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概要·鑑定·栄誉·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定栄誉指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 左
  3. 大左
  4. 左

Sa

左

特重
巻 7, 番 47 · 刀

Sa

左

評価作品74点

享保名物帳正宗十哲
国筑前時代Kenmu (1334–1338)時代区分南北朝流派Sa伝法相州伝代1st師匠Masamune藤代最上作刀工大鑑2,000(上位2%)種別刀工コードSA11
3国宝
7重要文化財
9重要美術品
2御物
21特別重要刀剣32重要刀剣

概要

左は通称を大左・左文字といい、相州伝を九州にもたらした筑前の刀工で、室町時代以来の刀剣書の数えるところ、正宗の門人の一人に列なる。説明書はその茎に切る「左」の一字を左衛門三郎の略と読み、彼を西蓮の孫・実阿の子、すなわち古い九州物の伝統を承けた筑前の刀工の系に置く。その伝統は、説明書が作ごとに繰り返すように「それまでの九州物の作風といえば」地刃の沈んだ鄙びた直刃調のもの、大和から承けた地味な作柄であった。これに対して左は改革者である。祖父・父の作風を大きく塗り替え、「地刃共に澄んで明るく冴える、垢ぬけした乱れ刃の作域を創作」したと評され、筑前物をかつてない上位へと引き上げた。その周りには大きな門葉が生まれ、安吉・行弘・吉貞・国弘・弘安・弘行・貞吉らの門人がそれぞれ師風を南北朝期へ、そして後世の九州刀の歴史へと継いでいる。彼は南北朝前期、元弘・建武の頃に作刀した。

この変化が意味するところは、旧来の九州物が暗く沈んだ地に対し、明るく冴えた地鉄である。地は板目で、小振りの短刀ではよく約み、堂々たる刀では肌立ち、地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入る。説明書は同じ判断を幾度も下す。すなわち地刃ともに澄んで明るく冴え、優れた作では地鉄に白けも黒みもないと説く。その地の上に、のたれを基調に互の目・小互の目を交えた刃を焼き、nieは深くnioiguchiは明るく、足・葉が入り、刃中に細かなkinsujiとsunagashiが引かれる。改革の要を、説明書はその新作風につき「地景や金筋の目立つ乱れ主調の新作風を樹立した」と要約する。

その作を最も確かに示す一点は帽子にある。現存作を通じて、帽子は突き上げて先が尖り、長く掃きかけて返る。「突き上げて先が尖って迫力があり」と説明書は記し、個名を定め難い作においてすら、その力強さと長い返りを挙げる。短刀では地に淡くnie-utsuriが立ち、小板目がよく約み、刃はより穏やかで均整のとれた調子を保つ。身幅広い刀では刃がより豊かとなり、湯走り・飛焼・棟焼を見せ、nieが厚く処々荒め、全体に説明書が繰り返し説く覇気が漲る。働きはまず地と帽子に読まれ、白けのない明るい筑前のji-nieこそ、帽子だけでは決し難い時に同門の相州の工と分かつものである。

その遺例は二つの様相に明瞭に分かれ、その別こそ彼を読む鍵である。在銘作は殆どが小振りの短刀で、平造、反り浅くまたはなく、重ね薄く、ふくら枯れ、細鏨で流麗に表に「左」、裏に「筑州住」と切る。これを説明書は典型作と呼び、ある一口を「左文字の見どころを余すところなく示した典型作」と評し、別の一口を「相州伝上工の実力を遺憾なく発揮した」ものとする。これに対し堂々たる刀は大磨上無銘で、身幅広く元先の幅差少なく、鋒は南北朝に延び、伝左と極められる。第三の一群は一派にのみ極められる。単に左と極めたもの、あるいは朱書の「三木左」を負うものは、しばしば大左本人ではなく左文字一派の広い優秀を意味し、説明書は「個名は特定し得ないまでも」突き上げ尖りごころの帽子を見落としてはならないと注意する。彼を正宗の門に置く旧来の刀剣書の所伝を、説明書は慎重に扱い、その当否になお検討の余地ありとしつつ、改革に及ぼした相州伝の影響は明らかであるとする。

