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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 青江
  3. 古青江
  4. 延次

延次

Ko-Aoe Nobutsugu

特重
巻 14, 番 28 · 太刀

延次

Ko-Aoe Nobutsugu

評価作品3点

国備中時代Kenei (1206–1207)時代区分鎌倉流派青江>古青江伝法備前伝刀工大鑑1,500(上位5%)種別刀工コードNOB92
2重要美術品
1特別重要刀剣

概要

備中国古青江延次、これが特別重要刀剣の太刀がこの工に与える名で、説明書は本工を一派の初めに据える。すなわち初代延次とし、古青江守次の子と伝え、その名跡は鎌倉後期まで続いたとする。延次は備中の青江派に属する。十一世紀初頭の往来物『新猿楽記』が諸国の名産の中に「備中ノ刀」を挙げてより約二世紀の後に現れ、高梁川下流域の青江・万寿を中心に活躍した刀工群である。同派のうち鎌倉中期を下らぬものを古青江と汎称し、本工の作はこの最も古い層に読まれる。ただし世代の問題が伴う。銘鑑には鎌倉時代初期より延次を名乗る数工が記され、作群は一派の別ではなく年代によって分けられる。

確かな手は在銘の太刀で、細身に腰反り高く踏張りつき、鋒は小さく、改変の少ない作では茎が生ぶの雉子股となる。本工を見分ける手は、まず地鉄に現れる。よくつんだ小板目に地沸細かく地景入り、総体に肌目が立って一派の縮緬肌風となる。説明書は「総体に肌目が立って縮緬肌風となる」と記す。地には淡い澄肌が現われ地斑を交じえ、乱れ映りが立つ。この澄肌と映りこそ、その地を平らな備前の太刀から分かち青江に結びつける見処である。これに直刃調の刃を浅くのたれて焼き、小互の目・小丁子を交え小足がよく入る。匂口は締まりごころに明るく冴え、帽子は先小丸に返る。説明書はその明るく冴える匂口を出来の見事な点とし、特別重要の太刀について「匂口の明るく冴える様は見事」と評する。

作域は古青江の静かな一面で、そこに本工の本領がある。これは直刃調の作風であって、後代南北朝の青江が向かう逆がかった互の目の華やかさではなく、小丁子・小互の目は直刃の地の上に働きとして乗る。見どころは刃の静けさと地の賑わいの対にある。肌の立った鍛え、縮緬の地、所々の澄肌、淡く全体に敷く乱れ映り。説明書はこの全体を、一派がその祖の一人を通じて率直に語るものとして読み、特別重要の太刀を「地刃に一派の特色をよく示して出来がすぐれ」、重要の太刀を「地刃に古青江派の特色をよく示し」と記す。本工の太刀を備前の直刃の太刀から分かつのは、共有する刃文ではなく、その下の地鉄にほかならない。

作群は年代で截然と分かれ、その別は説明書自らが引くものである。戦前の重要美術品二口の一は、ほぼ生ぶの雉子股茎に腰反り高く踏張りつき、「淡い澄肌現われ、地斑交じり、乱映り立つ」地刃を示し、姿と地刃の作風から鎌倉前期に遡らせて読まれる。今一口は鎌倉中期、文永(一二六四〜七四)頃に充てられ、その説明は「延次は銘鑑では鎌倉時代初期より同銘数工存在する」と起こして、本作を後代の延次に置く。この太刀は細身小切先の姿を保ち、よくつんだ小板目に地沸細かく映りごころがあり、刃文は互の目出来が直刃に納まって小足が入る。銘そのものも見分けの一部をなす。二字銘を佩裏の茎尻近くに、細鏨ながらやや大振りに、大筋違の鑢目の上に切る。説明書は古青江では延次に限らず「佩裏に銘をきるのが一般」で大筋違の鑢目も見のがし得ぬ点とし、特別重要の太刀については「銘字の書風は重要美術品認定のものと全く同調」と記す。

本工の格は、好敵手によってより、自ら開く一派によって計るのがよい。青江の工は十一世紀以来鉄で名高い国の系を継ぐ者であり、延次は古青江の系図の頂に守次の子として立ち、名跡は線を辿って鎌倉後期に及ぶ。説明書は在銘の延次太刀が同派の中では比較的多く現存すると記すから、鑑賞家にとっての難しさは真贋よりむしろ世代、ある在銘の一口を名跡の流れの中で早いか遅いかに置くことにある。その記録を通じて本工自身のものとして繰り返されるのは一貫している。澄肌と淡い映りを伴う縮緬の地、静かな直刃の上の明るく締まった匂口、大筋違の上の佩裏二字銘。これらは大なる同時代の工から借りたものではなく、源においての古青江そのものであって、一派への無銘極めもまさにこの組合せに拠る。

