NihontoWatch Mon

NihontoWatch

マーケット
事典
鑑定
NihontoWatch Mon

NihontoWatch

マーケット
事典
鑑定

説明

Stock No:SWA-040123Paper(Certificate): [N.B.T.H.K]Hozon TokenCountry(Kuni)・Period(Jidai): Hitachi-Musashi-Satsuma(Ibaraki-Tokyo-Kagoshima)・Middle Edo period 1688~Blade length(Cutting edge): 51.3cmCurve(SORI): 0.9cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.97cmThickness at the Moto-Kasane: 0.66cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55mSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Saitama【Additional Information】肥後守橘吉次。俗名を根本吉兵衛。生国は常陸国と伝え、武蔵国へ移住し、法城寺国正(KA-120822)門人となります。江戸中期寛文頃に「肥後守」受領し、元禄頃に薩摩国島津家に招聘され薩摩国へ移住します。新刀期の名工 長曾祢虎徹、和泉守兼重らに私淑したとみえ、類似の作風となります。「肥後守法城寺橘吉次」とも銘を切ります。本作体配は刃長が一尺六寸九分。身幅尋常に、重ね厚く、肉置確りとし、反りがやや浅く、ふくら豊かな中切っ先がやや延び心となる刀姿です。地鉄は良く練られた小板目肌で、地沸付き、細かな地景が交じる精緻に仕立てられた鍛です。刃文はやや湾れ調子の互の目で、匂口深く柔らかで、爛々と明るく冴えます。帽子は乱れの勢いを抑えて直ぐで先小丸へ返ります。茎は生ぶで、勝手下がり鑢がかかり、刀工銘と裏に截断銘が残ります。本刀、法城寺一門 肥後守橘吉次の秀作で、焼刃は新刀期の最上作刀工に匹敵する出来口を示した魅力に富む優刀としてご紹介させていただきます。白鞘、金着二重はばき、保存刀剣鑑定書。

NihontoWatch MonNihontoWatch
MarketEncyclopediaKantei
刀剣›相州伝›法城寺›吉次›Wakizashi [Higo-no-kami Tachibana Yoshitsugu][N.B.T.H.K] Hozon Token
脇差保存
吉次

Wakizashi [Higo-no-kami Tachibana Yoshitsugu][N.B.T.H.K] Hozon Token

在銘 · Hojoji · 寛文 · 長さ 51.3cm · 反り 0.9cm

売却済
吉次 — 1 of 3
吉次 — 2 of 3
吉次 — 3 of 3
1 / 3
1 / 3
吉次 — 1 of 3吉次 — 2 of 3吉次 — 3 of 3
法量・詳細
刀工
吉次
種別
脇差
流派
Hojoji
活動期
1661–1673年頃(Kanbun)
国
常陸
銘
在銘(在銘率 100%)
法量
長さ 51.3cm反り 0.9cm元幅 2.97cm先幅 2.5cm重ね 0.66cm
説明

Stock No:SWA-040123Paper(Certificate): [N.B.T.H.K]Hozon TokenCountry(Kuni)・Period(Jidai): Hitachi-Musashi-Satsuma(Ibaraki-Tokyo-Kagoshima)・Middle Edo period 1688~Blade length(Cutting edge): 51.3cmCurve(SORI): 0.9cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.97cmThickness at the Moto-Kasane: 0.66cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55mSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Saitama【Additional Information】肥後守橘吉次。俗名を根本吉兵衛。生国は常陸国と伝え、武蔵国へ移住し、法城寺国正(KA-120822)門人となります。江戸中期寛文頃に「肥後守」受領し、元禄頃に薩摩国島津家に招聘され薩摩国へ移住します。新刀期の名工 長曾祢虎徹、和泉守兼重らに私淑したとみえ、類似の作風となります。「肥後守法城寺橘吉次」とも銘を切ります。本作体配は刃長が一尺六寸九分。身幅尋常に、重ね厚く、肉置確りとし、反りがやや浅く、ふくら豊かな中切っ先がやや延び心となる刀姿です。地鉄は良く練られた小板目肌で、地沸付き、細かな地景が交じる精緻に仕立てられた鍛です。刃文はやや湾れ調子の互の目で、匂口深く柔らかで、爛々と明るく冴えます。帽子は乱れの勢いを抑えて直ぐで先小丸へ返ります。茎は生ぶで、勝手下がり鑢がかかり、刀工銘と裏に截断銘が残ります。本刀、法城寺一門 肥後守橘吉次の秀作で、焼刃は新刀期の最上作刀工に匹敵する出来口を示した魅力に富む優刀としてご紹介させていただきます。白鞘、金着二重はばき、保存刀剣鑑定書。

