Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 南北朝初期~中期。筑前国。正宗の弟子と伝えられる工の一人。元来は寸法が長く身幅が広い大太刀で、多くが磨上げられて無銘となった。在銘の太刀は一振が認められているのみ。ただし短刀の在銘作は多い。良く詰んだ板目鍛えの地鉄に、湾れ刃を基調とした沸出来の互の目乱れ。��鋒部分は焼刃が湾れて先突き上げて尖って返る「左の捌き頭」と呼ばれる帽子が見どころ。

相州伝 · 筑前
現在12点販売中
左派は、筑前国に興った相州伝の一門である。通称を大左、また左文字と呼ぶ祖がこの一派を起こした。室町以来の刀剣書はその名を正宗の門人の一人に列ね、相州十哲の数えるところに置く。茎に切る「左」の一字が、左衛門三郎の略と読まれ、一派の名となった。大左は西蓮・実阿の系を承けた筑前の刀工であって、それまでの九州物は地刃の沈んだ鄙びた直刃を主とし、大和から承けた地味な作柄に終始していた。大左はこれを大きく塗り替え、地刃ともに澄んで明るく冴えた乱れ刃の作域を創り、筑前物をかつてない上位へと引き上げた。その活躍は南北朝前期、元弘・建武の頃に当たる。周りには大きな門葉が生まれ、安吉・行弘・吉貞・国弘・弘安・弘行・貞吉らが師風をそれぞれに受け継ぎ、後の九州刀の歴史へと伝えた。 一派に通う語法は、まず地鉄にある。旧来の暗く沈んだ九州物の地に対し、左の地は明るく冴える。よく錬れた板目に小板目・杢を交えてやや肌立ち、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに頻りに入って、刃に沿って淡く沸映りが立つ。その上に焼かれる刃は、のたれを基調に互の目・小互の目を交え、沸は深く匂口は明るく、足・葉が入り、刃中に細かな金筋・砂流しが走る。帽子は突き上げて先尖り、長く掃きかけて返るのが一門に通じる見どころで、個名を定め難い作においてすら、この力強さと長い返りを拠りどころとする。九州物の革新としてこの作風は読まれ、開祖と門人の手は技倆ほぼ伯仲して、個々の鑑別は容易でない。そのなかで世代と門人の差はおのずから現れる。大左の在銘作は小振りの短刀に留まって地刃の冴えに勝り、子の安吉は身幅広く寸延びて、匂勝ちに小沸つき備前気質を交える。國弘はのたれ主調の大模様に最も華やかに乱れ、弘安は互の目の目立つ手、弘行はその互の目が連れて穏やかに目立つ手、吉貞は刃文が小模様に締まる点、貞吉は直刃を基調とする抑えた手として、それぞれ資料の支持する範囲で読み分けられる。行弘は現存する年紀が最も古く、作柄が大左に最も接近する弟子とされ、末左と総称される一群の頭に立つ。 蒐集家が左文字を求める理由は、その鑑定の勘所と祖の格、そして伝来にある。明るく冴えた地と突き上げて尖る帽子が一門を束ね、この二つを見落とさぬことが、相州の同門と分かち、九州の旧作と分かつ要となる。とりわけ大左は藤代の位列で最上作に当たり、現存唯一の在銘太刀である国宝「江雪左文字」を筆頭に、四口の国宝がその格を裏づける。名物は大名家を貫いて伝わり、上杉景勝が秘した弾正左文字、尾張徳川家の重宝、伊達・酒井・立花・松平の諸家に伝えられた数々があり、ある一口は秀吉その人の手を経た。国宝・重要文化財は公けと旧家に守られた遺産であって、市に出るものではない。末左の安吉・吉貞・国弘・弘安・弘行・貞吉らは、祖ほど手の届かぬものではなく、それぞれ近代の上位指定級に名を連ねるが、在銘作は一様に頗る稀で、その多くは大磨上無銘の極めを通じて世に伝わる。在銘の短刀や確かに伝左と極められた刀が市に現れることは少なく、現れた時には、相州伝を九州のものたらしめたこの一門の作風を伝える得難い一振りとなる。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 南北朝初期~中期。筑前国。正宗の弟子と伝えられる工の一人。元来は寸法が長く身幅が広い大太刀で、多くが磨上げられて無銘となった。在銘の太刀は一振が認められているのみ。ただし短刀の在銘作は多い。良く詰んだ板目鍛えの地鉄に、湾れ刃を基調とした沸出来の互の目乱れ。��鋒部分は焼刃が湾れて先突き上げて尖って返る「左の捌き頭」と呼ばれる帽子が見どころ。

