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概要·鑑定·年紀作·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定年紀作指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 長船
  3. 末備前
  4. 宗光

宗光

Osafune Munemitsu

重要
巻 64, 番 95 · 脇差

宗光

Osafune Munemitsu

評価作品16点

国備前時代Bunmei (1469–1487)時代区分室町流派長船伝法備前伝藤代Jo-jo saku刀工大鑑700(上位17%)種別刀工コードMUN201
1重要文化財
1重要美術品
2御物
12重要刀剣

概要

長享二年八月、すなわち一四八八年に、長船左京進宗光は重ね厚くふくら枯れごころの平造短刀に銘を切り、小板目のよくつんだ地に地景入り地沸明るくつき、その上に中直刃を焼いて僅かに小足を交え、刃縁処々にほつれ、金筋かかり、匂口明るく冴える刃を仕立てた。説明書はこれを「同作中の傑作と称して過言でない」とする。この一口が宗光という工をよく語る。本工は六郎左衛門尉祐光の次男、右京亮勝光の弟で、室町末期の長船鍛冶を総称する末備前を代表する名の一つであるが、その一派が焼の高い華やかな刃で知られたのに対し、本工はむしろその逆で知られた。説明書は本工を穏やかな線の名手と定め、一派の派手ではなくその静かな線にこそ、本工の手は看取される。

その個性を説明書は明言する。末備前特有の複式互の目に加え、宗光は「直刃の上手として定評がある」とされる。本工の典型は室町末の片手打の打刀で、寸さほど延びず、先反りつき、片手の抜打のために茎短く詰まり、その上に明るい直刃を、あるいは細く、あるいは中直刃に、あるいは広直刃に焼く。永正二年すなわち一五〇五年紀の刀はその手を最も確かに示し、広直刃に小互の目を交え、足・葉がよく働き、小沸つき沸筋立ち、地刃共に明るく冴える。兄に並べれば、その違いは伝統ではなく規模と気質の差である。説明書は勝光と比して、本工は「刃文が小模様で宗光によくみる作風を示している」とし、勝光が腰の開いた互の目を一段と華やかな丁子の出来へ押し進めたのに対する。

地鉄はよく錬れた小板目で、肌つみ精良に、地沸細かにつき地景入り、その上に乱れ映りが立ち、より古調の作には棒映りとなって現れる。このつんだ地に立つ映りが直刃に古い味を添えるのであり、文明十一年すなわち一四七九年紀の刀に、説明書は地がねのよく整い、棒映りの立ち、細直刃に匂口締りごころの一見やや古調ある趣を記す。表裏には末備前の作を画す宗教的彫物を施し、真の倶利迦羅、梵字、素剣、四鈷と蓮台、八幡大菩薩や摩利支尊天の神号を彫る。説明書はこれらを協力する彫物師の手とし、一工に限らず時代と系統の特色と読む。帽子は直刃の作には直ぐに小丸あるいは大丸に返り、刃文の賑やかな作には乱れ込んで長く返る。

宗光は静かな線のみに留まらず、説明書もそれを丁寧に断る。末備前特有の複式互の目の作例もあるとし、ただ直刃を高く評価する。その手は永正後半の身幅広い脇指に最もよく見え、小板目に地沸微塵に厚くつき乱れ映りの立つ地に、焼幅広く、腰の開いた互の目に丁子・袋丁子・尖り刃・複式互の目風の刃を交え、足・葉入り、処々小さな飛焼を交え、金筋・砂流しかかり、匂口明るく冴える。互の目の中に目立つ丁子刃を、説明書は末備前のうち勝光に最も多く、次いで宗光に多い見どころとし、「互の目の中に丁子刃が目立つ」と記すなど、最も華やかな作にあってもなお、看所は本工を二人の兄弟のうち小模様の側に読む。本工の記録にはもう一筋、様式ではなく資料の筋がある。作刀期間が長く、兄とも甥の二郎左衛門尉勝光とも合作銘が残るところから、説明書は宗光の名が二代に及んだとみられるとし、永正の作は二代に属するとしつつ、初・二代の確たる時代区分は難しいとする。

現存作の多くは勝光系との合作で、古くから宗勝合作の名で珍重された。これら合作の刀・脇指は典型的な片手打で、地は地景・地沸の小板目、刃文は穏やかな互の目交じりの直刃のこともあれば一派の腰の開いた複式互の目のこともあり、倶利迦羅や神号を表裏に彫る。うち二口は長船を離れ、文明年間に備中児嶋に駐槌して焼かれ、銘にその地を記す。文明十八年すなわち一四八六年の合作刀の一口は、出来のよさもさることながら銘文の資料価値も高いとされる。説明書の伝えるところでは、両工は長享二年に将軍足利義尚の命に応じて近江の陣中に上り、備前・備中の各地に駐槌し、赤松政則の配下として合戦に加わった。本工は同じ末長船の与三左衛門尉祐定・五郎左衛門尉清光と並ぶ工で、なかでも直刃の技をもって際立ち、つんだ小板目に立つ明るい乱れ映りと、冴えて統御された直刃が、兄の華やかさに拠らずして本工を分かつ。