作者について

吉次

Hojoji (Edo, Shinto) · 薩摩 · 1661-1673頃

藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%

現在1点販売中

›

延宝六年六月十日、山野勘十郎久英は「肥後守橘吉次」と銘した刀で二ツ胴を切り、その結果を茎に三行の金象嵌で記した。山野の截断銘は吉次にあって稀有であるため、公刊資料はこれを資料として高く評価する。吉次は常陸の人で江戸に上った、法城寺一派の刀工である。法城寺派は相州伝系で本源を但馬に持ち、その江戸の分流を新刀期に担ったのが吉次で、公刊資料は彼を法城寺正弘の門とも、或は法城寺国正の門とも伝える。寛文頃に肥後守を受領し、元禄年間には島津家の抱え工として一時鹿児島で鍛刀し、薩摩鍛冶に少なからず影響を与えた後に江戸へ帰参したという。常陸出身・江戸住は推測ではない。陸奥塩竈神社に遺存する山野久英奉納の平造脇指が、本国常陸で武州江戸に至り五十に半ばした久英が肥後守吉次に作らせた旨を銘し、これを裏付ける。

彼の特色ある作風は、一派中で最も目立つと評される互の目である。作風は「法城寺門下の中でも互の目が最も目立った出来で、数珠刃風のものが多く」[[c:2]]と記され、ある重要刀剣では、小のたれを基調に互の目が連れて交じり足がさかんに入る様を「正に吉次の持味」とする。刃文は小のたれに互の目が数珠刃風に連れ、小互の目を交え、足が太く頻りに入り、匂深く、匂口明るく小沸がよくつく。放胆な作では沸が厚く強くつき荒めの沸を交え、湯走りがかかって処々二重刃風を呈し、総体に細かに砂流しがかかり金筋が入る。帽子は直ぐ、または直刃調に小丸へ返り掃きかけ、焼深く長く返り、一口は表少しくびれて丸く地蔵風となる。銘そのものが見どころの一つで、長銘は指表、目釘孔の下棟寄りに、太鏨で大振りに切る。

鍛えは小板目に杢を交えてよくつみ、鎬地に強く柾がかり、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入る、古色の感ぜられる冴えた地鉄である。その地に刃中の働きが存分に現われ、公刊の評は江戸の互の目の名手に照らして読む。作風は「虎徹や兼重などに似た」[[c:4]]ものとされ、出来の優れたものは「上総介兼重などに迫るもの」[[c:5]]と評され、「一門中でも技術が卓抜している」[[c:6]]と記される。延宝六年の重要刀剣の一口は、常よりも大きく乱れ、沸匂が一際深いとして「迫力ある一口で、抜群の出来映えを示している」[[c:7]]とされ、別の令和の指定は「覇気に満ちた作域」[[c:8]]と評する。

この一様の作域の中に、作風の変化ではなく茎に係る二つの作域が際立つ。第一は銘の作域で、太鏨大振りに切る長銘は肥後守に橘姓または法城寺を冠し、多く「肥後守橘吉次」と読み、鹿児島時代の一群は「薩州住肥後守橘吉次」[[c:9]]と銘して薩摩在勤の証跡を残す。第二は截断銘の作域で、彼の作に目立つ。延宝六年の山野勘十郎久英の金象嵌の二ツ胴の銘、延宝五年の高屋甚太夫の「二つ胴截断」の銘、別の延宝五年の刀の相田団四郎の銘がそれである。公刊資料は山野の銘こそ稀有で、むしろ高屋甚太夫・相田国四郎の名を多く見るとし、ゆえに金象嵌の山野の作例を資料として殊に重んじる。正弘門とも国正門ともいう伝は、資料がそのまま未決の問題として提示する。

資料は彼を対比ではなく、その一派と類似によって位置づける。小のたれに数珠刃風の互の目、匂深く沸厚し、匂口明るく、太鏨大振りの長銘、つんだ小板目に微塵の地沸という自身の本領こそが、彼を法城寺一派中の最も目立つ互の目の工たらしめており、判者が引く類似は上に向かう、すなわち沸づいた互の目の江戸の名手、長曽祢虎徹と上総介兼重に対してであり、その優品はその域に迫るとされる。薩摩での一時期は彼にもう一つの位置を与える。公刊資料は鹿児島の歳月を彼の江戸の作風と後の薩摩鍛冶とを結ぶ記録として読み、常陸出身の法城寺の工が薩摩の記録に残るのはこの影響の故である。延宝五年の刀の一口は「薩摩武士の特別の注文」[[c:11]]によると記され、「新刀には珍らしく反りが高い」[[c:12]]もので、中身と朱色変塗の薩摩拵は元来製作を同じくすると見られる。

藤代の格付は作。指定は重要刀剣六口で、国宝・重要文化財・特別重要刀剣はなく、六口はいずれも刀、五口が在銘、一口が山野の金象嵌截断銘を帯びる。これらの刀に大名家への古い伝来は記録されないが、附帯する拵と関わる試し切り家はそれ自体が記録に残る。延宝五年の高屋甚太夫の刀は、金具を渡辺一誠利信の一作とする幕末の半太刀拵を附帯し、特注の薩摩刀は朱色変塗の薩摩打刀拵を伴う。彼の作はいずれも不可譲の文化財として留め置かれてはおらず、指定作の全てが流通の級にある。とはいえ、在銘の肥後守吉次、わけても截断銘を帯びた一口が市に出るのは折々のことに過ぎず、山野久英の金象嵌の作例は蒐集家が稀に出会う類のもの、刀であると同時に記録であり、力強い互の目に加えてその截断銘ゆえに公刊資料に重んじられている。

