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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 肥前忠吉
  3. 忠吉

Hizen Tadayoshi

忠吉

特重
巻 8, 番 36 · 刀

Hizen Tadayoshi

忠吉

評価作品125点

国肥前時代Keicho (1596–1615)時代区分江戸流派Hizen Tadayoshi伝法Shinto代1st師匠Myoju藤代最上作刀工大鑑1,500(上位5%)種別刀工コードTAD286
1重要文化財
5重要美術品
3御物
9特別重要刀剣107重要刀剣

概要

肥前初代忠吉は、説明によれば橋本新左衛門と称し、肥前鍋島家の抱え工であった。慶長元年(一五九六)藩命により彫工宗長と共に上洛して埋忠明寿の門に入り、忠吉は鍛刀を、宗長は彫技を学んだ。同三年(一五九八)帰国して佐賀城下に住し、藩の庇護のもとに一門大いに栄えた。年紀は慶長五年(一六〇〇)八月のものに始まり、歿年寛永九年(一六三二)八月の作に及び、説明はその間を三十二年の長きにわたるものと記す。元和十年(一六二四)再度上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠吉から忠広に改め、同時に氏を源から藤原に改めた。彼は肥前刀の祖であり、鍋島家の庇護のもとに築いた一派は九州刀工の本流となった。

本領は、肥前刀の地鉄に焼いた明るく締まった直刃である。説明はこれを率直に記す。「得意とする直刃の作は小板目のよくつんだいわゆる米糠肌と呼ばれる独得な地鉄に直刃を焼いて来一門の作を狙ったものの様にも思わ」れる、と。刃文は浅くのたれを帯びた中直刃または広直刃で、時に小互の目を交え、小足・葉が入り、匂深く小沸が細かについて締まり明るく冴える。ただし同じ説明は、これが狙った本歌たる来一門とは分かれると説く。匂口がより締まって明るく、地に細かな地景がよく入り、鍛えは「むしろ来一派のものよりも覇気があり」という。刃と地鉄が相俟って鑑定の眼目をなす。

その地鉄こそ眼目である。鍛えはよく約んだ小板目、時に杢目を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに頻りに入り、かね冴える。説明はこれを彼の手に特有の見どころとして名指し、肌が「特有の米糠肌」状を呈すると記す。すなわち他派の出さない、細かく明るい米糠状の肌である。その上に帽子は直ぐに小丸へ静かに返る、肥前刀本来の帽子である。この組合せ、明るく冴えた小糠肌の上に締まった直刃を焼くことこそ、説明が繰り返し祖の本領として立ち返るところであり、その直刃を一派の筆頭に据える所以である。

初期の作は別であり、説明はこれを写し物の一類と読む。その定型句はほぼ同文で諸作に繰り返される。「彼の初期の作風は、様々な写し物があって多岐にわたっている」とし、直江志津・古作大和物・来一門・鎌倉名工を挙げる。直江志津を狙っては小のたれに小互の目を交え、小足が入り砂流しがかかり、匂口やや締まる作で、これは師明寿が最も得意とした小のたれを継承したものであり、「世に直江志津写しと称せられるものである」と説く。古作大和物を狙っては板目が大きく刃寄りに流れ、喰違刃・二重刃を交え、ほつれ・砂流しがかかり、帽子までも掃きかけて、ある作を説明は「忠吉中最も古雅な作風を示して味わいが深い」と評す。掃きかけの帽子は、肥前刀の帽子が直ぐに小丸へ返るという通則の例外である。さらに鎌倉の短刀名工、就中来国光に私淑し、時に備前景光をも写して、鍋島家伝来の景光の片切刃短刀の写しを遺す。

一代を貫く軸は銘そのもので、説明はこれを時期により三様に大別する。「肥前国忠吉」と五字に切る五字忠吉銘、「肥前国住人忠吉作」と八字に切る住人銘、そして元和十年(一六二四)武蔵大掾受領後の「武蔵大掾忠広」銘であり、この改名は同一の手の変遷であって別人ではない。受領を冠さず「肥前国住藤原忠広」とのみ切るものは献上銘で、家に納める作に受領銘を不要とした鍋島家の注文による。忠吉銘時代に少なくなかった切刃造の作は、忠広銘では稀になると説明は記す。銘は指裏に切り、これを忠吉並びにその門流の通例とする。在銘は一二九口中一二五口に及び、銘振りもまた鑑定の一部をなすが、五字銘は後代の土佐守・三代陸奥守忠吉も用いて酷似するため、他の出来口と併せて初めて年代を定める。

