徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
特別保存刀剣鑑定書付 刀:銘 越前住相模守藤原国綱 【解説】 本作は江戸時代初期(17世紀中頃から後半)、越前住相模守藤原国綱によって打たれた一振りです。国綱は初代越前兼植の門人で、越前国(現在の福井県)の越前下坂派に属しました。通称を多平兵衛と称し、その優れた技量から朝廷より相模守の受領名を授かっています。また、作刀人生の途中で越前から江戸へ移住したことでも知られています。 越前下坂派の祖は、初代康継とされています。康継は室町時代末期(16世紀後半)、近江国下坂(現在の滋賀県)に生まれ、慶長年間(1596年〜)の初め頃まで同地で活動していましたが、主君の転封に伴い越前国へ移りました。そこで徳川家康の三男であり、越前北ノ庄藩主であった結城秀康の知遇を得ることとなります。 江戸時代初期、秀康の庇護のもとで初代康継は越前下坂派を確立し、その名は全国に轟きました。秀康の推挙により、康継は徳川将軍家の御抱工となり、家康・秀忠の両大御所および将軍から厚い信頼を寄せられました。家康より「康」の字を賜って名を康継と改め、さらに葵紋を茎に刻むことを許された名門です。江戸時代を通じて同派は大いに繁栄し、多くの名工を輩出しました。国綱もまた、この優れた門流の中で研鑽を積み、卓越した技術を習得したと考えられます。 当時の越前国は、徳川家親藩である越前松平家が治める要衝として栄えていました。武士たちの旺盛な需要に応えるべく、諸国から腕利きの刀工が集まりましたが、中でも美濃国(岐阜県)出身の刀工が多く、彼らは「越前関」と呼ばれました。国綱の師である初代兼植もその一人です。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が高い真作の日本刀にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ:71.5 cm(二尺三寸六分) 反り:1.3 cm(四分三厘) 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地文(地肌):鍛錬の際の折り返しによって現れる鋼の表面模様 切先:刀身の先端部分 茎(なかご):柄に収まる持ち手にあたる部位 茎には、赤錆を防ぐために意図的に残された「黒錆」が付着しています。この錆の色相や朽ち込み具合は、専門家が製作年代を推定する上での重要な指標となります。 【拵】 拵(こしらえ)は、鞘、柄、鍔などの外装一式を指します。 縁頭(ふちがしら):柄の両端を保護し、装飾する一対の金具 本拵の縁頭は、古来より日本人に愛されてきた春の象徴である「桜」を主題としています。桜の意匠は刀装具のみならず、着物や調度品にも広く用いられてきました。一説には、桜には穀物の神が宿るとも伝えられています。
取扱店 サムライミュージアム






















越前 · 1648-1652頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位76%
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江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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