歴史的重要度

吉次の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定6口
重要刀剣
6
吉次の作 1点が現在販売中→
吉次 — 詳細Hojoji (Edo, Shinto)派
流派について

法城寺

相州伝 · 但馬

現在20点販売中

›

法城寺は但馬国の地名であり、この派の名はそこに発する。各工の説明書がまず立ち返るのは、南北朝期この地に住んだ薙刀の名手国光であって、国光のことを地名をもって法城寺と呼び習わしたと繰り返し記される。古刀の法城寺はこの国光を源とし、銘鑑に初・二代を挙げて初代を貞治、二代を応永とするが、有銘の太刀・薙刀は伝わらず、その盛名を担う薙刀および薙刀直しはことごとく無銘極めである。古来「相州貞宗の三哲の一人」[[c:1]]に数える伝を、説明書は引くたびに「多くの疑問があり、俄かに賛成出来ない」[[c:2]]「妥当を欠く」と退け、むしろ備前物の影響が強いと結ぶ。新刀期に至り、この但馬の流れを汲む一門が江戸に移って大いに栄えた。その初代を近江守正弘とし、これに直ぐ次ぐ貞国、吉次・正照・永国らの良工を輩出して、寛文・延宝の頃には江戸で最も多くの人数をもった鍛冶集団と呼ばれた。古刀の但馬法城寺と、江戸に分流した新刀の法城寺と、この二つの活動地・時代を一派の両端として読むべきである。 作風は古刀と新刀とで趣を異にする。古刀の無銘極めは、華やかな丁子乱れを焼いて一見備前一文字に見紛うほどでありながら、地刃の沸が一段と強く、大模様の鍛えに地景が入って肌立ち、刃中に金筋・砂流しを頻りにあしらう点で備前から分かたれる。地鉄は板目に大板目・流れ肌を交えて大模様に肌立ち、乱れ映りは鮮明な口少なく淡い口が多く、その淡さこそ但州法城寺の見どころと記される。在銘の短刀は趣を全く異にし、細直刃・中直刃に二重刃を交える手と、小のたれに互の目を交え砂流しさかんにかかる手とに分かれる。これに対し江戸新刀は、各工が一様に直刃を本領とする。正弘は匂深い直刃を得意とし、広直刃に小互の目を連れ、小沸むらなく厚くつき、二重刃をまま交え、地鉄は小板目をよくつめ地沸を微塵に厚くつけてかね明るい。貞国はこれに酷似して互の目を交え砂流しを走らせ、ただ地刃の冴えと匂口の力強さが正弘に僅かに及ばないとされる。吉次は一門中で互の目が最も目立ち、小のたれに数珠刃風の互の目を連ね、覇気に満ちた作域を示す。正照は中直刃に優れ、永国は直刃の焼出しより連なる互の目を一定の軸とする。帽子はおおむね直ぐに小丸へ返り先掃きかけるのを常とし、姿は鎬低く元先の幅差目立ち反り浅く中鋒つまる寛文新刀の体配を、各工がそれぞれの手で読んでいる。 鑑定の勘所は、この古刀と新刀の二つの面にそれぞれ立つ。古刀では、淡い乱れ映りと大模様に肌立つ鍛え、地刃の顕著な働きをもって備前と分かち、無銘極めの薙刀直しと在銘短刀との間に出来口の通うところを見出して一人の工に繋ぐのが眼目である。本間順治はこの手の薙刀直しを初代但州国光とし、無銘物には本阿弥光温・光忠ら代々の極めが付く。新刀では、各工の説明書がそろって長曽祢虎徹に近いことを記し、就中正弘を諸工のうち最も虎徹に近いとして、山野家の截断金象嵌を多く帯びる縁から法城寺一派と虎徹一門の相当近い関係を推す。判者が引く類比はみな上に向かい、貞国・吉次の優品は兼重ら江戸の名手に迫るとされ、その匂深く匂口明るい刃と微塵の地沸が、この一派を共通して支える。主要工の格は、古刀の国光が藤代上々作で重要文化財をも数えるのに対し、新刀の各工は上作ないし作に位し、その指定はおおむね重要刀剣の級にとどまる。伝来は、古刀国光の短刀が秋元家・前田家・徳松ゆかりの名物として伝わるのに対し、新刀の各工は大名家への古い伝来をほとんど記されず、山野家の截断銘がしばしば伝来の名を補う。市に現れるのは新刀の在銘作が折々のことに過ぎず、截断銘を帯びた出来のよい一口は、探すより俟つに値する。 詳しく見る →

11名の刀工指定123口
主要刀工
刀工時代指定
國光1345-135022
正弘1658-167126
貞國1658-16738
吉次1661-16736
正照1684-16885
法城寺流派を見る →

歴史的背景

徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。

江戸時代 →

NBTHK鑑定書
Hozon Tōken保存刀剣
Sword Worthy of Preservation
›

銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
銀
銀座誠友堂
創業 2008年 · 業歴18年
🇯🇵日本から発送
›
✓認証販売店world-seiyudo.com
✓海外発送可✓英語対応銀行振込PayPalクレジットカード
返品ポリシー

No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).