相州の同門との別は、彼らの特色によってではなく、彼自身の地に即して引かれる。明るく冴えた地と突き上げる尖り帽子が彼を分かち、地刃ともに澄み冴えるという繰り返される説明書の判断が、二つの様相を一つの手として束ねる縦糸となる。九州の内ではその対比はさらに鋭く、説明書はそれを彼の重要さの核とする。すなわち、先立つ西蓮・実阿が沈んだ鄙びた直刃を遺したのに対し、左の乱れは伝統全体の向きを変えた明るく垢ぬけた作風であり、門人と後の九州刀工は彼の光のもとに作刀した。記録の許す最も平明な言葉でいえば、彼は相州伝を九州のものたらしめた工である。

その手は藤代の位列で最上作にあたり、指定もその格を裏づける。記録に遺る作のうちには四口の国宝があり、筆頭は「江雪左文字」、すなわち現存する唯一の在銘の太刀である江雪左文字で、ほかに七口の重要文化財、二十一口の特別重要刀剣があり、指定を受けた作はおよそ七十七口を数える。名物は大名家を貫く。浅野家の家来大西半大夫に名号の由来する大西左文字、上杉景勝が長く秘した「弾正左文字」、尾張徳川家に伝来して同家の最も格の高い刀の一つに列なった一口、仙台の伊達家、姫路の酒井家、柳川の立花家、牧野家、白河の松平家に伝えられた数々があり、ある一口は太閤秀吉その人の手を経ている。私蔵を望む者にとって、その位置はこの歴史から従う。国宝・重要文化財は売買されるものではなく、公けと旧家に守られた遺産である。残る特別重要刀剣・重要刀剣、記録された層でおよそ五十口は、最も稀な鎌倉の名よりは見出しやすいが、在銘の短刀や確かに伝左と極められた刀が市に現れるのは稀で、現れた時にはその蒐集の一里塚となる。

鑑定

一人の九州相州伝の二様相。小振りの在銘ふくら枯れ短刀と、堂々たる大磨上無銘の伝左の刀を、地景豊かな板目に明るい沸ののたれ・互の目と突き上げ尖る帽子が貫く。

大左は通称を左・左文字といい、相州伝を九州にもたらした筑前の名手で、正宗の門人の一人に数えられる。説明書は血統上、西蓮の孫・実阿の子とし、「左」の一字を左衛門三郎の略と伝える。祖父・父の九州物が地刃の沈んだ鄙びた直刃であったのに対し、彼はこれを大きく塗り替え、地景・金筋の目立つ明るく冴えた乱れの新作風を樹立して筑前物を一躍上位へ引き上げ、安吉・行弘・吉貞・国弘ら多くの門人を育てた。その遺例は二つの様相に分かれる。すなわち、ふくらの枯れた小振りの在銘短刀(細鏨流麗に「左」または「左/筑州住」と切る、典型的な遺作)と、堂々たる身幅広い大磨上無銘の刀(伝左の極め)である。在銘の太刀は国宝『江雪左文字』ただ一口を数えるのみである。両様相を貫いて、明るく沸深いのたれ・互の目に金筋・砂流しを烈しく交え、地景豊かな板目に焼き、何より帽子が突き上げて尖り長く掃きかけて返る点が、最大の見どころとなる。

鑑定の決め手

作品の76%

作品の73%

作品の78%

明るく沸深いのたれに互の目を交えるのが短刀・刀を通じた刃の基調で、金筋・砂流しを伴う

作風の変遷

在銘短刀(典型的な遺作)

在銘の様相:細鏨で「左/筑州住」と切る小振りのふくら枯れ短刀、典型的な在銘作

在銘作は殆どが小振りの短刀で、平造、反り浅くまたはなく、重ね薄く、ふくら枯れ、細鏨で表に「左」、裏に「筑州住」と切る。鍛えはよく約んだ小板目に地沸微塵に厚くつき、地景頻りに入り、地に淡く沸映りが立つ。のたれを基調に小互の目・互の目を交え、足・葉入り、沸深く匂口明るく冴え、細かに金筋・砂流しがかかる。帽子は突き上げて尖り、さかんに掃きかけて長く返り、説明書がこの工の典型作・真骨頂と呼ぶ作域である。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

大磨上無銘の刀(伝左)

