室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
特別保存刀剣鑑定書付:加州家次(藤島) 刀 【解説】 本作は、室町時代(14世紀後半〜16世紀後半)に加賀国(現在の石川県)で隆盛を極めた名門「藤島」一派の、加州家次と極められた一振りです。家次は特に応永年間(1394-1428年:室町時代初期)に活躍したことで知られています。 藤島派は、南北朝時代初期に初代藤島友重によって創始されました。この「友重」の名は、南北朝期から江戸時代末期(14世紀初頭〜19世紀後半)に至るまで、数代にわたり受け継がれています。 伝承によれば、初代友重は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて山城国(現在の京都府)で名を馳せた名工、来国俊の門人であったとされています。友重は当初、越前国(現在の福井県)藤島に居住していましたが、後に加賀国へ移住し、同派の礎を築きました。 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値の高い真作の日本刀に対してのみ授与されるものです。 ※刀身に数箇所、目に付く鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):73.9 cm 反り(Sori):1.81 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃縁に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる中心(なかご)部分。 古来より刀工は、柄内部での赤錆を防ぐために茎に黒錆を残しました。この茎の経年変化(錆色)は、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【外装(Koshirae)】 拵(こしらえ)とは、鞘、柄、鍔などから構成される日本刀の外装です。 本作の鍔、縁頭、目貫は「龍」を主題とした意匠で統一されています。 龍は古代中国の神話に由来する想像上の生物であり、瑞祥(吉兆)の象徴とされてきました。その姿は「九似」と称され、角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼(あるいは兎)、項は蛇、腹は蛟(みずち)、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似るとされます。その異形ゆえに、あらゆる動物の頂点に立つものと考えられてきました。 古代中国において龍文様は皇帝の象徴であり、爪の数に至るまで厳格な規定がありましたが、日本では階級による制約はなく、万能の吉祥文様として広く親しまれてきました。 また、日本では古くから「龍神信仰」として、龍を水の神と崇めてきました。稲作文化において水は不可欠な資源であり、龍のモチーフは日本人にとって非常に馴染み深いものです。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 柄・目貫(Tsuka / Menuki):柄は刀を握る部位、目貫はその装飾金具。 鍔・鎺(Tsuba / Habaki):鍔は手を守る護拳、鎺は刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘に直接触れて錆びたり傷ついたりするのを防ぐ金具。 鞘(Saya):刀身を収める外装。
























山城伝 · 加賀 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
山城伝 · 加賀
現在19点販売中
藤島派は加賀国藤島の地に興り、北陸道にあって数代を重ねた一門である。その祖にして代表工が友重で、名跡は南北朝末から室町を経て近世にまで及び、現存する年紀作のうち最も古いものは応永二年の短刀である。構成員の解説はいずれも、初代を山城の来国俊の門人、あるいは同国真景の門とする古伝を載せながらこれを疑い、作風の上で来国俊に結ばれず、年代の上で真景にも肯定し難いとして、茎仕立と地刃よりすればむしろ大和物の系統、大和尻懸の手に近いものと判ずる。南北朝期を遡る作はみないとされ、初代は建武の頃、二代は貞治、三代は応永と伝える説もあるが、構成員はおおむね各作を一個人の経歴にではなく、固定した同派の特質に照らして鑑する。北陸の地にあって、同派は越中・越前の工と気脈を通じ、美濃と大和の風を受けた古刀の一門として立つ。 作風の眼目はその地鉄にある。板目に杢を交え、流れごころに肌立って、地沸つき地景入り、かねは際立って黒みをおびる。構成員はこれを同派一番の見どころとして、地鉄が肌立ちごころで黒みを帯びることを北国物の徴とし、ある作には白気映りが淡く立つと記す。山城のようなつんだ小板目には締まらず、槍・薙刀や磨上の太刀では柾目に寄った肌となって、その地に大和を素直に示す。刃文はこの地に応えて自らの混在を示し、互の目乱れを基調に、箱がかった刃・尖り刃・角ばる刃をのたれ・小のたれとともに交える。これを構成員は備前気質と美濃風が混在した感のある乱れ刃と呼び、足やや長く入り、総体に沸づいて砂流しかかり金筋入り、処々に飛焼や二重刃を交え、帽子は直ぐまたは乱れ込んで小丸となり、しばしば掃きかける。短刀ではこの手が穏やかになり、鍛えは小板目につみ、焼刃は細直刃あるいは低い小のたれ・小互の目に小沸を交え、匂口はうるんでほつれ・湯走りを交えて、同派の大和の素地が最も素直に現れる。 鑑定の勘所は、大和を素地とする黒く肌立つかねの上に、備前・美濃を想わせる躁ぎ立つ焼刃を置くという取り合わせにある。互の目と長い足は備前の作に似るが、箱がかった刃と尖り刃、肌立つ黒い地、絶えずかかる砂流しが素直な備前丁子からこれを引き離し、柾に寄る地と黒いかねが真の山城・純然たる大和の作からもこれを隔てる。同派は売立や商家に時に現れる重要刀剣を遺し、銘はほぼ在銘で、藤嶋友重の四字銘が最も多く、友重の二字銘がこれに次ぎ、生ぶ茎の作が大半を占める。藤代は同工を中上作、あるいは古刀の中位に位置づける。中心となるのは応永頃の友重で、室町から後代にかけての作が最も多く現存する。白眉として、三鈷剣と妙見大菩薩の神号を彫った大身槍を同時代を代表する名槍とする評があり、太刀の遺例は数少なく取り立てられる。伝来は稲葉家に伝わった刀や皇室の御物に列する短刀があり、市場の品ではなく長く家に伝えられた重宝を含む。一口の黒いかねの作が北国一派の総体をその地に湛えるところに、同派の値はある。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
