刀剣界で素晴らしく有名な備州長船法光は初代は南北朝時代の備前長船小反派の刀工です。則光と区別するために古来(ほうのりみつ)と尊称されています。大刀は室町時代永正九年(1512年)(510年前)の作品で五代目法光左衛門尉で良業物です、姿は元重ね厚く腰反り高く元身幅と先身幅の差の有る刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み明るい地鉄を鍛え地には乱れ映りを鮮明に現し見事です。彫は棒樋を角留めに止め上手です。刃紋は匂い本位に沸の付いた直調の刃に互の目を交え刃中良く働いています、古来与三左衛門尉祐定と並ぶ技量の持ち主の刀匠と言われ本刀がそれを良く現しています。小刀は室町時代文安二年(1445年)(577年前)の二代目法光の子で三代目法光です。小反り則守の門です。姿は備前伝の腰反りで元身幅と先身幅の差の有る優美な脇差姿を現し、地鉄は小板目肌に鍛え、地には見事な乱れ映りを現し、刃紋は匂い出来に沸の付いた互の目刃や丁子刃を焼き長船康光の名脇差を見る如く上手です。法光は初代より六代まで続きますが皆名工揃いで甲乙の差が無く評価の差もありません。法光は有名ですが刀の現存作が大変少ないために大変貴重な大小です。本大小に付けられた大小拵えが又素晴らしく豪華で本法光の大小の名刀に一層華を添えています。この度古い御数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします貴重な法光大小を是非お楽しみ下さいませ。


















































備前伝 · 備前
現在21点販売中
小反は、南北朝時代末期から室町時代初期にかけて備前長船の地に働いた一群の刀工を、血脈ではなく除外によって括った呼称である。すなわち兼光一門、長義、元重、大宮一門といった当時の長船の主立った系統のいずれにも直接の師弟関係を結ばぬ周縁の手を、まとめて一名のもとに集めたものであり、その名の意味するところは今日なお漠然としていると本会は率直に記す。秀光、家助、成家、家守、師光、守助らがこれに数えられ、銘鑑はおのおのを数代に立てて初代を鎌倉後期から建武・暦応の頃に置くが、確たる初代作を経眼せず、現存の有銘作はおおむね文和・貞治から永徳・明徳を経て応永一桁代に及ぶ。それゆえ各遺例は一手に確定的に帰すよりも、作風と年紀によって読まれるのを常とする。師光が倫光の子にして応永備前の盛光の父と伝えられ、家助が畠田派を承けて応永備前の一角をなすように、この一群は長船嫡流の華やかな本流とその次代の応永備前との間に、静かな周縁の地帯をなして横たわる。 この一派を貫く手は小模様の乱れである。兼光一門が太く円い互の目を焼くのに対し、小反の工はおおむね同じ趣を小さくこずんだ刃に収め、小のたれを本位として小互の目を連れごころに焼き、これに尖り刃、角ばる刃、腰の開いた互の目を交え、処々逆ごころを見せて、総じて小さくこずむ。足・葉よく入り、匂を主調にわずかに小沸つき、金筋・砂流しが細かに働き、丁子を交えてもなお控えめにとどまる。地鉄は板目に杢を交えて流れごころとなり、肌やや立って地沸細かにつき、地景が黒く沈み、時に地斑を交え、その上に淡い、あるいは鮮明な乱れ映りが立つ。短刀・平造の作では棒映り、直ぐ状の映りとなるものも見え、いずれにせよこの映りが、同時代の相州風の手から一派を分かち、備前の地に繋ぎ止める最も確かな標となる。帽子は刃文に従って乱れ込み尖りごころに掃きかけ、あるいは小丸に結ぶ。棒樋を掻き、梵字、護摩箸、倶利迦羅などを彫る作もある。一派の常を越えて、師光の至徳の太刀のように腰の開いた互の目に高低を見せて華やかに乱れ、応永備前を予兆させる作もあり、家守の応永の太刀のごとく重ね厚く先反りを加えて次代の姿に近づくものもある。 収集の観点から小反の物が求められるのは、何よりそれが資料として明瞭であるからである。鑑定の勘所は二つの敷居を分かつことにある。一つは兼光本流との別で、模様の小さくこずむ点と、やや控えめな作位とによってこれを読み、いま一つは応永備前との別で、腰の開いた互の目と棒映りのうちに次代の萌芽を見ながら、なお南北朝の古調の姿と抑えた焼きにとどまる点をもって分かつ。主要な工の格はおのずから別れ、師光は上々作に位し、秀光、家助、成家、守助、家守らは中上作の位を占める。在銘の作はおおむね生ぶで年紀を備えた太刀として遺り、成家のように大磨上無銘の刀によって主に知られる工もあるが、いずれの場合も、年紀の確かな南北朝の備前として頗る貴重とされる。伝来は概して薄いが確かで、黒田家、加賀前田家、庄内酒井家、皇室の手を経た作や、林原美術館、東京国立博物館、京都国立博物館、春日大社に伝わる作が知られ、その多くは伝持されて市場に現れることは稀である。在銘有年紀の小反物が世に出るのは折に触れてに過ぎず、根気を要するが、現れればそれは、長船派が南北朝の世をいかに閉じ、応永の再興へといかに身を運んだかを、一年一年読みうる確かな文書となる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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刀剣界で素晴らしく有名な備州長船法光は初代は南北朝時代の備前長船小反派の刀工です。則光と区別するために古来(ほうのりみつ)と尊称されています。大刀は室町時代永正九年(1512年)(510年前)の作品で五代目法光左衛門尉で良業物です、姿は元重ね厚く腰反り高く元身幅と先身幅の差の有る刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み明るい地鉄を鍛え地には乱れ映りを鮮明に現し見事です。彫は棒樋を角留めに止め上手です。刃紋は匂い本位に沸の付いた直調の刃に互の目を交え刃中良く働いています、古来与三左衛門尉祐定と並ぶ技量の持ち主の刀匠と言われ本刀がそれを良く現しています。小刀は室町時代文安二年(1445年)(577年前)の二代目法光の子で三代目法光です。小反り則守の門です。姿は備前伝の腰反りで元身幅と先身幅の差の有る優美な脇差姿を現し、地鉄は小板目肌に鍛え、地には見事な乱れ映りを現し、刃紋は匂い出来に沸の付いた互の目刃や丁子刃を焼き長船康光の名脇差を見る如く上手です。法光は初代より六代まで続きますが皆名工揃いで甲乙の差が無く評価の差もありません。法光は有名ですが刀の現存作が大変少ないために大変貴重な大小です。本大小に付けられた大小拵えが又素晴らしく豪華で本法光の大小の名刀に一層華を添えています。この度古い御数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします貴重な法光大小を是非お楽しみ下さいませ。


















































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銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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