宗光は末備前の工のうちでも記録のよく残る側にあり、その指定の記録もそれを映す。勝光と合作し文明十八年に備中児嶋で焼いた刀は重要美術品で、標準的な参考文献に広く所載され、勝光・宗光合作の刀は重要文化財として伝わる。国宝も特別重要刀剣も持たないが、十二口が重要刀剣に合格し、本工の刀は御物として伝わる。永正六年紀の刀に附された変り塗半太刀拵は、丸に引き両竹雀紋を備えた一作で、仙台伊達家に伝来し、それ自体その出来によって指定された。所在の知られる伝来は数こそ少ないが品位は高く、御物、伊達家、戦前の所持者である福岡の首藤整に及ぶ。私の蔵家にとって現実に出会いうるのは、博物館や旧家の外に伝わる指定の作であり、なかでも年紀ある合作は末長船系図に光を当てるものとして殊に重んじられる。在銘年紀の宗光は末備前の名としては比較的数多く残るとはいえ、年紀の明らかな健全な一口が世に出るのは時折のことであり、銘の確かな合作はさらに稀である。

鑑定

末備前長船の一つの手を、その典型を明るい直刃に見て、一派の華やかな互の目と対置する:乱れ映りの立つ小板目に焼く直刃・広直刃の典型、これと直交する腰の開いた複式互の目に丁子を交える手、そして勝光二代との年紀ある資料性の高い合作の手で、これが二代問題を画する

宗光は左京進を冠する、末備前(室町末期の長船鍛冶)を代表する名の一つである。説明書はその系譜を明確に伝える。六郎左衛門尉祐光の次男で、右京亮勝光の弟にあたり、兄勝光との合作がきわめて多く、宗勝合作の名で珍重された。説明書がその個性とするのは、末備前主流の華やかな刃文ではなくその逆で、同時代の長船諸工のうちで直刃の上手として定評があるとし、兄に比して刃文が小模様であるとする。本工の典型は、小板目のよくつんだ地に地沸細かにつき地景・乱れ映りの立つ地に、明るく冴えた直刃・広直刃・中直刃を焼き、足・葉が働いて匂口締まって明るいものである。末備前特有の腰の開いた複式互の目に丁子・尖り刃を交え焼幅広く焼く華やかな手も能くするが、これは副次的な作風と読まれる。寸の延びない室町末の片手打の打刀に先反りつき茎短く、また短刀を作り、表裏に倶利迦羅・梵字・素剣・神号という末備前の彫物を施す。その記録は末備前の工としては異例の資料的重みを帯び、勝光二代との年紀ある合作、備中児嶋に駐槌した文明の作は、末長船系図の再検討と、宗光の名が二代に及んだか否かの問題のための一次資料と読まれる。

鑑定の決め手

作品の38% ・ 勝光(互の目主調・一段と華やか)比 3.8倍

作品の31% ・ 一派一般(末備前では映りが淡くなる)比 2.0倍

作風の変遷

明るい直刃の典型(本工の真骨頂)

直刃の手は、説明書が勝光と区別する際に本工の名に結びつける作風で(直刃の上手として定評がある)、中直刃・広直刃の作が看所を担う

説明書は、一派の華やかな作風に逆らって、宗光を直刃の上手として定評ある工とし、その典型・最上手とするのが直刃の作である。姿は室町末の片手打の打刀で、寸さほど延びず、先反りつき、茎短く、片手の抜打のために造られ、短刀には重ね厚く強く内反りしてふくら枯れごころの平造がある。地鉄は小板目のよくつんだ地に地沸細かにつき地景入り、乱れ映りあるいは古調の作には棒映りが立ち、冴える。その上に明るく冴えた直刃を、あるいは細く、あるいは中直刃に、あるいは広直刃に焼き、小互の目・小乱れを交え、足・葉入り、小沸つき、匂口締まって明るく、金筋・砂流しかかる。帽子は直ぐに小丸、あるいはやや深く返る。永正年紀の刀を説明書は本工の典型的作風を示すとし、地刃共に明るく冴えるとする。長享年紀の短刀は、精良な小板目と明るい直刃をもって同作中の傑作と称される。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