銀座誠友堂の出品一覧を見る→販売店サイトでこの商品を見る→

吉次の他の作

すべて見る →
杉江美術店
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji Yoshitsugu - (銘)肥後守法城寺橘吉次 変塗拵入脇指Wakizashi - Tokuho - by Hojoji Yoshitsugu - (銘)肥後守法城寺橘吉次 変塗拵入脇指

脇差

作吉次
49cm·Kanbun (1661-1673)
¥850,000

法城寺派の作

すべて見る →
成蹊堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji School - 法城寺但馬守橘国正Katana - Tokuho - by Hojoji School - 法城寺但馬守橘国正

刀

作法城寺派
52.8cm·Enpo (1673-1681)
¥650,000
刀剣杉田
重要
Katana - Jūyō - by Hojoji Masahiro - 瀧川近江守橘正弘 法城寺廿三代 (第32回重要刀剣)Katana - Jūyō - by Hojoji Masahiro - 瀧川近江守橘正弘 法城寺廿三代 (第32回重要刀剣)

刀

作正弘
69.8cm·Keicho (1596-1615)
¥5,800,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀:近江守法城寺橘正弘(初代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀:近江守法城寺橘正弘(初代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作正弘
71.21cm·Manji (1658-1661)
¥1,600,000
サムライミュージアム
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji School - 日本刀 刀 銘 正広(特別保存刀剣・保存刀装具鑑定書付)Katana - Tokuho - by Hojoji School - 日本刀 刀 銘 正広(特別保存刀剣・保存刀装具鑑定書付)

刀

作法城寺派
63.8cm·江戸
¥11,003
濃州堂
保存
Katana - Hozon - by Hojoji School - 近江守法城寺橘正弘Katana - Hozon - by Hojoji School - 近江守法城寺橘正弘

刀

作法城寺派
69.9cm·江戸時代前期(宝永頃・1710年頃)
¥1,300,000
銀座長州屋
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀 銘 近江守法城寺橘正弘Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀 銘 近江守法城寺橘正弘

刀

作正弘
70.9cm·Manji (1658-1661)
¥1,500,000
葵美術
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 脇差:近江守法城寺橘正弘(二代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 脇差:近江守法城寺橘正弘(二代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

脇差

作法城寺派
55.7cm·Enpo (1673-1681)
¥600,000
刀心
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 肥後守法城寺橘吉次 3-878Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 肥後守法城寺橘吉次 3-878

脇差

作法城寺派
59.5cm·新刀
¥660,000

相州の伝統

すべて見る →
銀座誠友堂
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Sue-Soshu Masahiro - 脇差[無銘 相州正広]日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣・特別保存刀装具Wakizashi - Tokuho - by Sue-Soshu Masahiro - 脇差[無銘 相州正広]日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣・特別保存刀装具

脇差

作正廣
40.9cm·南北朝
¥2,500,000
つるぎの屋
特重
Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光

刀

作行光
72.2cm·鎌倉
お問い合わせ
永楽堂
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 相州行光 短刀 重要刀剣Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 相州行光 短刀 重要刀剣

短刀

作行光
23.8cm·鎌倉
お問い合わせ
コレクション情報
重要
Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 刀 無銘(伝則重)Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 刀 無銘(伝則重)

刀

作則重
69.4cm·鎌倉
お問い合わせ
銀座長州屋
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀

作則重
18cm·鎌倉
¥6,500,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作義弘
73cm·鎌倉
¥35,000,000
コレクション情報
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)

短刀

作行光
24.4cm·Kagen (1303-1306)
¥6,700,000
Mandarin Mansion
重要
Tachi - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 重要文化財 相州行光Tachi - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 重要文化財 相州行光

