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概要·鑑定·指定·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 肥前忠吉
  3. 吉家

Tadayoshi Yoshiie

吉家

重要
巻 15, 番 274 · 刀

Tadayoshi Yoshiie

吉家

評価作品4点

国肥前時代Kanei (1624–1644)時代区分江戸流派Hizen Tadayoshi伝法Shinto師匠Tadayoshi藤代Jo saku刀工大鑑550(上位23%)種別刀工コードYOS188
4重要刀剣

概要

肥前の吉家は、指裏の棟寄りに長銘を切り、居住地を「肥前国住」とし、数口には俗名の相右衛門尉を加え、現存四口のいずれにも寛永七年すなわち一六三〇年の年紀を、二月あるいは八月の吉日として刻んでいる。説明書はその位置を明快に記す。元来橋本家の一族で、初代忠吉の直弟子であり、忠国の父である。初め広貞と銘し、後に吉家と改めた。佐賀を中心に興った同国本流の新刀、肥前忠吉派にあって、彼は開祖の身内の工に属し、その作風は一派そのもの、よくつんだ地鉄と明るい刃とによって知られる肥前刀の手である。

その手はまず地鉄に表れる。小板目を、身幅の広い作では板目を、よくつんで地沸が一面につき、一派の小糠肌を示すよくつんだ地肌をなし、一口は「ややザラつく」とされる。その上に刃文は、説明書が並べて挙げる二様、すなわち互の目に丁子を交えた乱刃と、穏やかな直刃とに焼かれる。足・葉が入り、小沸がつき、砂流しが頻りにかかって、匂口は明るく冴える。四口中もっとも早い昭和四十二年指定の刀では、同じ刃を表側から「匂深く沸よくつく」と読み、互の目に焼の高低を見せる。帽子は、直ぐな作では小丸に、乱れた作では乱れ込んで先尖りごころに掃きかけ、やや長く返る。

四口のうち一口の脇指は、姿において刀と分かれる。平造で身幅広く寸延びるのに対し、刀は鎬造・庵棟、反り浅めからやや高く、中鋒をやや延ばす。だがこの差を越えて地刃は通う。同じよくつんだ小板目に細かな地沸、同じ丁子と互の目の乱れに長い足と頻りの砂流し、同じ明るい匂口であり、脇指は別作というよりも一様の短刀姿の面と読める。茎はいずれも生ぶで、先浅い栗尻に勝手下りまたは筋違の鑢目を施す。説明書は銘の鏨に注目し、特色ある国の字を挙げ、俗名を入れた点を資料的価値として尊ぶ。

吉家をめぐる考証は、極めの当否よりも一つの経歴の事実に集まり、それを諸説明はほぼ同じ言葉で記す。広貞・吉家両銘とも現存する作が極めて少ないのは、初め初代忠吉の代作者の一人であり、初代没後も二代近江大掾忠広の代作者であったためとされる。昭和四十六年指定の刀はそれを「常に陰の人として生きた」と述べ、作の少なさをその役回りに読む。技倆について同じ諸本は留保がない。昭和四十四年の刀には「乱れ出来、直刃もあって、技術は優れている」とあり、他には「直刃、乱刃ともに上手で、一般には乱刃が多い」と記して、両様に巧みで乱刃が多いことを伝える。

吉家が一派の中で際立つのは、一派からの逸脱ではなく、その作風をいかに過不足なく備えているかという点にある。説明書はその作を個の逸脱ではなく同派の代表として読み、初めの重要刀剣の刀には「同工同派の特色をよく示して出来がよく」と記して、同工同派の特色をよく示すよい出来と評する。それゆえ彼の位置は、上は開祖へ、下は子へと連なる。開祖の身内にあって、その名のもとに代作を任された手であり、家系は多くの吉家銘の作よりも忠国へと受け継がれる。よくつんだ地鉄、明るい匂口、直刃・乱刃両様の手際は、生涯を他者のための作に費やした工に保たれた肥前忠吉の遺風である。

彼は藤代の格付で上作とされ、諸本はその遺作を代表作と呼び、寛永七年の年紀を資料として貴重とする。その指定作の全容は四口、いずれも第十五・十八・二十・二十三回の重要刀剣であり、刀三口に脇指一口、国宝も重要文化財も含まず、来歴の記録も付かない。これほど稀少な工、しかもその少なさを陰の生涯に帰される工にあって、在銘・年紀の吉家は、肥前刀の蒐集家が出会いうるもののうちでも稀な部類に入り、世に出ることは稀である。出たときには、開祖自らが恃んだ手のうちに、忠吉本流の小糠肌の地鉄と明るい刃とを伝えている。