相州伝 · 筑前
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左派は、筑前国に興った相州伝の一門である。通称を大左、また左文字と呼ぶ祖がこの一派を起こした。室町以来の刀剣書はその名を正宗の門人の一人に列ね、相州十哲の数えるところに置く。茎に切る「左」の一字が、左衛門三郎の略と読まれ、一派の名となった。大左は西蓮・実阿の系を承けた筑前の刀工であって、それまでの九州物は地刃の沈んだ鄙びた直刃を主とし、大和から承けた地味な作柄に終始していた。大左はこれを大きく塗り替え、地刃ともに澄んで明るく冴えた乱れ刃の作域を創り、筑前物をかつてない上位へと引き上げた。その活躍は南北朝前期、元弘・建武の頃に当たる。周りには大きな門葉が生まれ、安吉・行弘・吉貞・国弘・弘安・弘行・貞吉らが師風をそれぞれに受け継ぎ、後の九州刀の歴史へと伝えた。 一派に通う語法は、まず地鉄にある。旧来の暗く沈んだ九州物の地に対し、左の地は明るく冴える。よく錬れた板目に小板目・杢を交えてやや肌立ち、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに頻りに入って、刃に沿って淡く沸映りが立つ。その上に焼かれる刃は、のたれを基調に互の目・小互の目を交え、沸は深く匂口は明るく、足・葉が入り、刃中に細かな金筋・砂流しが走る。帽子は突き上げて先尖り、長く掃きかけて返るのが一門に通じる見どころで、個名を定め難い作においてすら、この力強さと長い返りを拠りどころとする。九州物の革新としてこの作風は読まれ、開祖と門人の手は技倆ほぼ伯仲して、個々の鑑別は容易でない。そのなかで世代と門人の差はおのずから現れる。大左の在銘作は小振りの短刀に留まって地刃の冴えに勝り、子の安吉は身幅広く寸延びて、匂勝ちに小沸つき備前気質を交える。國弘はのたれ主調の大模様に最も華やかに乱れ、弘安は互の目の目立つ手、弘行はその互の目が連れて穏やかに目立つ手、吉貞は刃文が小模様に締まる点、貞吉は直刃を基調とする抑えた手として、それぞれ資料の支持する範囲で読み分けられる。行弘は現存する年紀が最も古く、作柄が大左に最も接近する弟子とされ、末左と総称される一群の頭に立つ。 蒐集家が左文字を求める理由は、その鑑定の勘所と祖の格、そして伝来にある。明るく冴えた地と突き上げて尖る帽子が一門を束ね、この二つを見落とさぬことが、相州の同門と分かち、九州の旧作と分かつ要となる。とりわけ大左は藤代の位列で最上作に当たり、現存唯一の在銘太刀である国宝「江雪左文字」を筆頭に、四口の国宝がその格を裏づける。名物は大名家を貫いて伝わり、上杉景勝が秘した弾正左文字、尾張徳川家の重宝、伊達・酒井・立花・松平の諸家に伝えられた数々があり、ある一口は秀吉その人の手を経た。国宝・重要文化財は公けと旧家に守られた遺産であって、市に出るものではない。末左の安吉・吉貞・国弘・弘安・弘行・貞吉らは、祖ほど手の届かぬものではなく、それぞれ近代の上位指定級に名を連ねるが、在銘作は一様に頗る稀で、その多くは大磨上無銘の極めを通じて世に伝わる。在銘の短刀や確かに伝左と極められた刀が市に現れることは少なく、現れた時には、相州伝を九州のものたらしめたこの一門の作風を伝える得難い一振りとなる。
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