太刀

作行光
68.8cm·鎌倉
お問い合わせ

刀剣

  • 刀
  • 脇差
  • 短刀
  • 太刀
  • 薙刀
  • 槍

刀装具

  • 鍔
  • 縁頭
  • 小柄
  • 目貫

甲冑武具

  • 兜
  • 甲冑

鑑定別

  • 特重
  • 重要
  • 特別保存
  • 保存

リソース

  • 刀剣商一覧
  • 刀工一覧
  • 誌上鑑定
  • すべて見る
Nihontowatch© 2026
利用規約プライバシーCookie運営者情報

説明

Stock No:SWA-040123Paper(Certificate): [N.B.T.H.K]Hozon TokenCountry(Kuni)・Period(Jidai): Hitachi-Musashi-Satsuma(Ibaraki-Tokyo-Kagoshima)・Middle Edo period 1688~Blade length(Cutting edge): 51.3cmCurve(SORI): 0.9cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.97cmThickness at the Moto-Kasane: 0.66cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55mSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Saitama【Additional Information】肥後守橘吉次。俗名を根本吉兵衛。生国は常陸国と伝え、武蔵国へ移住し、法城寺国正(KA-120822)門人となります。江戸中期寛文頃に「肥後守」受領し、元禄頃に薩摩国島津家に招聘され薩摩国へ移住します。新刀期の名工 長曾祢虎徹、和泉守兼重らに私淑したとみえ、類似の作風となります。「肥後守法城寺橘吉次」とも銘を切ります。本作体配は刃長が一尺六寸九分。身幅尋常に、重ね厚く、肉置確りとし、反りがやや浅く、ふくら豊かな中切っ先がやや延び心となる刀姿です。地鉄は良く練られた小板目肌で、地沸付き、細かな地景が交じる精緻に仕立てられた鍛です。刃文はやや湾れ調子の互の目で、匂口深く柔らかで、爛々と明るく冴えます。帽子は乱れの勢いを抑えて直ぐで先小丸へ返ります。茎は生ぶで、勝手下がり鑢がかかり、刀工銘と裏に截断銘が残ります。本刀、法城寺一門 肥後守橘吉次の秀作で、焼刃は新刀期の最上作刀工に匹敵する出来口を示した魅力に富む優刀としてご紹介させていただきます。白鞘、金着二重はばき、保存刀剣鑑定書。

NihontoWatch MonNihontoWatch
MarketEncyclopediaKantei
刀剣›相州伝›法城寺›吉次›Wakizashi [Higo-no-kami Tachibana Yoshitsugu][N.B.T.H.K] Hozon Token
脇差保存
吉次

Wakizashi [Higo-no-kami Tachibana Yoshitsugu][N.B.T.H.K] Hozon Token

在銘 · Hojoji · 寛文 · 長さ 51.3cm · 反り 0.9cm

売却済
吉次 — 1 of 3
吉次 — 2 of 3
吉次 — 3 of 3
1 / 3
1 / 3
吉次 — 1 of 3吉次 — 2 of 3吉次 — 3 of 3
法量・詳細
刀工
吉次
種別
脇差
流派
Hojoji
活動期
1661–1673年頃(Kanbun)
国
常陸
銘
在銘(在銘率 100%)
法量
長さ 51.3cm反り 0.9cm元幅 2.97cm先幅 2.5cm重ね 0.66cm
説明

Stock No:SWA-040123Paper(Certificate): [N.B.T.H.K]Hozon TokenCountry(Kuni)・Period(Jidai): Hitachi-Musashi-Satsuma(Ibaraki-Tokyo-Kagoshima)・Middle Edo period 1688~Blade length(Cutting edge): 51.3cmCurve(SORI): 0.9cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.97cmThickness at the Moto-Kasane: 0.66cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55mSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Saitama【Additional Information】肥後守橘吉次。俗名を根本吉兵衛。生国は常陸国と伝え、武蔵国へ移住し、法城寺国正(KA-120822)門人となります。江戸中期寛文頃に「肥後守」受領し、元禄頃に薩摩国島津家に招聘され薩摩国へ移住します。新刀期の名工 長曾祢虎徹、和泉守兼重らに私淑したとみえ、類似の作風となります。「肥後守法城寺橘吉次」とも銘を切ります。本作体配は刃長が一尺六寸九分。身幅尋常に、重ね厚く、肉置確りとし、反りがやや浅く、ふくら豊かな中切っ先がやや延び心となる刀姿です。地鉄は良く練られた小板目肌で、地沸付き、細かな地景が交じる精緻に仕立てられた鍛です。刃文はやや湾れ調子の互の目で、匂口深く柔らかで、爛々と明るく冴えます。帽子は乱れの勢いを抑えて直ぐで先小丸へ返ります。茎は生ぶで、勝手下がり鑢がかかり、刀工銘と裏に截断銘が残ります。本刀、法城寺一門 肥後守橘吉次の秀作で、焼刃は新刀期の最上作刀工に匹敵する出来口を示した魅力に富む優刀としてご紹介させていただきます。白鞘、金着二重はばき、保存刀剣鑑定書。