末備前の華やかな手:腰の開いた複式互の目

この手は永正後半の身幅広い脇指に多く、腰の開いた複式互の目が最も展開する

説明書は、本工の直刃を高く評価しつつも、末備前特有の複式互の目の作例もあると記す。ここでは一派の手で焼く。小板目のよくつんだ地に地沸微塵に厚くつき地景入り乱れ映りの立つ地に、腰の開いた互の目に丁子・小丁子・袋丁子・尖り刃・複式互の目風の刃を交え、焼幅広く出入り目立ち、足・葉入り、処々小さな飛焼を交え、金筋・砂流しかかり、匂口明るく冴える。帽子は乱れ込んで小丸に長く返り、その下に小さな棟焼が入る。表裏の真の倶利伽羅・梵字・四鈷・蓮台の彫物は協力する彫物師の手と読まれ、末備前の作風をよく示す。この華やかな手にあっても、説明書は勝光に比して刃文が小模様で宗光によくみる作風とする。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

宗勝合作と二代問題

宗光の現存記録の大半は勝光系との合作で、宗勝合作の名で珍重された。兄右京亮勝光と銘し、のちには甥二郎左衛門尉勝光と銘する。合作刀は典型的な片手打の打刀・脇指で、小板目に地景・地沸の地に、刃文は穏やかな互の目交じりの直刃のこともあれば一派の腰の開いた複式互の目のこともあり、倶利迦羅・梵字・神号を表裏に彫る。うち二口は長船を離れ、文明年間に備中児嶋に駐槌して焼かれ、銘にその地を記す。本工は作刀期間が長く、のちの二郎左衛門尉勝光との合作があるところから、説明書は宗光の名が二代に及んだとみられるとし、永正の作は二代に属するとしつつ、初・二代の確たる時代区分は難しいとする。年紀ある合作銘は、長船系図再検討を促す大変貴重な資料と読まれる。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
研究

説明書は、末備前特有の複式互の目に加え、宗光が直刃の上手として定評ある工であり、勝光に比して刃文が小模様で宗光によくみる作風とする。互の目の中に目立つ丁子刃は末備前のうち勝光に最も多く、次いで宗光に多い見どころとする。本工を六郎左衛門尉祐光の次男・右京亮勝光の弟とし、将軍足利義尚の命に応じ兄と共に近江の陣中に作刀し、備前・備中の各地に駐槌し、赤松政則の配下として合戦に加わったとの伝えを記す。

宗光は作刀期間が長く、兄の子二郎左衛門尉勝光との合作があるところから、説明書は名が二代に及んだとみられるとし、永正の作は二代に属するとしつつ、初・二代の確たる時代区分は難しいとする。永正二年紀の刀には銘下に九字の真言が切られ、その下に一字「勝」があり、説明書はこれを光を闕字とした勝光の意で合作を示すものか、あるいは勝利の意か決し難いとする。

年紀作

在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代

活動期間
1478–1509推定期間:1469–1509
指定品13点のうち9点に年紀あり
14701510
  1. 1478
    文明十年Juyo session 14, item 174
  2. 1479
    文明十一年Juyo session 13, item 116
  3. 1484
    文明十六年Juyo session 26, item 216
  4. 1488
    長享二年Juyo session 37, item 125
  5. 1501
    文亀元年Juyo session 20, item 217
  6. 1503
    文亀三年Juyo session 15, item 145
  7. 1505
    永正二年Juyo session 39, item 88
  8. 1508
    永正五年Juyo session 54, item 61
  9. 1509
    永正六年Juyo session 22, item 220

指定

国宝—
重要文化財1
重要美術品1
御物2
特別重要刀剣—
重要刀剣12

名工ランク

0.09 (指定作品16点)

刀工の上位19%

伝来

伝来記録4件 の鑑定作品における 宗光

伝来ランク

名家所蔵3点、伝来記録4件

刀工の上位20%

素点:2.09 / 10

刀姿

評価作品16点の分布

銘

評価作品16点の銘の種類

販売中

系譜

宗光
弟子(4名)
  1. 1.忠光Tadamitsu25指定
  2. 2.勝光Katsumitsu3 販売中9指定
  3. 3.勝光Katsumitsu3 販売中2指定
  4. 4.宗光Munemitsu1指定

長船派

長船派の他の刀工

  1. 1.光忠Mitsutada61指定
  2. 2.長光Nagamitsu2 販売中253指定
  3. 3.景光Kagemitsu2 販売中146指定
  4. 4.兼光Kanemitsu4 販売中237指定
  5. 5.眞長Sanenaga1 販売中64指定
  6. 6.近景Chikakage4 販売中86指定
  7. 7.倫光Tomomitsu1 販売中64指定
  8. 8.景政Kagemasa2 販売中22指定
  9. 9.政光Masamitsu4 販売中84指定
  10. 10.基光Motomitsu3 販売中41指定
  11. 11.景秀Kagehide23指定
  12. 12.義光Yoshimitsu35指定

宗光

宗光(Munemitsu)は、備前の長船派の刀工です。

Bunmei (1469-1487)に活動しました。

作風は備前伝に属します。

宗光の作品には、重要文化財1点、重要12点が指定されています。