といえる。糸巻太刀拵や大小拵といった武家の儀仗に用いる拵形式において、総金具を一手に担う力量は、幕府抱え金工としての真価を遺憾なく発揮したものである。 吉岡家は装剣金工界の名門として、徳川将軍家および有力大名家の最も格式高い刀装を担った。紀州徳川家二代光貞の好みにより貞享三年に制作されたと伝える糸巻太刀拵、五代将軍綱吉の指料であった太刀の拵で後に十四代将軍家茂が所用したもの、加賀前田家伝来の糸巻太刀拵など、将軍家・御三家・有力外様大名への納品が指定品に確認される。説示において「後藤本家にも劣らぬ格調を備え持った」[[c:1]]と評される点は、幕府お抱えの家彫として到達した芸格の高さを端的に示している。七代照次による個銘・行年銘を備えた親子鶏図三所物は、吉岡家の代別研究に不可欠な資料的価値を有し、四代重廣の在銘作もまた江戸中期の製作年代を知る上で貴重な金工資料とされる。将軍家の御用を務めた吉岡因幡介の真価を十分に発揮した作品群は、幕府抱え金工の頂点に位置する家系の力量と矜持を今日に伝えている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
【銘】吉岡因幡介(吉岡派) 雛人形図鍔 【解説】 小柄・穿孔(木瓜穴)を有する竪丸形の鍔です。意匠には一対の雛人形が据えられ、その背後には桜の枝が添えられています。各モチーフや耳(縁)には色絵が施されており、本作に気品ある印象を与えています。 銘によれば、本作は吉岡因幡介の手によるものです。吉岡派は初代・重次(1569-1653)に始まり、九代・重貞まで約260年間にわたり江戸幕府の御用彫金師として仕えました。同派には銘を切る専門の職人がいたと伝えられており、銘振りだけで個々の代を特定するのは容易ではありませんが、その格式高い作風は御用絵師の伝統を物語っています。 雛人形の文化は平安時代にまで遡ります。当時は紙で作られた人形で「ひいな遊び」が行われ、宮中の雅な暮らしを再現して楽しまれていました。 現在のような雛人形の形式が整ったのは江戸後期から昭和にかけてと言われています。古来より雛人形は子供の身代わりとなって厄災を引き受けるものと信じられてきました。今日では「桃の節句」に雛人形を飾り、子供の健やかな成長と幸福を願う習慣が根付いています。 裏面には花と貝が彫り込まれています。この貝は二枚貝であり、平安時代には貴族の間で「貝合わせ」という遊びが流行しました。二枚の貝は対となる殻以外とは決して合わさらないことから、夫婦円満や良縁の象徴とされています。 こうした吉祥の意匠が込められた本作は、ご自身のコレクションとしてはもちろん、ご結婚祝いや記念日の贈り物、あるいは大切なお子様の健やかな成長を願う品としても最適です。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鍔(つば)とは】 鍔は日本刀の拳を守るための護具です。高位の武士は、刀本体だけでなく鍔などの刀装具にも意匠を凝らしました。特に鍔の表側は、登城の際などに他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的で華やかな意匠が好まれました。 【武士にとっての刀装具】 日本刀には鍔、目貫、縁頭など、多様な装飾具が備わっています。これらは武器としての機能だけでなく、持ち主の個性や信条、格式を示す象徴でもありました。現代で言えば、持ち主のこだわりを反映する装身具のような役割を果たしていたと言えるでしょう。 ぜひ細部まで拡大してご覧ください。鉄や銅、赤銅、四分一といった素材に、金・銀の象嵌を施す日本の伝統的な彫金技術の粋が凝縮されています。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの刀装具は、美術品として刀剣に劣らぬ価値を有しています。細部にまでこだわりを持つことこそ、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 【運営について】 サムライミュージアム(東京)は、侍の歴史に関するアンティークを展示する美術館です。当オンラインショップでは、日本文化や伝統工芸に深い関心をお持ちの方へ向けて、刀剣・甲冑をはじめとする古美術品や伝統工芸品をご紹介しております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、Google Payなど、各種安全な決済方法をご利用いただけます。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他の決済方法をご希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。 日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、カナダドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。価格は日本円を基準とし、各通貨へ自動換算されます。






家彫
現在14点販売中
吉岡家は徳川幕府の抱え金工として百俵十人扶持を支給された権威ある家柄である。初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。歴代にわたって藤原姓を冠称し、二代からは因幡介の官位を受領している。しかし上代の作は幕府への納品であったため全て無銘であり、「吉岡因幡介」と五字銘に切るようになったのは五代易次あたりからと考えられる。個銘を切らぬため代別は困難であるが、宝永三年に先代重長の隠居により理左衛門を襲名し、宝永七年に因幡介に叙任された四代重廣、および個銘と行年銘を添えた作品が現存する七代照次が、指定作品群において特に重要な存在として浮かび上がる。 吉岡流の作風は、赤銅魚子地に高彫・金色絵を施す堅実精巧な彫口を最大の特色とする。後藤家と同様の素材と技法を用いながらも、将軍家御用の品格にふさわしい格調の高さを一貫して保っている。その技術の幅は広く、金据文・金平象嵌・金象嵌を巧みに使い分け、時に墨絵風の筆勢をそのまま金象嵌で表現する妙技も見せる。また金・銀・四分一・素銅など多種の色金を用いた色絵を的確に施し、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示す。制作の特筆すべき点は、鐔・縁頭・小柄・笄・目貫を同一の意匠と技法で統一した一作金具・総金具の制作に秀でていることである。丸に三葉葵紋散し、立沢瀉紋、稲穂文、竜虎図など、主題を全ての金具に一貫させ、赤銅魚子地に金色絵で格調高く仕上げる手法は吉岡家の真骨頂といえる。糸巻太刀拵や大小拵といった武家の儀仗に用いる拵形式において、総金具を一手に担う力量は、幕府抱え金工としての真価を遺憾なく発揮したものである。 吉岡家は装剣金工界の名門として、徳川将軍家および有力大名家の最も格式高い刀装を担った。紀州徳川家二代光貞の好みにより貞享三年に制作されたと伝える糸巻太刀拵、五代将軍綱吉の指料であった太刀の拵で後に十四代将軍家茂が所用したもの、加賀前田家伝来の糸巻太刀拵など、将軍家・御三家・有力外様大名への納品が指定品に確認される。説示において「後藤本家にも劣らぬ格調を備え持った」[[c:1]]と評される点は、幕府お抱えの家彫として到達した芸格の高さを端的に示している。七代照次による個銘・行年銘を備えた親子鶏図三所物は、吉岡家の代別研究に不可欠な資料的価値を有し、四代重廣の在銘作もまた江戸中期の製作年代を知る上で貴重な金工資料とされる。将軍家の御用を務めた吉岡因幡介の真価を十分に発揮した作品群は、幕府抱え金工の頂点に位置する家系の力量と矜持を今日に伝えている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.