作者について

吉次

Hojoji (Edo, Shinto) · 薩摩 · 1661-1673頃

藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%

現在1点販売中

›

延宝六年六月十日、山野勘十郎久英は「肥後守橘吉次」と銘した刀で二ツ胴を切り、その結果を茎に三行の金象嵌で記した。山野の截断銘は吉次にあって稀有であるため、公刊資料はこれを資料として高く評価する。吉次は常陸の人で江戸に上った、法城寺一派の刀工である。法城寺派は相州伝系で本源を但馬に持ち、その江戸の分流を新刀期に担ったのが吉次で、公刊資料は彼を法城寺正弘の門とも、或は法城寺国正の門とも伝える。寛文頃に肥後守を受領し、元禄年間には島津家の抱え工として一時鹿児島で鍛刀し、薩摩鍛冶に少なからず影響を与えた後に江戸へ帰参したという。常陸出身・江戸住は推測ではない。陸奥塩竈神社に遺存する山野久英奉納の平造脇指が、本国常陸で武州江戸に至り五十に半ばした久英が肥後守吉次に作らせた旨を銘し、これを裏付ける。

彼の特色ある作風は、一派中で最も目立つと評される互の目である。作風は「法城寺門下の中でも互の目が最も目立った出来で、数珠刃風のものが多く」[[c:2]]と記され、ある重要刀剣では、小のたれを基調に互の目が連れて交じり足がさかんに入る様を「正に吉次の持味」とする。刃文は小のたれに互の目が数珠刃風に連れ、小互の目を交え、足が太く頻りに入り、匂深く、匂口明るく小沸がよくつく。放胆な作では沸が厚く強くつき荒めの沸を交え、湯走りがかかって処々二重刃風を呈し、総体に細かに砂流しがかかり金筋が入る。帽子は直ぐ、または直刃調に小丸へ返り掃きかけ、焼深く長く返り、一口は表少しくびれて丸く地蔵風となる。銘そのものが見どころの一つで、長銘は指表、目釘孔の下棟寄りに、太鏨で大振りに切る。

鍛えは小板目に杢を交えてよくつみ、鎬地に強く柾がかり、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入る、古色の感ぜられる冴えた地鉄である。その地に刃中の働きが存分に現われ、公刊の評は江戸の互の目の名手に照らして読む。作風は「虎徹や兼重などに似た」[[c:4]]ものとされ、出来の優れたものは「上総介兼重などに迫るもの」[[c:5]]と評され、「一門中でも技術が卓抜している」[[c:6]]と記される。延宝六年の重要刀剣の一口は、常よりも大きく乱れ、沸匂が一際深いとして「迫力ある一口で、抜群の出来映えを示している」[[c:7]]とされ、別の令和の指定は「覇気に満ちた作域」[[c:8]]と評する。

この一様の作域の中に、作風の変化ではなく茎に係る二つの作域が際立つ。第一は銘の作域で、太鏨大振りに切る長銘は肥後守に橘姓または法城寺を冠し、多く「肥後守橘吉次」と読み、鹿児島時代の一群は「薩州住肥後守橘吉次」[[c:9]]と銘して薩摩在勤の証跡を残す。第二は截断銘の作域で、彼の作に目立つ。延宝六年の山野勘十郎久英の金象嵌の二ツ胴の銘、延宝五年の高屋甚太夫の「二つ胴截断」の銘、別の延宝五年の刀の相田団四郎の銘がそれである。公刊資料は山野の銘こそ稀有で、むしろ高屋甚太夫・相田国四郎の名を多く見るとし、ゆえに金象嵌の山野の作例を資料として殊に重んじる。正弘門とも国正門ともいう伝は、資料がそのまま未決の問題として提示する。

資料は彼を対比ではなく、その一派と類似によって位置づける。小のたれに数珠刃風の互の目、匂深く沸厚し、匂口明るく、太鏨大振りの長銘、つんだ小板目に微塵の地沸という自身の本領こそが、彼を法城寺一派中の最も目立つ互の目の工たらしめており、判者が引く類似は上に向かう、すなわち沸づいた互の目の江戸の名手、長曽祢虎徹と上総介兼重に対してであり、その優品はその域に迫るとされる。薩摩での一時期は彼にもう一つの位置を与える。公刊資料は鹿児島の歳月を彼の江戸の作風と後の薩摩鍛冶とを結ぶ記録として読み、常陸出身の法城寺の工が薩摩の記録に残るのはこの影響の故である。延宝五年の刀の一口は「薩摩武士の特別の注文」[[c:11]]によると記され、「新刀には珍らしく反りが高い」[[c:12]]もので、中身と朱色変塗の薩摩拵は元来製作を同じくすると見られる。

藤代の格付は作。指定は重要刀剣六口で、国宝・重要文化財・特別重要刀剣はなく、六口はいずれも刀、五口が在銘、一口が山野の金象嵌截断銘を帯びる。これらの刀に大名家への古い伝来は記録されないが、附帯する拵と関わる試し切り家はそれ自体が記録に残る。延宝五年の高屋甚太夫の刀は、金具を渡辺一誠利信の一作とする幕末の半太刀拵を附帯し、特注の薩摩刀は朱色変塗の薩摩打刀拵を伴う。彼の作はいずれも不可譲の文化財として留め置かれてはおらず、指定作の全てが流通の級にある。とはいえ、在銘の肥後守吉次、わけても截断銘を帯びた一口が市に出るのは折々のことに過ぎず、山野久英の金象嵌の作例は蒐集家が稀に出会う類のもの、刀であると同時に記録であり、力強い互の目に加えてその截断銘ゆえに公刊資料に重んじられている。

