1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
番号:23754 白鞘入り大刀(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(日本美術刀剣保存協会 特別貴重刀剣) 銘文:浪華住月山雲龍子貞一鍛之(刻印) 慶応二丙寅歳三月日 葵美術評価鑑定書:上々作 本作の月山貞一の出来映えは、弊社格付けでは上々作にランクされます。 ハバキ:銀一重ハバキ 長さ:73.2 cm (2.41尺) 反り:1.1 cm 目釘穴:2個 元幅:3.38 cm 先幅:2.28 cm 重ね:0.76 cm 刀身重量:1025 g 時代:江戸時代 慶応二年(1866年) 体配:身幅が広く、重ねもしっかりとした重厚な作柄で、1025グラムという圧倒的な重量感のある力強い姿をしております。 地鉄:柾目肌がよく練れ、地沸がつき、地景が活発に働く見事な地肌となります。 刃文:沸出来の直刃を基調とし、明るく冴えた刃筋を見せます。帽子は先が掃き掛けごころに長く伸び、小丸に返ります。 特徴:初代月山雲龍子貞一は、摂津の著名な刀匠です。本名は月山弥五郎、天保7年(1836年)2月に近江国犬上郡(現在の滋賀県)で生まれました。7歳で月山貞吉の養子となり、11歳頃から作刀の修行を始めます。20代の頃には既に月山伝の伝家宝刀である綾杉肌を完全に習得していました。明治9年の廃刀令以降も作刀の情熱を失わず、明治26年にはシカゴ万国博覧会に出品して受賞。翌年には明治天皇がお買い上げになられました。明治39年4月には帝室技芸員に任命され、その卓越した彫刻技術でも名を馳せました。大正7年7月11日、84歳で没。その作刀期間は嘉永3年(15歳)から大正7年までと長期にわたりますが、明治後期以降の作品の多くは、子である月山貞勝の代作とされています。 葵美術より一言:本作は美しく詰んだ柾目肌が印象的で、幕末の動乱期である慶応二年に打たれた、まさに気魄溢れる一振りです。
Certificate reading — 銘 浪華住月山雲龍子貞一鍛之(刻印) 慶應二丙寅歳三月日
在銘 · 元治 · 長さ 73.2cm · 反り 1.1cm






新々刀 · 摂津 · 1864-1865頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
現在10点販売中
貞一の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新々刀 · 摂津
現在41点販売中
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
番号:23754 白鞘入り大刀(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(日本美術刀剣保存協会 特別貴重刀剣) 銘文:浪華住月山雲龍子貞一鍛之(刻印) 慶応二丙寅歳三月日 葵美術評価鑑定書:上々作 本作の月山貞一の出来映えは、弊社格付けでは上々作にランクされます。 ハバキ:銀一重ハバキ 長さ:73.2 cm (2.41尺) 反り:1.1 cm 目釘穴:2個 元幅:3.38 cm 先幅:2.28 cm 重ね:0.76 cm 刀身重量:1025 g 時代:江戸時代 慶応二年(1866年) 体配:身幅が広く、重ねもしっかりとした重厚な作柄で、1025グラムという圧倒的な重量感のある力強い姿をしております。 地鉄:柾目肌がよく練れ、地沸がつき、地景が活発に働く見事な地肌となります。 刃文:沸出来の直刃を基調とし、明るく冴えた刃筋を見せます。帽子は先が掃き掛けごころに長く伸び、小丸に返ります。 特徴:初代月山雲龍子貞一は、摂津の著名な刀匠です。本名は月山弥五郎、天保7年(1836年)2月に近江国犬上郡(現在の滋賀県)で生まれました。7歳で月山貞吉の養子となり、11歳頃から作刀の修行を始めます。20代の頃には既に月山伝の伝家宝刀である綾杉肌を完全に習得していました。明治9年の廃刀令以降も作刀の情熱を失わず、明治26年にはシカゴ万国博覧会に出品して受賞。翌年には明治天皇がお買い上げになられました。明治39年4月には帝室技芸員に任命され、その卓越した彫刻技術でも名を馳せました。大正7年7月11日、84歳で没。その作刀期間は嘉永3年(15歳)から大正7年までと長期にわたりますが、明治後期以降の作品の多くは、子である月山貞勝の代作とされています。 葵美術より一言:本作は美しく詰んだ柾目肌が印象的で、幕末の動乱期である慶応二年に打たれた、まさに気魄溢れる一振りです。
Certificate reading — 銘 浪華住月山雲龍子貞一鍛之(刻印) 慶應二丙寅歳三月日
在銘 · 元治 · 長さ 73.2cm · 反り 1.1cm






新々刀 · 摂津 · 1864-1865頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
現在10点販売中
貞一の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新々刀 · 摂津
現在41点販売中
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。