NihontoWatch MonNihontoWatchBETA
MarketEncyclopedia
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケット
事典
概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 青江
  3. 中青江
  4. 爲次

Aoe Tametsugu

爲次

重要
巻 24, 番 279 · 太刀

Aoe Tametsugu

爲次

評価作品6点

国備中時代Kangen (1243–1247)時代区分鎌倉流派Aoe伝法備前伝代2nd藤代Jo-jo saku刀工大鑑2,000(上位2%)種別刀工コードTAM152
1国宝
3重要美術品
2重要刀剣

概要

為次は鎌倉時代初期の備中古青江の刀工であり、その名は一伝統を通じての名物の一つを負う。すなわち吉川家伝来の国宝、号「狐ヶ崎」の太刀の作者である。説明書が初期の備中の作風を語るとき、後世の名高い相に青江本流が落ち着く以前の、この国の地鉄を示す工として本工を挙げる。記録は本工をほぼ同時代の古備前の工に近く置き、「銘鑑」は守次の子にして承元の頃に活躍したと伝え、現存作は平安末期から鎌倉初期を下らぬものである。平青江や鎌倉中期の偉大な青江をなお前に控え、一派をそもそも鑑し得る最初の手の一人として立つ。

鑑せられる作は細身の在銘太刀で、二字銘を佩裏に切り生ぶ茎を留めるものが数口あり、腰反り高く踏張り強く、小鋒ないし中切先となり、一口は古い太刀の雉子股茎を残す。手の見どころは地鉄である。板目に杢を交えやや肌立って地沸つく地に、説明書は青江の地鉄たる縮緬肌の地斑、澄んだ澄肌の交じり、静かな映りごころを見いだす。二口以上の作で記述はほとんど一字一句に重なり、鍛えが縮緬肌となり澄肌を交え地面に映りの気配が立つとし、刃文ではなくこの縮緬の澄んだ地鉄こそ、判者が本工の作に一派の徴として挙げるところである。

その地鉄の上で刃は二つに分かれ、その分かれこそ記録の背骨である。最も古い一口、説明書が一群の中で最も古く狐ヶ崎に最も近いとするものは、意図して穏やかな手をまとう。小沸の直刃に小乱れを交え、足が入り、姉妹の一口では匂口が総じて沈みごころとなり、帽子は大筋違に鑢を施した茎の上で直ぐに小丸となる。後年の一群は、銘が大振りに切られる故に国宝の後に置かれ、身幅広く刃中はより覇気を増す。沸出来の小乱れに丁子を集め、ある重要刀剣では処々直刃を基調に足よく入り、刃中よく沸づいてほつれ・砂流し・金筋がかかり、ある重要美術品では中ほどやや大乱れに広がる。説明書はこの作域を覇気ありとし、帽子はそこでは小丸でなく先焼詰めに結ぶ。

本工をめぐる中心の問いは、説明書が閉じることを拒むもので、いかなる単一の特徴よりも面白い。三口の重要美術品の太刀を併せ見るに、判者はいずれも古青江としながら「同作とはにわかに断じ難く」と記し、就中最も古いものすら「これが国宝で名高い狐ヶ崎為次と同作とは決し難い」とする。銘振りは作ごとに異なり、作風は初期の穏やかな直刃から後年のより華やかな小乱れへと移ろう。一人の工が生涯を通じて変じたのか、数工が名を共にしたのかは、まさに機関自身の言葉で今後の研究に委ねられ、それゆえに生ぶ有銘の作が一派の資料として尊ばれる。

本工を分かつものは、いずれの隣人ともこの取り合わせでは共有されない。同時代の古備前の素朴な板目に対して、本工は澄肌と映りごころを交えた縮緬肌の地であり、青江本流が後に徴とする華やかな丁子乱れに対して、その最初の手は穏やかな直刃である。説明書はまさにこの二点から本工の作を首肯し、「地刃に古青江派の特色がよくあらわれ」、「古雅な作風は鎌倉初期を下らぬもの」と記す。要するに本工は古き備中の地鉄と初期の刃の静けさによって鑑せられ、始まりにある一派をとらえる。

収集の観点では、何よりまず国宝の作者であり、それが条件を定める。藤代の極めは上々作。狐ヶ崎、吉川家に長く伝わり今は吉川史料館に蔵される号の太刀は、伝えられた文化財であって商われるものではなく、説明書はこれを正治二年を遡る刀とする。これを別とすれば記録は小さく、多くは秘蔵される。在銘の太刀は戦前の重要美術品に及び、現代の重要刀剣は僅かに二口、一口は岩崎小弥太を経て静嘉堂文庫に、一口は二宮孝順を経て佐野美術館に、いま一口はかつて松本健次郎の有に帰した。一口の封ぜられた国宝と僅かな指定作を記録に持つのみであれば、所在の知れる在銘の古青江為次に出会うことは稀であり、私蔵の一口は、初期作を愛する収集家にとって、備中の一派いかに始まったかを語る、最も記憶に残るものの一つであろう。

鑑定

古青江の在銘の手を、説明書が今なお一人の工に結びつけ難いとする少数の太刀に見る:初期の細身生ぶ茎太刀に見る小沸の穏やかな直刃と小乱れ、縮緬肌・澄肌の地鉄と、やや時代の下るより身幅広い太刀に見る沸出来の小乱れに丁子を交え大乱れに広がる刃。国宝「狐ヶ崎」をめぐる未決の問いに終始枠取られる