歴史的重要度

吉次の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定6口
重要刀剣
6
吉次の作 1点が現在販売中→
吉次 — 詳細Hojoji (Edo, Shinto)派
流派について

法城寺

相州伝 · 但馬

現在20点販売中

›

法城寺は但馬国の地名であり、この派の名はそこに発する。各工の説明書がまず立ち返るのは、南北朝期この地に住んだ薙刀の名手国光であって、国光のことを地名をもって法城寺と呼び習わしたと繰り返し記される。古刀の法城寺はこの国光を源とし、銘鑑に初・二代を挙げて初代を貞治、二代を応永とするが、有銘の太刀・薙刀は伝わらず、その盛名を担う薙刀および薙刀直しはことごとく無銘極めである。古来「相州貞宗の三哲の一人」[[c:1]]に数える伝を、説明書は引くたびに「多くの疑問があり、俄かに賛成出来ない」[[c:2]]「妥当を欠く」と退け、むしろ備前物の影響が強いと結ぶ。新刀期に至り、この但馬の流れを汲む一門が江戸に移って大いに栄えた。その初代を近江守正弘とし、これに直ぐ次ぐ貞国、吉次・正照・永国らの良工を輩出して、寛文・延宝の頃には江戸で最も多くの人数をもった鍛冶集団と呼ばれた。古刀の但馬法城寺と、江戸に分流した新刀の法城寺と、この二つの活動地・時代を一派の両端として読むべきである。 作風は古刀と新刀とで趣を異にする。古刀の無銘極めは、華やかな丁子乱れを焼いて一見備前一文字に見紛うほどでありながら、地刃の沸が一段と強く、大模様の鍛えに地景が入って肌立ち、刃中に金筋・砂流しを頻りにあしらう点で備前から分かたれる。地鉄は板目に大板目・流れ肌を交えて大模様に肌立ち、乱れ映りは鮮明な口少なく淡い口が多く、その淡さこそ但州法城寺の見どころと記される。在銘の短刀は趣を全く異にし、細直刃・中直刃に二重刃を交える手と、小のたれに互の目を交え砂流しさかんにかかる手とに分かれる。これに対し江戸新刀は、各工が一様に直刃を本領とする。正弘は匂深い直刃を得意とし、広直刃に小互の目を連れ、小沸むらなく厚くつき、二重刃をまま交え、地鉄は小板目をよくつめ地沸を微塵に厚くつけてかね明るい。貞国はこれに酷似して互の目を交え砂流しを走らせ、ただ地刃の冴えと匂口の力強さが正弘に僅かに及ばないとされる。吉次は一門中で互の目が最も目立ち、小のたれに数珠刃風の互の目を連ね、覇気に満ちた作域を示す。正照は中直刃に優れ、永国は直刃の焼出しより連なる互の目を一定の軸とする。帽子はおおむね直ぐに小丸へ返り先掃きかけるのを常とし、姿は鎬低く元先の幅差目立ち反り浅く中鋒つまる寛文新刀の体配を、各工がそれぞれの手で読んでいる。 鑑定の勘所は、この古刀と新刀の二つの面にそれぞれ立つ。古刀では、淡い乱れ映りと大模様に肌立つ鍛え、地刃の顕著な働きをもって備前と分かち、無銘極めの薙刀直しと在銘短刀との間に出来口の通うところを見出して一人の工に繋ぐのが眼目である。本間順治はこの手の薙刀直しを初代但州国光とし、無銘物には本阿弥光温・光忠ら代々の極めが付く。新刀では、各工の説明書がそろって長曽祢虎徹に近いことを記し、就中正弘を諸工のうち最も虎徹に近いとして、山野家の截断金象嵌を多く帯びる縁から法城寺一派と虎徹一門の相当近い関係を推す。判者が引く類比はみな上に向かい、貞国・吉次の優品は兼重ら江戸の名手に迫るとされ、その匂深く匂口明るい刃と微塵の地沸が、この一派を共通して支える。主要工の格は、古刀の国光が藤代上々作で重要文化財をも数えるのに対し、新刀の各工は上作ないし作に位し、その指定はおおむね重要刀剣の級にとどまる。伝来は、古刀国光の短刀が秋元家・前田家・徳松ゆかりの名物として伝わるのに対し、新刀の各工は大名家への古い伝来をほとんど記されず、山野家の截断銘がしばしば伝来の名を補う。市に現れるのは新刀の在銘作が折々のことに過ぎず、截断銘を帯びた出来のよい一口は、探すより俟つに値する。 詳しく見る →

11名の刀工指定123口
主要刀工
刀工時代指定
國光1345-135022
正弘1658-167126
貞國1658-16738
吉次1661-16736
正照1684-16885
法城寺流派を見る →

歴史的背景

徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。

江戸時代 →

NBTHK鑑定書
Hozon Tōken保存刀剣
Sword Worthy of Preservation
›

銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
銀
銀座誠友堂
創業 2008年 · 業歴18年
🇯🇵日本から発送
›
✓認証販売店world-seiyudo.com
✓海外発送可✓英語対応銀行振込PayPalクレジットカード
返品ポリシー

No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).