彼から肥前一派の全てが発する。子の二代近江大掾忠広が小糠肌と直刃を継いで肥前最多作の工となり、三代陸奥守忠吉・土佐守の系へと続き、説明は殊に三代が祖父初代に作風を立ち返らせ、直刃を得意とし丁子乱れにも巧みであったと記す。藤代の極めで最上作、刀剣鑑定書(刀工大鑑)の評価も新刀工中で高い。その名を負う指定は、重要文化財一口、特別重要刀剣十口と多数の重要刀剣に及び、特別重要刀剣・重要刀剣の級は一一八口を数え、戦前の重要美術品の指定一口があるが、国宝はない。指定を受けた作は一二七口が記録に遺る。作は鍋島家の伝来に遺り、来歴には尾張徳川家・佐竹家・皇室などの名が録され、一口には金象嵌の截断銘、また一口には師弟関係を証する明寿の添銘が遺る。遺るところの大半、すなわち特別重要刀剣・重要刀剣の作は高松歴史資料館をはじめ旧蔵家や公の収蔵に永く蔵され、相当数が記録に遺るとはいえ多くは伝えられて取引されることは少ない。市に現れるのは時折のことであり、祖その人の作として、それは肥前刀の一里塚というべきものである。

鑑定

説明自身が引く時期・銘の型。慶長の初期は「様々な写し物があって多岐にわたる」一類(直江志津・古作大和物・来一門・鎌倉名工を挙げる)、やがて来一門を狙った小糠肌の直刃を本領とし、元和十年(一六二四)の受領・改名以後は武蔵大掾忠広の作域となる。直刃の本領と乱れ刃の写しの一極が全体を貫く

初代忠吉は橋本新左衛門と称し、肥前鍋島家の抱え工であった。慶長元年(一五九六)藩命により彫工宗長と共に上洛して埋忠明寿の門に入り、同三年帰国、佐賀城下に住して藩の庇護のもと九州刀工の本流を築いた。年紀は慶長五年(一六〇〇)から歿年寛永九年(一六三二)に及ぶ。元和十年(一六二四)再度上洛して武蔵大掾を受領し、銘を忠吉から忠広に改めたため、同一の手が「肥前国忠吉」の五字銘、「肥前国住人忠吉作」の八字(住人)銘、「武蔵大掾忠広」銘と次々に替わる。説明は彼を肥前刀の祖と位置づける。小板目のよく約んだいわゆる小糠肌(米糠肌)の地鉄に明るく締まった直刃を焼くのを本領とし、来一門を狙ったものとされる一方、初期作には直江志津・古作大和物・鎌倉の名工らの写し物が満ちている。

鑑定の決め手

作品の61% ・ 相州復古の新刀工、堀川国広・康継比 2.2倍

作品の74%

作品の16%

年代の軸は銘にある。「肥前国忠吉」五字銘(72%)、「肥前国住人忠吉作」住人銘(26%)、元和十年(一六二四)以後の武蔵大掾忠広銘(64%)。一二九口中一二五口が在銘で、銘は指裏に切り、説明はこれを忠吉並びにその門流の通例と記す

作風の変遷

慶長の写し物期(五字・住人忠吉銘)

慶長期の「肥前国忠吉」五字銘・「肥前国住人忠吉作」住人銘(五字銘は説明の72%に明記)。初期の年紀は慶長五年(一六〇〇)に始まる

説明は繰り返しその初期作を「写し物があって多岐にわたる」と評す。直江志津を狙っては小のたれに互の目を交え、匂口やや締まりごころに砂流しがかかる。古作の大和物を狙っては板目が刃寄りに流れ、喰違刃・二重刃を交え、ほつれ・砂流しがかかり、帽子が掃きかけて、これを説明は「忠吉中最も古雅な作風」と称する。さらに来国光ら鎌倉の短刀名工に私淑する。鍛えは小板目のよく約んだ地鉄に地沸つき、細かに地景が入り、帽子は小丸に返る。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
直江志津写し— 慶長十一年頃から十七、八年頃の作で、説明が直江志津写しと読む小のたれに互の目交じり匂口締まりごころのもの(説明の14%)
古作大和物・来一門写し— 古作の大和物(喰違刃・二重刃、掃きかけの帽子)を狙ったものと、来一門就中来国光を狙ったもの(説明の9%)

本領:小糠肌に明るい直刃(得意とする作)