藤代の格付けはなく、刀工大鑑は本工の作を中位に評する。指定を受けた作は三口が公の記録に立つ。国宝も重要文化財もない。最も古いのは戦前の重要美術品の太刀二口で、その一は「光山押形」「今村押形」に所載され、近衛文麿の蔵を経て現在京都の陽明文庫に収まり、今一は認定時に兵庫の瀬戸保太郎が所持した。これらの上に、同一の刀身に重要刀剣の記録を併せ持つ特別重要刀剣の太刀一口が立ち、かつて山形にあった。延次は古青江の工として鎌倉の大名跡ほど遠くはないが、なお稀な存在である。在銘の太刀は時折、忍耐の末に姿を見せ、その多くは名の二字のみを留めるゆえ、世代を定める仕事は縮緬の地と明るい直刃を読む眼に委ねられる。陽明文庫の太刀が伝えるような確かな伝来を備え、来歴と共に伝えられ銘字を以て認定された一口は、その中でも最も稀で、出会えば一個の画期である。

鑑定

在銘太刀に通じる一派の古青江の作域を、年代で鎌倉前期の本位(生ぶの腰反姿、地に澄肌・乱れ映り)と鎌倉中期文永の世代に読み分ける。銘鑑の数工の延次に説明書自らが引く年代の別による

延次は備中古青江の刀工で、十一世紀以来鉄の名産地として知られた吉備国の高梁川下流域、青江・万寿を中心に活躍した青江派初期の一手である。説明書は本工を初代延次とし、古青江守次の子と伝え、名跡は鎌倉後期まで続いたとする。銘鑑には延次を名乗る数工があり、世代の問題が作群に懸かる。確かな手は佩裏の茎尻近くに細鏨やや大振りの二字銘を切る在銘太刀で、よくつんだ小板目が一派の縮緬肌風となり、澄肌・地斑・乱れ映りを交え、直刃調に浅くのたれて小互の目・小丁子を交え小足が入り、匂口締まりごころに明るく冴える。戦前の重要美術品二口は年代を分かち、一口は生ぶ茎雉子股で鎌倉前期に遡り、一口は鎌倉中期文永頃に充てられる。これは説明書自らが引く年代の別である。

鑑定の決め手

作品の50%

作品の50%

作品の100%

作品の100%

作風の変遷

鎌倉前期の古青江太刀(本位の手)

確かな手は在銘太刀で、細身に腰反つき踏張りのある小切先の姿、改変の少ない作では茎が生ぶの雉子股となる。地鉄はよくつんだ小板目に地沸細かく地景入り、肌目が立って一派の縮緬肌風となる。淡い澄肌が現われ地斑を交じえ、乱れ映りが立つ。刃文は直刃調に浅くのたれ、小互の目・小丁子を交え小足よく入り、匂口締まりごころに明るく冴え、帽子は先小丸に返る。説明書はその明るく冴える匂口を出来の見事な点とし、姿と地刃を鎌倉前期に遡らせて読む。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

鎌倉中期文永の世代

確証はやや弱い

説明書は本位の手とは別に今一つの延次を分かつ。銘鑑には同銘数工があり、一口は鎌倉中期、文永(一二六四〜七四)頃と伝える。細身小切先の一派の姿を保ち、よくつんだ小板目に地沸細かく、映りごころがある。刃文は互の目出来が多少小沸づいた直刃に納まり、小足が入る。これは別人の手というより名跡の世代に拠る区別で、説明書は鎌倉前期の本位に対する後の世代として記す。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
研究

特別重要刀剣の太刀について説明書は、小板目が縮緬肌風となり澄肌・大肌を交え、直刃調に浅くのたれて小互の目・小丁子を交え、匂口締まりごころに明るく冴えると読み、銘字の書風が重要美術品認定のものと全く同調すると記す。

銘鑑には鎌倉初期以来延次を名乗る数工があり、説明書は重要美術品の一太刀を生ぶ茎雉子股・澄肌・乱れ映りから鎌倉前期に遡らせ、今一口を鎌倉中期文永頃に充てる。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品2
御物—
特別重要刀剣1
重要刀剣—

名工ランク

0.10 (指定作品3点)

刀工の上位18%

伝来

伝来記録3件 の鑑定作品における 延次

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録3件

刀工の上位61%

素点:1.94 / 10

刀姿

評価作品3点の分布

銘

評価作品3点の銘の種類

販売中

系譜

延次
弟子
  1. 1.延次Nobutsugu

古青江派

古青江派の他の刀工

  1. 1.康次Yasutsugu11指定
  2. 2.恒次Tsunetsugu13指定
  3. 3.包次Kanetsugu9指定
  4. 4.助次Suketsugu1 販売中15指定
  5. 5.守利Moritoshi10指定
  6. 6.正恒Masatsune16指定
  7. 7.爲次Tametsugu6指定
  8. 8.俊次Toshitsugu6指定
  9. 9.貞次Sadatsugu5指定
  10. 10.次忠Tsugutada6指定
  11. 11.守次Moritsugu5指定
  12. 12.重次Shigetsugu5指定

延次

延次(Nobutsugu)は、備中の古青江派の刀工です。

Kenei (1206-1207)に活動しました。

作風は備前伝に属します。

延次の作品には、特別重要1点が指定されています。