銀座誠友堂の出品一覧を見る→販売店サイトでこの商品を見る→

吉次の他の作

すべて見る →
杉江美術店
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji Yoshitsugu - (銘)肥後守法城寺橘吉次 変塗拵入脇指Wakizashi - Tokuho - by Hojoji Yoshitsugu - (銘)肥後守法城寺橘吉次 変塗拵入脇指

脇差

作吉次
49cm·Kanbun (1661-1673)
¥850,000

法城寺派の作

すべて見る →
成蹊堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji School - 法城寺但馬守橘国正Katana - Tokuho - by Hojoji School - 法城寺但馬守橘国正

刀

作法城寺派
52.8cm·Enpo (1673-1681)
¥650,000
刀剣杉田
重要
Katana - Jūyō - by Hojoji Masahiro - 瀧川近江守橘正弘 法城寺廿三代 (第32回重要刀剣)Katana - Jūyō - by Hojoji Masahiro - 瀧川近江守橘正弘 法城寺廿三代 (第32回重要刀剣)

刀

作正弘
69.8cm·Keicho (1596-1615)
¥5,800,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀:近江守法城寺橘正弘(初代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀:近江守法城寺橘正弘(初代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作正弘
71.21cm·Manji (1658-1661)
¥1,600,000
サムライミュージアム
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji School - 日本刀 刀 銘 正広(特別保存刀剣・保存刀装具鑑定書付)Katana - Tokuho - by Hojoji School - 日本刀 刀 銘 正広(特別保存刀剣・保存刀装具鑑定書付)

刀

作法城寺派
63.8cm·江戸
¥11,003
濃州堂
保存
Katana - Hozon - by Hojoji School - 近江守法城寺橘正弘Katana - Hozon - by Hojoji School - 近江守法城寺橘正弘

刀

作法城寺派
69.9cm·江戸時代前期(宝永頃・1710年頃)
¥1,300,000
銀座長州屋
特別保存
Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀 銘 近江守法城寺橘正弘Katana - Tokuho - by Hojoji Masahiro - 刀 銘 近江守法城寺橘正弘

刀

作正弘
70.9cm·Manji (1658-1661)
¥1,500,000
葵美術
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 脇差:近江守法城寺橘正弘(二代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 脇差:近江守法城寺橘正弘(二代)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

脇差

作法城寺派
55.7cm·Enpo (1673-1681)
¥600,000
刀心
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 肥後守法城寺橘吉次 3-878Wakizashi - Tokuho - by Hojoji School - 肥後守法城寺橘吉次 3-878

脇差

作法城寺派
59.5cm·新刀
¥660,000

相州の伝統

すべて見る →
銀座誠友堂
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Sue-Soshu Masahiro - 脇差[無銘 相州正広]日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣・特別保存刀装具Wakizashi - Tokuho - by Sue-Soshu Masahiro - 脇差[無銘 相州正広]日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣・特別保存刀装具

脇差

作正廣
40.9cm·南北朝
¥2,500,000
つるぎの屋
特重
Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光

刀

作行光
72.2cm·鎌倉
お問い合わせ
永楽堂
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 相州行光 短刀 重要刀剣Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 相州行光 短刀 重要刀剣

短刀

作行光
23.8cm·鎌倉
お問い合わせ
コレクション情報
重要
Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 刀 無銘(伝則重)Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 刀 無銘(伝則重)

刀

作則重
69.4cm·鎌倉
お問い合わせ
銀座長州屋
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀

作則重
18cm·鎌倉
¥6,500,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作義弘
73cm·鎌倉
¥35,000,000
コレクション情報
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)

短刀

作行光
24.4cm·Kagen (1303-1306)
¥6,700,000
Mandarin Mansion
重要
Tachi - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 重要文化財 相州行光Tachi - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 重要文化財 相州行光

太刀

作行光
68.8cm·鎌倉
お問い合わせ

刀剣

  • 刀
  • 脇差
  • 短刀
  • 太刀
  • 薙刀
  • 槍

刀装具

  • 鍔
  • 縁頭
  • 小柄
  • 目貫

甲冑武具

  • 兜
  • 甲冑

鑑定別

  • 特重
  • 重要
  • 特別保存
  • 保存

リソース

  • 刀剣商一覧
  • 刀工一覧
  • 誌上鑑定
  • すべて見る
Nihontowatch© 2026
利用規約プライバシーCookie運営者情報
NihontoWatch Mon

NihontoWatch

マーケット
事典
鑑定
NihontoWatch Mon

NihontoWatch

マーケット
事典
鑑定