鑑定

寛永頃の肥前忠吉本流の一様の作域。記録が明記する二つの刃文の作域、すなわち一般に多い乱刃(互の目に丁子交じり)と、同じく得意とした穏やかな直刃に分かれ、いずれも相右衛門尉の俗名を含む長銘に切り年紀を添える。工は終生、初代・二代忠吉の代作者として働いた

肥前の吉家は橋本家の一族で相右衛門尉と称し、初代忠吉の直弟子にして忠国の父である。初め広貞と銘し、後に吉家に改めた。広貞・吉家両銘とも現存する作が極めて少ないのは、初めは初代忠吉の代作者の一人であり、初代没後も二代近江大掾忠広の代作者として常に陰の人として生きたためであると説明書は記す。在銘作は寛永七年(一六三〇)に集まる。作風は肥前忠吉の本流で、小板目から板目がよくつんで地沸つき、一派の小糠肌の地鉄を示し、互の目に丁子を交えた乱刃と穏やかな直刃の両様を焼き、足・葉が入り、小沸つき、砂流し頻りにかかって匂口が明るく冴える。帽子は小丸、乱刃では乱れ込んで掃きかける。記録は直刃・乱刃ともに上手で一般には乱刃が多いとし、これらの作を同工同派の特色をよく示す代表作と読む。

鑑定の決め手

作品の100%

作品の75%

銘の作域。指裏棟寄りに長銘を切り、相右衛門尉の俗名を含み寛永七年の年紀を添える。説明書は俗名と特色ある国の字の鏨を資料として尊び、在銘の吉家自体が稀少であるため遺る長銘の一つ一つが好資料となる

作風の変遷

典型(寛永頃の肥前忠吉本流、小糠肌の地鉄に乱刃・直刃の両様、明るい匂口)

姿は鎬造・庵棟、反りは浅めからやや高く、刀は中鋒延びごころとなり、脇指一口は平造で身幅広く寸延びる。鍛えは小板目、身幅の広いものでは板目がよくつんで地沸つき、一口は小板目ややザラつくとされ、一派の小糠肌を示すよくつんだ地鉄である。刃文は記録の説く二様に分かれ、一般に多い互の目に丁子を交えた乱刃と、穏やかな直刃とがあり、足・葉が入り、小沸つき、砂流し頻りにかかって匂口が明るく冴え、初めの一刀では匂深く沸よくついて焼の高低も見せる。帽子は小丸、乱刃では乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返りやや長く、身幅の広い刀では浅くのたれて小丸となる。彫物はない。茎は生ぶ、先浅い栗尻に勝手下りまたは筋違の鑢目、指裏棟寄りに相右衛門尉の俗名を含む長銘を切り、表に寛永七年の年紀がある。説明書は国の字の特色ある鏨を特に挙げる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
直刃(同じく上手の穏やかな作域)— 記録が乱刃と並べて挙げるもう一つの本領。直刃・乱刃ともに上手とされ、その穏やかな直刃が乱れ出来と並び称される作域
乱刃(一般に多い、互の目に丁子交じり)— 記録が一般に多いとする作域。互の目に丁子を交え、足・葉が入り、小沸つき、砂流しがかかって匂口明るく、帽子は乱れ込んで掃きかける
研究

説明書は、吉家が初代忠吉の門人で相右衛門尉と称し元来橋本家の一族であり、初名を広貞と切り後に吉家に改めたことを明記する。

直刃・乱刃ともに上手で一般には乱刃が多いと評され、説明書はその作を代表作と読む。

広貞・吉家両銘とも現存するものが極めて少ないとされ、説明書はこれを、初代忠吉および二代近江大掾の代作者として常に陰にあったためと記す。

第十五回の刀は彼を忠国の親とし、初代忠吉の代作者の一人であったろうと記す。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品—
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣4

名工ランク

0.02 (指定作品4点)

刀工の上位28%

刀姿

評価作品4点の分布

銘

評価作品4点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Tadayoshi
Yoshiie
弟子
  1. 1.忠國Tadakuni1 販売中32指定

Hizen Tadayoshi派

Hizen Tadayoshi派の他の刀工

  1. 1.忠吉Tadayoshi8 販売中125指定
  2. 2.忠吉Tadayoshi4 販売中60指定
  3. 3.忠廣Tadahiro7 販売中169指定
  4. 4.忠國Tadakuni1 販売中32指定
  5. 5.正廣Masahiro3 販売中32指定
  6. 6.正廣Masahiro4 販売中24指定
  7. 7.行廣Yukihiro1 販売中16指定
  8. 8.宗安Muneyasu4指定
  9. 9.吉信Yoshinobu4指定
  10. 10.吉房Yoshifusa3指定
  11. 11.廣則Hironori3指定
  12. 12.忠吉Tosa no Kami Tadayoshi3指定