特別保存刀剣鑑定書付:加州家次(藤島) 刀 【解説】 本作は、室町時代(14世紀後半〜16世紀後半)に加賀国(現在の石川県)で隆盛を極めた名門「藤島」一派の、加州家次と極められた一振りです。家次は特に応永年間(1394-1428年:室町時代初期)に活躍したことで知られています。 藤島派は、南北朝時代初期に初代藤島友重によって創始されました。この「友重」の名は、南北朝期から江戸時代末期(14世紀初頭〜19世紀後半)に至るまで、数代にわたり受け継がれています。 伝承によれば、初代友重は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて山城国(現在の京都府)で名を馳せた名工、来国俊の門人であったとされています。友重は当初、越前国(現在の福井県)藤島に居住していましたが、後に加賀国へ移住し、同派の礎を築きました。 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値の高い真作の日本刀に対してのみ授与されるものです。 ※刀身に数箇所、目に付く鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):73.9 cm 反り(Sori):1.81 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃縁に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる中心(なかご)部分。 古来より刀工は、柄内部での赤錆を防ぐために茎に黒錆を残しました。この茎の経年変化(錆色)は、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【外装(Koshirae)】 拵(こしらえ)とは、鞘、柄、鍔などから構成される日本刀の外装です。 本作の鍔、縁頭、目貫は「龍」を主題とした意匠で統一されています。 龍は古代中国の神話に由来する想像上の生物であり、瑞祥(吉兆)の象徴とされてきました。その姿は「九似」と称され、角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼(あるいは兎)、項は蛇、腹は蛟(みずち)、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似るとされます。その異形ゆえに、あらゆる動物の頂点に立つものと考えられてきました。 古代中国において龍文様は皇帝の象徴であり、爪の数に至るまで厳格な規定がありましたが、日本では階級による制約はなく、万能の吉祥文様として広く親しまれてきました。 また、日本では古くから「龍神信仰」として、龍を水の神と崇めてきました。稲作文化において水は不可欠な資源であり、龍のモチーフは日本人にとって非常に馴染み深いものです。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 柄・目貫(Tsuka / Menuki):柄は刀を握る部位、目貫はその装飾金具。 鍔・鎺(Tsuba / Habaki):鍔は手を守る護拳、鎺は刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘に直接触れて錆びたり傷ついたりするのを防ぐ金具。 鞘(Saya):刀身を収める外装。
























山城伝 · 加賀 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
山城伝 · 加賀
現在19点販売中
藤島派は加賀国藤島の地に興り、北陸道にあって数代を重ねた一門である。その祖にして代表工が友重で、名跡は南北朝末から室町を経て近世にまで及び、現存する年紀作のうち最も古いものは応永二年の短刀である。構成員の解説はいずれも、初代を山城の来国俊の門人、あるいは同国真景の門とする古伝を載せながらこれを疑い、作風の上で来国俊に結ばれず、年代の上で真景にも肯定し難いとして、茎仕立と地刃よりすればむしろ大和物の系統、大和尻懸の手に近いものと判ずる。南北朝期を遡る作はみないとされ、初代は建武の頃、二代は貞治、三代は応永と伝える説もあるが、構成員はおおむね各作を一個人の経歴にではなく、固定した同派の特質に照らして鑑する。北陸の地にあって、同派は越中・越前の工と気脈を通じ、美濃と大和の風を受けた古刀の一門として立つ。 作風の眼目はその地鉄にある。板目に杢を交え、流れごころに肌立って、地沸つき地景入り、かねは際立って黒みをおびる。構成員はこれを同派一番の見どころとして、地鉄が肌立ちごころで黒みを帯びることを北国物の徴とし、ある作には白気映りが淡く立つと記す。山城のようなつんだ小板目には締まらず、槍・薙刀や磨上の太刀では柾目に寄った肌となって、その地に大和を素直に示す。刃文はこの地に応えて自らの混在を示し、互の目乱れを基調に、箱がかった刃・尖り刃・角ばる刃をのたれ・小のたれとともに交える。これを構成員は備前気質と美濃風が混在した感のある乱れ刃と呼び、足やや長く入り、総体に沸づいて砂流しかかり金筋入り、処々に飛焼や二重刃を交え、帽子は直ぐまたは乱れ込んで小丸となり、しばしば掃きかける。短刀ではこの手が穏やかになり、鍛えは小板目につみ、焼刃は細直刃あるいは低い小のたれ・小互の目に小沸を交え、匂口はうるんでほつれ・湯走りを交えて、同派の大和の素地が最も素直に現れる。 鑑定の勘所は、大和を素地とする黒く肌立つかねの上に、備前・美濃を想わせる躁ぎ立つ焼刃を置くという取り合わせにある。互の目と長い足は備前の作に似るが、箱がかった刃と尖り刃、肌立つ黒い地、絶えずかかる砂流しが素直な備前丁子からこれを引き離し、柾に寄る地と黒いかねが真の山城・純然たる大和の作からもこれを隔てる。同派は売立や商家に時に現れる重要刀剣を遺し、銘はほぼ在銘で、藤嶋友重の四字銘が最も多く、友重の二字銘がこれに次ぎ、生ぶ茎の作が大半を占める。藤代は同工を中上作、あるいは古刀の中位に位置づける。中心となるのは応永頃の友重で、室町から後代にかけての作が最も多く現存する。白眉として、三鈷剣と妙見大菩薩の神号を彫った大身槍を同時代を代表する名槍とする評があり、太刀の遺例は数少なく取り立てられる。伝来は稲葉家に伝わった刀や皇室の御物に列する短刀があり、市場の品ではなく長く家に伝えられた重宝を含む。一口の黒いかねの作が北国一派の総体をその地に湛えるところに、同派の値はある。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.