「得意とする直刃の作」。説明は繰り返しこれをよく約んだ小糠肌(米糠肌)と結び、来一門を狙ったものと読むが、匂口がより締まって明るく、鍛えがむしろ覇気がある点で本歌と分かれる

本領の作。中直刃または広直刃に浅くのたれを帯び、時に小互の目を交え、小足・葉が入り、匂深く小沸が細かにつき、締まって明るく冴える。鍛えは肥前刀本来の地鉄、すなわち説明が彼に冠する小糠肌で、小板目がよく約み、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに頻りに入り、かね冴える。帽子は直ぐに小丸、稀に掃きかける。説明はこれを来一門狙いとしつつ、鍛えは本歌より覇気があると説く。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

武蔵大掾忠広の作域(元和十年・一六二四以後)

元和十年(一六二四)再度上洛しての受領後の「武蔵大掾藤原忠広」銘(説明の64%)。受領を冠さない「肥前国住藤原忠広」は鍋島家の献上銘

改名後も同一の手が直刃と乱れ刃の両様を続ける。説明は、忠吉時代に少なくなかった切刃造のものが忠広銘では稀になると記す。武蔵大掾を冠さず「肥前国住藤原忠広」とのみ切るものは献上銘で、受領銘を不要とした鍋島家の注文による。姿は身幅広く反り浅く鋒の延びた慶長新刀姿、鍛えは同じく細かな小糠肌、刃文は明るい直刃またはのたれに互の目を交える。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

初期作を写し物の一類と読むのは説明自身の定型句で、ほぼ同文が繰り返される。すなわち「その初期作には様々な写し物があって多岐にわたる」とし、直江志津・古作大和物・来一門・鎌倉名工を挙げる。

元和十年(一六二四)武蔵大掾受領に伴う忠吉から忠広への改名は、説明に同一の手の銘の変遷として記され、別人ではない。よって五字忠吉銘と武蔵大掾忠広銘は一代の年代別の銘である。

指定

国宝—
重要文化財1
重要美術品5
御物3
特別重要刀剣9
重要刀剣107

名工ランク

0.37 (指定作品125点)

刀工の上位7%

伝来

伝来記録14件 の鑑定作品における Tadayoshi

伝来ランク

名家所蔵8点、伝来記録14件

刀工の上位9%

素点:2.62 / 10

刀姿

評価作品125点の分布

銘

評価作品125点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Myoju
Tadayoshi
弟子(27名)
  1. 1.忠吉Tadayoshi4 販売中60指定
  2. 2.忠廣Tadahiro7 販売中169指定
  3. 3.吉家Yoshiie4指定
  4. 4.吉信Yoshinobu4指定
  5. 5.廣則Hironori3指定
  6. 6.忠吉Tosa no Kami Tadayoshi3指定
  7. 7.廣貞Hirosada1指定
  8. 8.廣重Hiroshige
  9. 9.守俊Moritoshi
  10. 10.宗次Munetsugu1 販売中7指定
  11. 11.宗次Munetsugu9指定
  12. 12.忠正Tadamasa
  13. 13.忠繩Tadanawa
  14. 14.忠吉Tadayoshi2 販売中
  15. 15.忠吉Tadayoshi2 販売中2指定
  16. 16.忠吉Tadayoshi
  17. 17.忠吉Tadayoshi2 販売中
  18. 18.忠吉Tadayoshi
  19. 19.忠吉Tadayoshi4 販売中
  20. 20.忠吉Tadayoshi1 販売中
  21. 21.忠吉Tadayoshi
  22. 22.忠吉Tadayoshi
  23. 23.忠清Tadakiyo1指定
  24. 24.吉廣Yoshihiro2 販売中1指定
  25. 25.吉長Yoshinaga
  26. 26.吉貞Yoshisada2指定
  27. 27.行廣Yukihiro

Hizen Tadayoshi派

Hizen Tadayoshi派の他の刀工

  1. 1.忠吉Tadayoshi4 販売中60指定
  2. 2.忠廣Tadahiro7 販売中169指定
  3. 3.忠國Tadakuni1 販売中32指定
  4. 4.正廣Masahiro3 販売中32指定
  5. 5.正廣Masahiro4 販売中24指定
  6. 6.行廣Yukihiro1 販売中16指定
  7. 7.吉家Yoshiie4指定
  8. 8.宗安Muneyasu4指定
  9. 9.吉信Yoshinobu4指定
  10. 10.吉房Yoshifusa3指定
  11. 11.廣則Hironori3指定
  12. 12.忠吉Tosa no Kami Tadayoshi3指定