長州の顕国は、折返銘で「長州住顕国」と切る刀一口によって知られ、昭和十五年二月二十三日に重要美術品に認定された。認定時の所有者は兵庫の木村巳之吉である。説明は「この顕国は銘鑑に長州安吉門、南北朝時代、文和(一三五二~六)頃と伝えられているものに該当するであろう」とし、本間の談として「経眼した長州顕国の作の中で最も古く、出来がよい」と記す。
顕国の名は一工に限らない。後年の説明書は「長州顕国について銘鑑では、左安吉門で、文和頃の刀工をはじめとして、長州安吉の子という応永頃の刀工など、同名六人を挙げている」とし、在銘作は比較的少なく、年紀作には応永、降っては文安などが知られると述べる。
重要美術品の刀は磨上げられながらも身幅広く大切先で、説明は「折返銘ながら身幅広く大切先の豪壮な姿である」と評する。刃長は二尺四寸。鍛えは板目やや肌立ちごころに地景入り、地沸よくつく。刃文は小沸出来の直刃調に浅い湾れ交じり、砂流しかかる。表裏に二筋樋を掻流す。
平成二十九年第六十三回重要刀剣の刀は大磨上無銘で、本阿弥光遜の金粉銘「長州顕国」があり、時代は南北朝末期とされる。鍛えは板目に流れ肌交じり、処々肌立ち、地沸つき、淡く白けて映り風立ち、かな色やや黒味がかる。刃文は中直刃基調に浅くのたれごころを帯び、互の目・小互の目交じり、しきりに足入り、沸よくつき、ほつれ・金筋・砂流しかかる。物打辺に切込み傷が残る。
説明は両者を結びつけ、「同工極めの中でも野趣に富んだ作域を示したものであり、重要美術品認定の折返銘の刀に一脈通じるものがあり、極めは正しく首肯される」とする。とりわけ「刃中よく沸づき、しきりに足入り、総じて砂流しかかるなど、豊富な働きが顕現される点が特筆される」。
二通の説明書を通じて、顕国の作域は肌立ちごころの板目に、沸よくつき砂流しのかかる直刃基調の刃文としてまとまる。文和頃と比定される折返銘の刀がその極めの基準となっている。