長州安吉の代替りは、三振の重要刀剣によって知られる。応永年紀の脇指(第十三回、昭和四十年)と、二口の在銘短刀(第四十九回、平成十五年、および第六十一回、平成二十七年)である。説明は、この名の初代を大左の子で筑前から長門に移ったと伝える安吉とし、「その子孫が長州に栄え、これを長州左と称する」と記す。長州安吉と明記した作には永和・応永の年紀のものがあり、「応永年紀のものは作柄・銘振りから明らかに代替りの安吉と鑑せられるものである」とされ、永和年紀の作を初代の晩年作とみるか代替りの作とみるかは今後の研究課題とされる。
この代の基準となるのが年紀のある脇指である。平造、三つ棟、反り僅かにつき、鍛えは板目で刃寄り柾に流れ、地沸がつく。刃文は浅く大きくのたれ、荒目の沸がよくつき、砂流しが頻りにかかり、帽子は棟焼・焼詰めごころとなる。茎の表に「安吉」、裏に年紀と長州住の添銘がある。説明はその作風に左一門の趣を認め、さらに「応永年紀のあるものは他に類がなく、資料的にも極めて貴重である」と述べる。
平成十五年指定の短刀は生ぶ在銘で、太鏨のやや大振りの二字銘をもち、その銘振りが応永年紀の作例に近いことから、南北朝時代末期より応永にかけての安吉と判断されている。身幅広め、寸延び、重ねやや薄い。鍛えは板目に杢・大板目交じり、処々流れて肌立ち、地沸微塵に厚くつき、地景入り、かね色やや黒みがかる。刃文は小のたれに互の目交じり、よく沸づいて荒めの沸をむらに交え、ほつれ、金筋・砂流しがかかる。常の作風に比して鍛えに荒びた風があり、焼刃は大模様となり、沸づきも一層強く、「些か野趣をおびた作域を見せている」。返りを長く焼き下げた帽子が、身幅広く寸の延びた体配と相俟って迫力を加える。
平成二十七年指定の短刀は、代別を定めずに同銘として扱われる九寸台の大柄な作である。説明は長州安吉の常の作風を「作柄は通常、刃沸が弱く匂勝ちの刃文で、刃に近く棒映りを現し、備前気質の混在した感のあるもの」とするが、本作は沸が厚くつき、砂流しが顕著にかかり、匂口明るく冴え、裏の帽子は焼崩れて強く掃きかけ火焔風となる。第三十一回重要刀剣の二字在銘品も同じ様相を示し、長州安吉の一作風として是認されている。説明はここに大左に通じる出来を見て、「覇気の漲った一口である」と結ぶ。
この三振には伝来の記載がなく、指定時の所有者は脇指が茨城県の飯島氏、平成十五年の短刀が福島県の加藤長和氏である。