為次は備中古青江の刀工で、鎌倉時代初期に活躍し、一派の鑑定上の中心的な難問の一つである。本工は吉川家伝来の国宝、号「狐ヶ崎」の名高い太刀の作者であるが、説明書は、他の在銘の為次がこれと同工と断じ難い旨を繰り返し説く。鑑せられる作は細身の在銘太刀で、二字銘を佩裏に切り生ぶ茎を留めるものが数口あり、腰反り高く踏張りつき、小鋒ないし中切先となる。板目に杢を交えやや肌立って地沸つき、説明書が縮緬肌と称する地斑、澄肌の交じり、映りごころのある地鉄の上に、小沸の穏やかな直刃に小乱れを交えた刃、あるいは沸出来の小乱れに丁子を交え中ほどやや大乱れに広がる覇気ある刃を焼く。帽子は直ぐに小丸、あるいは先焼詰めとなり、茎の鑢目は大筋違である。説明書はこれらを地刃から鎌倉初期を下らぬ古青江の作と首肯し資料的にも貴重とするが、銘振りは作ごとに異なり一派の年代はなお研究に委ねられるとする。

鑑定の決め手

古備前の基準(縮緬の地斑なし)にはない特徴

備前系の基準(澄肌を見ず)にはない特徴

備前の基準(勝手下り・切りの鑢目)にはない特徴

作風の変遷

初期の生ぶ茎太刀(穏やかな直刃・古雅な面)

最も古い記録、説明書が一群の中で最も古く狐ヶ崎に最も近いとするものは、細身の生ぶ茎太刀である。生ぶの雉子股茎を留め、腰反り高く踏張り強く、細身で小鋒に結ぶ。地鉄はやや肌立つ板目で、説明書の称する縮緬肌となり、澄肌を交え、映りごころがある。その地に対して刃は意図して穏やかで、小沸の直刃に小乱れを交え、足が入る。いま一口の生ぶ茎太刀は同じ抑えた作域を延べ、刃文は直刃調に僅かな小乱れと小互の目ごころを交え、匂口を小沸で敷いて総じて沈みごころとなり、帽子は直ぐに小丸、鑢目は大筋違、二字銘を佩裏に切る。説明書はこの為次を承元頃に活躍した守次の子と伝え、地刃を鎌倉初期を下らぬ古青江と首肯し、生ぶ有銘の太刀を資料的に貴重とする。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

やや下る身幅広い太刀(沸出来の小乱れに丁子)

説明書は第二の一群をやや時代の下るものとし、銘は狐ヶ崎より大振りに切られるとする。これらの太刀はやや身幅広く中切先となり、一口は僅かに磨上げながら腰反り高きを留め、他は大磨上ながらなお二字銘を存する。地鉄は再び板目に杢を交え、やや肌立って地沸よくつき、澄肌風の地斑を交え、縮緬肌と映りごころがある。その地に対して刃はより覇気を増し、沸出来の小乱れに丁子を交えて働き多く、一口は処々直刃を基調に足よく入り、刃中よく沸づいてほつれ・砂流し・金筋がかかり、他は中ほどやや大乱れに広がる。帽子は直ぐに先焼詰める。説明書はこの作域を覇気ありとし、地刃を鎌倉初期を下らぬ古青江と首肯し、銘の大振りを狐ヶ崎の後に置く拠り所とする。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は、複数の在銘の為次を一人の工に結びつけ難いと明言する。三口の重要美術品の太刀を併せ見るに、いずれも古青江ながら同作とにわかに断じ難く、就中重美番号七三七番が最も古いが、これすら国宝で名高い狐ヶ崎為次と同作とは決し難いとする。「銘鑑」はこの為次を承元頃に活躍した守次の子と記す。

年代について説明書は、後年の一群の銘の大振りをこれが狐ヶ崎の後と見る拠り所とし、狐ヶ崎を正治二年を遡るものとみる。作風の古雅な性格は鎌倉初期を下らぬものとされ、生ぶ有銘であるがゆえに在銘作は一派の資料として尊ばれる。

指定

国宝1
重要文化財—
重要美術品3
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣2

名工ランク

0.24 (指定作品6点)

刀工の上位10%

伝来

伝来記録8件 の鑑定作品における Tametsugu

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録8件

刀工の上位48%

素点:1.99 / 10

刀姿

評価作品6点の分布

銘

評価作品6点の銘の種類

販売中

Aoe派

Aoe派の他の刀工

  1. 1.次直Tsugunao27指定
  2. 2.康次Yasutsugu11指定
  3. 3.直次Naotsugu15指定
  4. 4.恒次Tsunetsugu13指定
  5. 5.包次Kanetsugu9指定
  6. 6.吉次Yoshitsugu1 販売中17指定
  7. 7.助次Suketsugu15指定
  8. 8.守次Moritsugu9指定
  9. 9.正恒Masatsune16指定
  10. 10.俊次Toshitsugu6指定
  11. 11.守利Moritoshi9指定
  12. 12.次吉Tsuguyoshi16指定