説明

長さ31.5cm 反り0.15cm 目釘穴1個 元幅2.7cm 先幅 元重0.7cm 綱俊は出羽の国米沢の生まれで、本名を加藤八郎といい、米沢上杉家の藩士又はお抱え工と伝える。上京して水心子正秀の師事し、江戸麻布の上杉家中屋敷にて鍛刀する。 文久三年、六十六歳で没する。 姿、平造り、庵棟、反りやや深めにつく。 板目肌に杢目肌交じり、流れごころ加わり、地沸よくつき、地景入り、刃文に呼応するかのような影映りがあがる。 刃文、丁子乱れに蛙子風の丁子・小丁子・互の目・小互の目・尖り刃・角がかった刃など多種の刃が交じり、焼きに高低差が見られ、足よく入り、匂勝ちに小沸つき、玉を焼き、匂口明るい。 帽子、小丸に返る。 茎、生ぶ、先刃上がりの浅い栗尻、鑢目切り、表に五字銘、裏に年紀と注文銘を切る。 綱俊32歳の作。 最も得意とした備前伝ので、流石に注文打ちだけあり出来見事で、地鉄にも古風な趣があり、刃も多種多様な交えて変化に富み、見どころが多い。 備前伝の名手の名に恥じぬ素晴らしい出来映えで、綱俊の本領が十二分に発揮された典型作です。

銘 長運斎綱俊 天保三辰年二月日 応岡崎氏需造之
Tokuho

銘 長運斎綱俊 天保三辰年二月日 応岡崎氏需造之

短刀

¥1,300,000

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仕様

長さ

31.5 cm

反り

0.15 cm

元幅

2.7 cm

作者について

Suishinshi Masahide Tsunatoshi綱俊

3 重要刀剣

綱俊は本国出羽米沢の生まれで、本名を加藤八郎といい、長運斎と号した。のち江戸に出て麻布に住し、米沢上杉家の藩工として活躍した。説示には米沢上杉家の藩士であったとも伝え、文久三年、六十三歳ないし六十六歳で没したとある。これら新々刀期を代表する刀工の一人である。 作風は備前伝を主調とし、匂出来の丁子に互の目を交じえた刃文を最も得意とする。ほかに直刃、濤瀾乱もあるが、いずれの場合も鍛は小板目肌が細かにつみ、無地風となって地沸がつくのを常とする。帽子は乱れ込んで小丸に返り、彫物には丸止めの棒樋に添樋、あるいは梵字・倶利迦羅・護摩箸に爪などを伴うものがある。茎は生ぶ、先栗尻、鑢目は化粧つきの筋違で、指表棟寄りに長銘ないし五字銘を切り、裏に年紀を添えるものが多い。濤瀾風の大互の目を焼いて頻りに玉を焼くものもあり、地鉄は新々刀共通の無地鉄に近い。 評価としては、丁子に互の目を交じえた備前伝の典型的作風を示すものが綱俊の一典型として高く評価される。注文主に対する代金受領書や彫同作の添銘を附帯するもの、大小揃って遺るものなどは、いずれも作者を知る上で好資料とされる。

刀剣商

成蹊堂

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