江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
日本刀 刀 銘:近江守藤原継広(保存刀剣鑑定書付) 【解説】 刀工について 近江守藤原継広は、越前康継派の祖である三代康継の門人です。越前下坂派に属し、江戸時代前期(寛文年間:1661-1673年)に活躍しました。 表面には「近江守藤原継広」と銘を切り、裏面には居住地である「越前住」および派名である「下坂」を刻んでいます。また、継広は越前を離れ、江戸においても作刀した記録が残されています。 越前下坂派について 越前下坂派の祖は初代康継とされています。康継は室町時代末期(16世紀後半)、近江国下坂(現在の滋賀県)に生まれ、慶長年間(1596年〜)の初め頃まで同地で技を磨きました。その後、主君の転封に伴い越前国へ移住。そこで徳川家康の三男であり、越前北荘藩主であった結城秀康の知遇を得ることとなります。 秀康の庇護のもと、初代康継は越前下坂派を確立し、その名は全国に轟きました。さらに秀康の推挙により、徳川将軍家の御抱え鍛冶となり、家康・秀忠の両大御所および将軍からも厚い信頼を寄せられました。 初代康継は家康より「康」の一字を賜って改銘し、さらに茎に徳川家の家紋である「葵紋」を切ることを許されました。同派は江戸時代を通じて隆盛を極め、多くの名工を輩出しましたが、継広はその中でも越前を代表する門人の一人として知られています。 越前国について 越前国は、実用性に富んだ鋭い切れ味の刀剣を産出することで知られていました。江戸時代を通じて徳川幕府からも多くの注文を受けています。越前には、五ヶ伝の一つである「美濃伝」の流れを汲む鍛冶が多く移住しており、その技術的基盤となっていました。 本刀は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に鑑定された逸品です。美術的価値が高く、保存状態の良い真正の日本刀であることが証明されています。 【刀身】 長さ(Nagasa):76.0 cm 反り(Sori):0.38 cm 刃文(Hamon):焼き入れによって刃縁に現れる、煌めく結晶構造。 地鉄(Jihada):鍛錬と折り返しによって現れる鋼の表面模様。 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分。 茎に施された黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割があります。この錆の色相は長い年月を経て形成されるもので、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などから構成される外装。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 本作の縁頭には水辺の情景が描かれています。銘によれば、江戸時代後期に活躍した「美次」の作です。頭には海原を行く三艘の帆船が配され、縁には立派な松の木と、その傍らに置かれた竹箒が描かれています。 松は四季を通じて緑を絶やさないことから——

















越前 · 1661-1673頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位60%
現在6点販売中
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 刀 銘:近江守藤原継広(保存刀剣鑑定書付) 【解説】 刀工について 近江守藤原継広は、越前康継派の祖である三代康継の門人です。越前下坂派に属し、江戸時代前期(寛文年間:1661-1673年)に活躍しました。 表面には「近江守藤原継広」と銘を切り、裏面には居住地である「越前住」および派名である「下坂」を刻んでいます。また、継広は越前を離れ、江戸においても作刀した記録が残されています。 越前下坂派について 越前下坂派の祖は初代康継とされています。康継は室町時代末期(16世紀後半)、近江国下坂(現在の滋賀県)に生まれ、慶長年間(1596年〜)の初め頃まで同地で技を磨きました。その後、主君の転封に伴い越前国へ移住。そこで徳川家康の三男であり、越前北荘藩主であった結城秀康の知遇を得ることとなります。 秀康の庇護のもと、初代康継は越前下坂派を確立し、その名は全国に轟きました。さらに秀康の推挙により、徳川将軍家の御抱え鍛冶となり、家康・秀忠の両大御所および将軍からも厚い信頼を寄せられました。 初代康継は家康より「康」の一字を賜って改銘し、さらに茎に徳川家の家紋である「葵紋」を切ることを許されました。同派は江戸時代を通じて隆盛を極め、多くの名工を輩出しましたが、継広はその中でも越前を代表する門人の一人として知られています。 越前国について 越前国は、実用性に富んだ鋭い切れ味の刀剣を産出することで知られていました。江戸時代を通じて徳川幕府からも多くの注文を受けています。越前には、五ヶ伝の一つである「美濃伝」の流れを汲む鍛冶が多く移住しており、その技術的基盤となっていました。 本刀は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に鑑定された逸品です。美術的価値が高く、保存状態の良い真正の日本刀であることが証明されています。 【刀身】 長さ(Nagasa):76.0 cm 反り(Sori):0.38 cm 刃文(Hamon):焼き入れによって刃縁に現れる、煌めく結晶構造。 地鉄(Jihada):鍛錬と折り返しによって現れる鋼の表面模様。 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分。 茎に施された黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割があります。この錆の色相は長い年月を経て形成されるもので、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などから構成される外装。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 本作の縁頭には水辺の情景が描かれています。銘によれば、江戸時代後期に活躍した「美次」の作です。頭には海原を行く三艘の帆船が配され、縁には立派な松の木と、その傍らに置かれた竹箒が描かれています。 松は四季を通じて緑を絶やさないことから——

















越前 · 1661-1673頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位60%
現在6点販売中
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.