徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
銘:無銘(日本美術刀剣保存協会 鑑定:藤原高田) 系譜:豊後高田派(江戸新刀期、藤原姓を冠する一派) 時代・国:江戸時代 新刀・豊後国(現在の大分県) 鑑定書:保存刀剣(第3037838号)令和7年12月1日交付 長さ(長狭):76.0cm(二尺五寸一分弱) 茎:生茎(うぶなかご)、栗尻、目釘孔一個、赤錆色の落ち着いた錆味 目釘孔:1個 姿:鎬造、庵棟、中切先 肌:詰んだ小板目肌、地鉄の色調は深く精緻な鍛え 刃文:直刃、匂出来。小沸つき、物打から先まで締まった静かな匂口が続く 帽子:直ぐに小丸へ返る 外装:黒石目地塗鞘 打刀拵(鉄地金銀象嵌鍔、銅地竹葉図七子地縁、金着頭、龍図目貫) 鎺:銀色地一重鎺 本作は、日本美術刀剣保存協会(日美刀保)において豊後国の「藤原高田」と極められた保存刀剣です。特筆すべきはその堂々たる体配で、長さ二尺五寸一分(76.0cm)に及ぶ大振りの一振りです。一般的な江戸時代の打刀と比較しても頭一つ分ほど長く、手に取った際の存在感とリーチは圧倒的であり、相応の体躯を持つ使い手を想定して打たれたことが伺えます。 茎(なかご)は貴重な「生茎」です。後世に磨上げられることなく、製作当時のままの姿を保っており、丸みを帯びた栗尻、一個の目釘孔、そして時代を経た落ち着きのある赤錆色の錆味が美しく残っています。刀剣の鑑定において、この「生茎」であることは極めて重要です。この76cmという長さは、後世の調整によるものではなく、刀工が当初から意図した設計そのものであり、手にした時の絶妙なバランスもまた、作者が狙った当時のままの姿であることを意味しています。 刃文は直刃。匂出来で、区から先まで破綻なく、締まった静かな匂口が均一に続いています。直刃は誤魔化しが利かない最も難しい焼刃の一つであり、本作には高田派の堅実な技量が遺憾なく発揮されています。













































備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges only for manufactured defects or incorrect products; notify within 72 hours of delivery. Cancellation only within 2 hours of placing. Customer pays return shipping. Refund within 3 business days of package arrival.
$5,900
銘:無銘(日本美術刀剣保存協会 鑑定:藤原高田) 系譜:豊後高田派(江戸新刀期、藤原姓を冠する一派) 時代・国:江戸時代 新刀・豊後国(現在の大分県) 鑑定書:保存刀剣(第3037838号)令和7年12月1日交付 長さ(長狭):76.0cm(二尺五寸一分弱) 茎:生茎(うぶなかご)、栗尻、目釘孔一個、赤錆色の落ち着いた錆味 目釘孔:1個 姿:鎬造、庵棟、中切先 肌:詰んだ小板目肌、地鉄の色調は深く精緻な鍛え 刃文:直刃、匂出来。小沸つき、物打から先まで締まった静かな匂口が続く 帽子:直ぐに小丸へ返る 外装:黒石目地塗鞘 打刀拵(鉄地金銀象嵌鍔、銅地竹葉図七子地縁、金着頭、龍図目貫) 鎺:銀色地一重鎺 本作は、日本美術刀剣保存協会(日美刀保)において豊後国の「藤原高田」と極められた保存刀剣です。特筆すべきはその堂々たる体配で、長さ二尺五寸一分(76.0cm)に及ぶ大振りの一振りです。一般的な江戸時代の打刀と比較しても頭一つ分ほど長く、手に取った際の存在感とリーチは圧倒的であり、相応の体躯を持つ使い手を想定して打たれたことが伺えます。 茎(なかご)は貴重な「生茎」です。後世に磨上げられることなく、製作当時のままの姿を保っており、丸みを帯びた栗尻、一個の目釘孔、そして時代を経た落ち着きのある赤錆色の錆味が美しく残っています。刀剣の鑑定において、この「生茎」であることは極めて重要です。この76cmという長さは、後世の調整によるものではなく、刀工が当初から意図した設計そのものであり、手にした時の絶妙なバランスもまた、作者が狙った当時のままの姿であることを意味しています。 刃文は直刃。匂出来で、区から先まで破綻なく、締まった静かな匂口が均一に続いています。直刃は誤魔化しが利かない最も難しい焼刃の一つであり、本作には高田派の堅実な技量が遺憾なく発揮されています。













































備前伝 · 豊後
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豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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