無銘の様相:伝左・無銘左文字と極められた身幅広い大磨上の刀、より華やかで力強い作域

極めの刀は大磨上無銘で、身幅広く元先の幅差が少なく、中鋒延びごころから大鋒に至る南北朝の体配を示す。板目は肌立ち、流れ肌を交え、地沸厚く地景豊かに入り、地鉄は白けや黒みがなく明るく冴える。刃文はのたれ・互の目に尖り刃を交え、時に大互の目を交え、足・葉よく入り、沸厚く処々荒め、湯走り・飛焼・棟焼を見せ、金筋・砂流しが目立ち、説明書が繰り返し説く覇気が漲る。帽子は直ぐ調にさかんに掃きかけ、時に火焰風となり、先尖りごころに返り、優れた作では横手上を高く焼いて『江雪左文字』の帽子に通じる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

一派極め(伝左・左文字一派)

確証はやや弱い

第三の一群は、大左その人には帰し難いまま左の名で極められたものである。説明書は、大磨上無銘で単に左と極めたもの、あるいは朱書の「三木左」が、しばしば大左本人ではなく左文字一派の佳作・優作を意味し、個名は特定し得ないと注意する。これらは一派の特色、すなわち明るく冴えた地鉄と突き上げ尖る帽子を共有するが、明確に大左から一段引いて中位の確度に置かれる。個名を定め難い場合にも、突き上げ尖りごころの帽子が見落としてはならない一派の見どころとされる。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

相州の同門との別は、突き上げ尖る帽子と、白けも黒みもない明るく冴えた筑前の地沸による。

室町時代以来の刀剣書は彼を正宗門人の一人とし、説明書はその当否になお検討の余地ありとしつつ、旧来の九州物の作風を打破した点に相州伝の影響が明らかであるとする。

栄誉

享保名物帳Kyōhō Meibutsu Chō (Catalog of Celebrated Blades)

名物9・焼失2(計11口)

享保4年(1719年)、本阿弥家が八代将軍徳川吉宗に献上した名物刀剣の台帳。平安〜南北朝の刀剣約274口(現存168口+焼失約80口+追記約26口)を刀工別に収載し、号の由来・寸法・代付・伝来を記す。本栄誉は名物帳に作品が所載される刀工に付与され、詳細欄には刊行集計による口数(正確な場合)または所載名物の号を記す。

正宗十哲Masamune Juttetsu (Ten Brilliant Students of Masamune)

古来正宗十哲の一人

正宗十哲 ― 幕末の『刀剣正纂』(文久2年・1862)に初出する後世の括りで、同書自体が「後人ノ憶説ナレバ、今取ラズ」と注記する。兼光・長義・金重・直綱は年代的に直弟子とは考え難く、則重は新藤五国光門下の相弟子とするのが通説。しかしNBTHK説明には頻繁に言及され、鑑定用語として定着している。名簿には異同があり(直綱に代えて貞宗を数える説、金剛兵衛盛高を来国次または直綱に代える説)、本栄誉は標準的な十工に付す。

指定

国宝3
重要文化財7
重要美術品9
御物2
特別重要刀剣21
重要刀剣32

名工ランク

1.30 (指定作品74点)

刀工の上位1%

伝来

伝来記録69件 の鑑定作品における Sa

伝来ランク

名家所蔵39点、伝来記録69件

刀工の上位1%

素点:4.34 / 10

刀姿

評価作品74点の分布

銘

評価作品74点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Masamune
Sa
弟子(12名)
  1. 1.安吉Yasuyoshi1 販売中45指定
  2. 2.國弘Kunihiro51指定
  3. 3.吉貞Yoshisada48指定
  4. 4.弘安Hiroyasu24指定
  5. 5.弘行Hiroyuki33指定
  6. 6.行弘Yukihiro11指定
  7. 7.貞吉Sadayoshi23指定
  8. 8.定行Sadayuki1 販売中3指定
  9. 9.吉弘Yoshihiro4指定
  10. 10.弘吉Hiroyoshi2指定
  11. 11.左Sa
  12. 12.安行Yasuyuki1指定

Sa派

Sa派の他の刀工

  1. 1.安吉Yasuyoshi1 販売中45指定
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  3. 3.吉貞Yoshisada48指定
  4. 4.弘安Hiroyasu24指定
  5. 5.弘行Hiroyuki33指定
  6. 6.行弘Yukihiro11指定
  7. 7.貞吉Sadayoshi23指定
  8. 8.定行Sadayuki1 販売中3指定
  9. 9.吉弘Yoshihiro4指定
  10. 10.行末Yukisue1指定
  11. 11.國忠Kunitada1指定
  12. 12.貞國Sadakuni1指定